カタラウヌムの戦いとは? わかりやすく解説

カタラウヌムの戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/12 04:10 UTC 版)

アエティウス」の記事における「カタラウヌムの戦い」の解説

この頃までは、フン族アエティウス良好な関係を保っていた。アエティウスフンアッティラ元へ秘書官としてコンスタンティウス送っていた。449年アエティウスから送られていた秘書官コンスタンティウスによって金の皿が盗まれたとアッティラが怒る事件があり、アエティウスアッティラ宥めるためにタトゥルスやロムルスイタリア語版)ら使節団派遣したアッティラ返礼としてムーア人小人ツェルコを贈りアエティウスは彼を元の主人アスパル (en) へ返している。 弟である皇帝ウァレンティニアヌス3世恨み抱いた姉のホノリア (en) が、フンアッティラ助力求めるため、指輪持たせた使者送ったアッティラはこれを「求婚」と解釈しウァレンティニアヌス帝に西ローマ帝国半分持参金として要求したウァレンティニアヌス帝はこの求婚不法とする返答をしたが、アッティラはこの求婚口実に、従属部族を動員して西ローマ帝国侵略開始した451年アッティラガリア侵攻をした時のローマ帝国ガリア軍司令官アエティウスだった。フン族大軍幾つかの都市攻略しつつオルレアン進軍した。この時、同地定住するアラン族アッティラ側へ寝返る用意をしていた。 アエティウス有力なガロ=ローマ人である元老院議員アウィトゥス (en) の助け受けて西ゴートテオドリクス1世 (en) に外敵脅威対抗するために参戦するよう説得したアエティウスはまたアラン王サンギバン (en) の軍勢が、アッティラ率いフン族合流するのを妨害することに成功した。そして、ローマ西ゴート連合軍は、フン族包囲下にあるオルレアン救援向かい包囲放棄させて平野部へと退却させた。 6月20日アエティウステオドリクスはカタラウヌムの戦いでアッティラとその同盟部族打ち勝った。この戦いでテオドリクス戦死しアエティウステオドリクス王子トリスムンド (en) に、王位確保するため直ちトゥールーズ西ゴート王国首都)へと帰還するように勧めたこの為アエティウス戦利品独り占めしたと言われた。 帰還したアッティラ452年に、再びホノリアとの結婚主張したアエティウスイタリアへ進攻路であるアルプス通過を防ぐための必要な手立て取っていなかったので、アッティライタリア侵入して多く都市略奪しはじめたアクイレイアは完全に破壊されそれ以外の諸都市フン族通過した後には何物も残らなかった。ウァレンティニアヌス帝はラヴェンナ捨ててローマへ逃れた。この時のアエティウスには戦うべき戦力欠いていた。アッティラポー川停止し、ここで彼は地方総督トリゲティウス(Trigetius)、元執政官アヴィエヌス(Aviennus)そして教皇レオ1世使節会見した。この会見の後、アッティラはホノリアも彼が望んだ領土も得ることなく軍を返した。翌453年アッティラは自らの婚儀祝宴夜に急死した

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カタラウヌムの戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/10 08:57 UTC 版)

テオドリック1世」の記事における「カタラウヌムの戦い」の解説

451年6月、カタラウヌムの戦い(トロワ近郊)で連合軍フン族会戦した。右翼テオドリックが、左翼トリスムンド指揮したテオドリックの軍はローマ決定的な勝利貢献したが、彼はこの戦いで戦死した東ローマ帝国官僚ヨルダネスは、テオドリックの死を伝え2つの説を記している。1つは、戦闘中落馬して馬に踏みつけられて絶命したというもの、もう1つ東ゴート族戦士貫かれたというものであるテオドリック遺体戦闘翌日発見された。ゴート慣習則ってテオドリック遺体戦士たち慟哭迎えられ戦場火葬された。その後すぐ、息子トリスムンド王位についた

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