グリンカと五人組からの影響
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「交響曲第2番 (チャイコフスキー)」の記事における「グリンカと五人組からの影響」の解説
「ロシア五人組」にとって『小ロシア』が好もしく映ったのは、チャイコフスキーがロシア民謡を使ったからではなくて、特に両端楽章において、ロシアの民俗音楽の独特な特徴に交響曲の形を決めさせるというチャイコフスキーの手法であった。この手法こそが、「五人組」が辿り着こうと苦闘していた目標の一つだったのである。チャイコフスキーであれば、音楽院で受けたアカデミックな基礎を以てすれば、そのような展開をより長く、より集約的に続けることが出来たであろう。だがしかし、このような傾向の書法にもまた思いがけない落し穴はあったのである。伝記作家ジョン・ウォーロックはこのように述べる。「(民謡が)チャイコフスキーの作曲様式に持ち込まれ、ほとんど儀式めいたしつこさで同じような音程やフレーズを使うことで、躍動感や意図にかなうような効果よりも、むしろ静的な印象を産み出しているという特別な問題は、民謡そのものの性質に結びついている。事実旋律は、それ自体が一連の変奏めいたものになりがちで、展開や対比よりもむしろ転調によって進行してゆく。つまり、これは明らかに交響的な展開にはなじまないということである。」 1872年にチャイコフスキーはこれを問題視してはいなかった。ブラウンも指摘しているように、「何回もの繰り返しに乗って進行していくような楽曲構成には避けられない欠点は、チャイコフスキーにとっては何ら問題ではなかった。なぜならチャイコフスキーは、それまでのすべての最も重要な交響楽の楽章において、第1主題を閉じようとして、それが始まったときとそっくりそのままの姿で使うことを習慣としていたからである。」1879年の改作に比べて1872年版の第1楽章は、規模においてはひたすらに巨大で、構成においては入り組んでおり、テクスチュアは複雑である。1872年版の開始楽章の重厚感は、わりあい軽快な第2楽章と好対照を為しており、終楽章とは程よく釣り合いがとれている。 『小ロシア』で最も印象深いのはスケルツォである。この楽章の独特な性格は、チャイコフスキーと五人組との近しい関係にあるのかもしれない。1869年にアレクサンドル・ボロディンの交響曲第1番が初演された。チャイコフスキーは初めて「五人組」の面識を得る。幻想序曲『ロメオとジュリエット』に五人組が狂喜したということは、おそらく今度はチャイコフスキーが五人組の作品に注意を寄せる番となったであろう。1872年にチャイコフスキーと五人組の交流は盛んであったように見える。だからこそ、『小ロシア』のスケルツォ楽章は、万一ボロディンの交響曲第1番が存在していなかったとすれば、現存の音楽と同じになっただろうかという点が問題となるのである。両方のスケルツォ楽章に顕著なのは、和声の大胆さと基礎的なリズムの静かなパルスである。いずれも『冬の日の幻想』のスケルツォには大いに足りなかった点である。 しかしながら、『小ロシア』で真の「力作」は終楽章である。ここでチャイコフスキーが、五人組がよしとしたグリンカの伝統に忠誠を示そうとしているのが最も如実に現れている。チャイコフスキーは壮麗な序奏に民謡『鶴』を披露しているが、この手法は、後年ムソルグスキーが『展覧会の絵』の「キエフの大門」を作曲したときの手法に似ている。それからチャイコフスキーは、「アレグロ・ヴィーヴォ」の主部に取り掛りつつ、茶目っ気たっぷりの意図を明らかにする。民謡『鶴』に続く2小節を独り占めさせ、変化に富んだ一連の伴奏に対置する。これほど長々とした展開は、より穏やかな第2主題への推移に余裕を与えない。そこでチャイコフスキーは、予告なしに第2主題を引き入れるのである。 楽章は、これまで煌びやかだったのに対して、続く部分は華やかさにおいて影が薄い。チャイコフスキーは、通り抜けようとする巨人のような一連の大跨ぎする音符によって、展開部を導入する。これらの小節を跨る音符に伴奏されて、2つの主題が再登場し、奇妙な旅に出向く。第2主題は歪められて不完全に呈示され、長大なクライマックスを築き上げつつも、『鶴』のくすんだ表情を帯びるようにすらなる。1872年版においてクライマックスは、よりいっそう派手やかな一連の伴奏とともに『鶴』に至る。1879年版においては、チャイコフスキーがこの部分を150小節ほど削除したので、クライマックスは第2主題に導入される静かな間奏へと突入するのである。
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