キャロルとテニエルとのやりとり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 07:23 UTC 版)
「不思議の国のアリスの挿絵」の記事における「キャロルとテニエルとのやりとり」の解説
『不思議の国のアリス』の出版にあたり、キャロルは『パンチ』の看板画家ジョン・テニエルにその挿絵を依頼した。テニエルを紹介したのは同誌の編集者トム・テイラーであったが、テニエルに依頼するよう勧めたのはキャロルの友人ロビンソン・ダックワースであったらしい。挿絵の依頼料を含め出版費用をすべて自費でまかなっていたキャロルは、挿絵を自分のイメージに限りなく近いものにするために細かな指示を行いテニエルを閉口させた。彼らの間のやりとりを示す書簡は残っていないが、大まかな経緯はキャロルの日記から知ることができる。日記の記述によると、キャロルは『不思議の国のアリス』の、挿絵をつけたい部分のゲラ刷りができるといち早くテニエルのもとに送っていた(つまりテニエルは手書き本『地下の国のアリス』ではなく、はじめから『不思議の国のアリス』のテキストを参照していたらしい)。また本の版形が途中段階で変更になった際には、キャロルはテニエルを訪問して変更の了解を得ており、キャロルがテニエルに対して一方的に指示を与えるだけでなく、その仕事を尊敬し進んで忠告を受けようとしていたことがわかる。しかしテニエルは引き受けた仕事をなかなか始めようとしなかった。挿絵の遅延が原因で、もともと1864年のクリスマスでの出版をもくろんでいた『不思議の国のアリス』が、実際に印刷に回されるのは翌年の7月のことになった。さらにこのときの印刷状態の悪さをテニエルが気にしたために、この最初に印刷された版は発行停止・回収することになり、これによって『アリス』の出版はさらに5ヶ月遅延した。 6年後に出版された続編『鏡の国のアリス』においても、キャロルははじめからテニエルに挿絵を依頼したが、テニエルは当初多忙を理由に断り、リチャード・ドイル(英語版)やジョゼフ・ノエル・ペイトンなど他の画家をキャロルに紹介している。しかし前者は最近の絵がキャロルの気に入らなかったためにキャロルから見限り、後者は病気で仕事ができない状態で、手詰まりになったキャロルは最終的に、テニエルに仕事を依頼している出版社への違約金を向こう5ヶ月分払うという条件で(さらに「暇をみつけては」というテニエルからの条件もつけて)、テニエルに挿絵を引き受けてもらうことになった(このようにしぶしぶながらに引き受けられた『鏡の国のアリス』の挿絵の仕事は、皮肉なことに今日ではテニエルの最高傑作として認識されている)。『鏡の国』は前著よりも二人のやりとりの内容がはっきりとわかっており、例えばキャロルは、女王となったアリスのスカートにクリノリンが使われていることに強く抗議し、すでに出来上がっていたいくつかの版を没にし描き直させている。もっとも白の騎士(これはキャロル自身をなかばモデルにしたキャラクターであった)を老人として描かないでくれという頼みのほうは聞き入れられず、結局白髪の老人の姿のままで出版されることになった。 またテニエルもキャロルの指示ばかり受けていたわけではなく、逆に本文に文句をつけていくつかの文章を変更させている。例えば「セイウチと大工」の歌の部分では、テニエルはセイウチと大工という組み合わせがおかしいとして抗議していた。この組み合わせ自体は最終的にこのままとなったが、テニエルはこの歌の一節でもともと「手に手をとって歩いておった」という部分を「肩を並べて歩いておった」に変更させている(テニエルの絵ではセイウチに手があるようには見えなかったためか)。さらに重要なのは、テニエルがもともと『鏡の国のアリス』にあった「カツラを被ったスズメバチ」というものに関する一挿話をまるまる削除させていることである。そんなものをどう描けばいいのか見当がつかない、というのがその理由であったが、また挿話としてもおもしろいとは思えないと言い添えており、キャロルもこの忠告を受け入れて削除に応じたらしい。この挿話を書いたゲラ刷りは1977年になって発見されたが、たしかにこの挿話は精彩を欠いており、テニエルの批評眼とキャロルの判断が正しかったことが確認できる。 しかしこの2冊の本でのキャロルとの共同作業は、テニエルをすっかり疲弊させてしまった。後年、キャロルがあらたな著作(どれかはわかっていない)の挿絵をテニエルに依頼したとき、テニエルは「奇妙なことに、『鏡の国のアリス』の仕事を仕上げて以来、私から本の挿絵を描く能力がなくなってしまったようです」と述べて依頼を断っている。実際、それまで多くの挿絵本を手がけていたテニエルは、『鏡の国のアリス』を仕上げた1871年以降、その種の仕事にほとんど手をつけていない。
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