J結合
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ナビゲーションに移動 検索に移動J結合(Jけつごう、英: J-coupling)は、2つの核の間の磁場中にある結合性電子の影響による2つの核スピン間の相互作用(カップリング)である。
他方で、結合を介さないスピン間の相互作用は、(磁気)双極子相互作用と呼ばれる。
J結合は間接双極子-双極子相互作用(indirect dipole dipole coupling)、J相互作用、スピン結合(スピンカップリング)とも呼ばれる。
J結合は二面角に関する情報を含んでおり、カープラス式を用いて推定することができる。J結合は一次元核磁気共鳴分光法における重要な観測可能な効果である。
発見
1951年10月、アーウィン・ハーンとD. E. Maxwellはジクロロアセトアルデヒド中の2つのプロトン間の相互作用の存在を示す「スピンエコー実験」を報告した。エコー実験では、2つの短く強いラジオ波磁場のパルスが核磁気共鳴条件にあるスピン集団に印加され、時間間隔τで分離される。2τ後に、エコーは一定の最大強度で現われる。τのそれぞれの設定に対して、エコーシグナルの最大強度が計測され、τの関数としてプロットされる。スピン集団が磁気モーメントで構成されているとしたら、エコーエンベロープの単調減衰が得られる。Hahn-Maxwell実験においては、この減衰は2つの周波数によって変調された。一つは、2つの等価でないスピン間の化学シフトの差に対応しており、もう一つの周波数Jはより小さく、磁場強度に依存していなかった(J/2π = 0.7 cycle 毎秒)。
このような相互作用はたいへんな驚きを持って迎えられた。2つの磁気双極子間の直接相互作用は2つの核の相対位置に依存している。
1951年11月、ノーマン・ラムゼーとエドワード・ミルズ・パーセルは、この観測を説明し、I1.I2型の相互作用を生じさせる機構を提唱した。機構は、それぞれの核とそれ自身の原子の電子スピンとの間の磁気的相互作用、電子スピン同士の交換結合である。
1990年代、水素結合の両側の磁気的に活性な核間でJ結合が存在する直接的な証拠が発見された[1][2]。J結合は大抵、純粋な共有結合の存在と関連しているため、水素結合を越えたそのようなカップリングが観察されたことは当初驚かれた。しかしながら、現在は水素結合J結合において、共有結合と同じ電子媒介分極機構が起こることがよく証明されている[3]。
J結合のハミルトニアン
分子系のハミルトニアンは以下のように書くことができる。
H = D1 +D2 +D3.
D1 = 電子軌道-軌道、スピン-軌道、スピン-スピン、電子スピン-外部磁場相互作用
D2 = 核スピンと電子スピンとの間の磁気的相互作用
D3 = それぞれの核間の直接的相互作用
一重項分子状態およびしばしば起こる分子衝突では、D1およびD3はほぼゼロである。同分子内のスピンIjとIkとの間のJ結合相互作用の完全形は、
H = 2π Ij. Jjk. Ik
となり、JjkはJ結合テンソル(3x3実行列)である。これは、分子の配向に依存している。等方性液体では、一次元の数(スカラー結合)で表される。一次元NMRにおいてスカラー結合は、FIDの振動とスペクトル中の線の分裂を起こす。
J結合の測定
エイドリアン・バックスらによって1994年に開発された「定量的J相関」法がJ結合を正確に測定する手法として一般的である[4][5]。
デカップリング
選択的ラジオ波照射によって、NMRスペクトルは完全あるいは部分的にデカップリングされ、カップリング効果が消滅あるいは選択的に減弱する。炭素13NMRはしばしばデカップリング条件で測定される。
脚注
- ^ P. Blake, B. Lee, M. Summers, M. Adams, J.-B. Park, Z. Zhou and A. Bax (1992). “Quantitative measurement of small through-hydrogen-bond and 'through-space' 1H-113Cd and 1H-199Hg J couplings in metal-substituted rubredoxin from Pyrococcus furiosus”. J. Biomol. NMR 2 (5): 527–533. doi:10.1007/BF02192814.
- ^ P. R. Blake, J. B. Park, M. W. W. Adams and M. F. Summers (1992). “Novel observation of NH--S(Cys) hydrogen-bond-mediated scalar coupling in cadmium-113 substituted rubredoxin from Pyrococcus furiosus”. J. Am. Chem. Soc. 114 (12): 4931–4933. doi:10.1021/ja00038a084.
- ^ Andrew J. Dingley, Florence Cordier and Stephan Grzesiek (2001). “An introduction to hydrogen bond scalar couplings”. Concepts in Magnetic Resonance 13 (2): 103–127. doi:10.1002/1099-0534(2001)13:2<103::AID-CMR1001>3.0.CO;2-M.
- ^ E. de Alba and N. Tjandra (2006). “Interference between Cross-correlated Relaxation and the Measurement of Scalar and Dipolar Couplings by Quantitative J”. J. Biomol. NMR 35 (1): 1–16. doi:10.1007/s10858-006-0028-4. PMID 16791736.
- ^ G. W. Vuister and A. Bax (1993). “Quantitative J correlation: a new approach for measuring homonuclear three-bond J(HNHα) coupling constants in 15N-enriched proteins”. J. Am. Chem. Soc. 115 (17): 7772–7777. doi:10.1021/ja00070a024.
推薦文献
- H. S. Gutowsky, D. W. McCall, C. P. Slichter (1951). “Coupling among Nuclear Magnetic Dipoles in Molecules”. Physical Review 84 (3): 589–90. Bibcode: 1951PhRv...84..589G. doi:10.1103/PhysRev.84.589.2.
- E. L. Hahn and D. E. Maxwell (1951). “Chemical Shift and Field Independent Frequency Modulation of the Spin Echo Envelope”. Physical Review 84 (6): 1246. Bibcode: 1951PhRv...84.1246H. doi:10.1103/PhysRev.84.1246.
- N. F. Ramsey and E. M. Purcell (1952). “Interactions between Nuclear Spins in Molecules”. Physical Review 85 (1): 143. Bibcode: 1952PhRv...85..143R. doi:10.1103/PhysRev.85.143.
関連項目
- 地球磁場NMR
- ECOSY (Exclusive correlation spectroscopy)
- 磁気双極子相互作用(双極子カップリング)
- 核磁気共鳴
- 糖質の核磁気共鳴分光法
- 核酸の核磁気共鳴分光法
- タンパク質の核磁気共鳴分光法
- プロトンNMR
- 緩和 (NMR) (Relaxation (NMR))
- 残余双極子相互作用
スピン結合(スピンカップリング)
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「核磁気共鳴」の記事における「スピン結合(スピンカップリング)」の解説
詳細は「J結合」を参照 スピン結合(スピンカップリング)は2つの核スピンI,Sが相互作用する結果、それぞれのラーモア周波数が相手の核スピン量子数に応じて変化する現象である。ハミルトニアンのスピン結合項は以下のように表される。 H ^ = 2 π I ⋅ J ⋅ S {\displaystyle {\hat {H}}=2\pi I\cdot J\cdot S} この式のIとSはそれぞれの核のスピン演算子であり、J はスピン結合テンソルと呼ばれる。化学シフトテンソルと同じく観測している原子核が充分に速く等方的に運動しているときにはスカラー J で表すことができる。この J は周波数の次元を持ち、結合定数(カップリング定数)と呼ばれる。スピン結合は一般的に J で表されることからJ結合、またスカラーで表せることからスカラー結合と呼ばれる場合もある。 あるスピンIが、スピン量子数のz方向成分mzのスピンSと結合定数 J で結合しており、そのラーモア周波数の差が J よりもずっと大きい(弱いスピン結合)場合、スピンIのラーモア周波数は mzJ だけ変化する。スピンSのスピン量子数をmとすると、スピン量子数のz方向成分は-m, -m+1, …, m-1, mの2m+1個の値をとりうる。そのため、NMRにおいては J ずつ異なる2m+1個のラーモア周波数での共鳴が観測されることになる。スピンIが複数のスピンS1、スピンS2と結合していれば、スピンS1によって分裂した共鳴線がさらにスピンS2によって分裂することになる。スピンS1、スピンS2に対する J の値が等しい場合には、分裂した共鳴線が重なりあうため、周波数順に1:2:…:2m+1:…:2:1という特徴のある共鳴線の強度のパターンが現れる。ラーモア周波数の差が J と同程度である(強いスピン結合)場合、共鳴線の分裂は複雑になる場合が多い。また、ラーモア周波数の差がない場合、スピン結合自体は存在しても共鳴線の分裂は起こらない。 スピン結合は核スピン同士の直接の磁気的な相互作用によるものではない。磁気双極子相互作用によるスペクトルへの影響は原子が等方的な運動を行なっている場合には消失してしまうが、スピン結合はそうならない。スピン結合は結合電子を媒介にしたスピン同士の相互作用に起因する。媒介は電子のスピン角運動量か軌道角運動量を通じて行なわれる。原子I、原子S間の化学結合を構成する電子のスピン波動関数はα(I)β(S) - β(I)α(S)のように2つの状態の混合で表される。このとき原子Iおよび原子Sにαの電子がある確率と、βの電子がある確率は等しい。そのため、それぞれのスピンI,Sに及ぼされる電子スピンによる正味の磁場は0である。ここで原子Iにスピンがあることを考慮に入れる。もしIが同じ向きのスピンを持つ電子がIにある方が安定化するならば、Iがαの場合には波動関数のα(I)β(S)の項の比率が増加し、β(I)α(S)の項の比率が減少する。こうすると原子Sにはβスピンが存在する確率が増加する。その結果、原子Iにはαスピンの電子が作りだす磁場が、原子Sにはβスピンの電子が作り出す磁場が生じることになる。逆にIがβの場合には原子Iにはβスピンの電子が作りだす磁場が、原子Sにはαスピンの電子が作り出す磁場が生じる。この結果、それぞれ原子Iと原子Sには2種類のラーモア周波数を持つものができることになる。 核スピンと電子スピンの間の相互作用には二種類がある。一つは磁気双極子相互作用によるものである。もう一つはフェルミの接触相互作用と呼ばれる機構である。フェルミの接触相互作用の大きさは原子核の位置での電子の存在確率に比例する。原子核の位置で波動関数が0でないのはs軌道だけである。そのため結合電子のs電子性が高い場合、特にプロトンについて重要な機構である。核スピンと電子の軌道角運動量の間にも化学シフトの常磁性項と同じような機構での相互作用が考えられ、スピン結合の原因となる。これはs電子以外の電子で重要な機構である。このモデルから分かるとおり、スピン結合には外部磁場の存在は関係ない。ハミルトニアンに静磁場B0が含まれていないのもこのためである。よってスピン結合による分裂幅は静磁場の強度には依存しない。そのため化学シフトとは異なり、スピン結合の値を議論する場合には周波数の観測値をそのまま用いる。 結合定数 J の符号はラーモア周波数の測定からは知ることができないが、緩和現象などを利用して測定がされている。H-NMR においては、ほとんどの場合ジェミナル水素の結合は正、ビシナル水素の結合は負の値を持つことが知られている。
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