貴種流離
★1.高貴な生まれの人が、青年期に達してから肉親と別れ辺境をさすらう。
『伊勢物語』第9~15段 昔ある男が、京を住み憂く思い、友人1~2人とともに東国へ旅に出た。男は三河の八橋で咲き誇る杜若を見、駿河の宇津の山で旧知の修行者に出会い、真夏に雪をいただく富士山に驚き、とうとう武蔵・下総の境の隅田川に到った。その後、男はさらに陸奥にまで脚を伸ばした。
『義経記』 源義経は、平家追討後、兄頼朝と不和になり、都を出て西国落ちに失敗、吉野に身を隠した後、北国路をとって奥州平泉まで苦難の逃避行を続ける。
『源氏物語』「須磨」「明石」 光源氏は、朧月夜の尚侍との密会現場を、その父右大臣に見られたため、官位を剥奪され、さらに流罪の処分を受けそうになる。それを避けるため、彼は26歳の春3月から28歳の秋7月まで、自ら京を退去し、須磨・明石に身をひそめる。
『古事記』中巻 ヤマトタケルは西国のクマソを討伐した後、さらに父景行帝から東征を命ぜられる。東国へ向かったヤマトタケルは、相武(=相模)で火攻めに遭い、走水の海では后を失う。ようやく東征を終えての帰途、伊吹山で氷雨に打たれ、三重の能煩野まで来て、ついに倒れる〔*『日本書紀』巻7では、16歳で西国へ行き、29歳の時東征の旅に出、30歳で死去する〕。
『日光山縁起』 都の殿上人・有宇中将は、鷹狩に熱中して職務を怠り、勅勘をこうむる。中将は都を棄て、馬にまかせて下野国まで行く。その国の長者の娘・朝日の君と結婚するが、6年を経て、都の母のことが気がかりで、中将は単身都へ帰ろうとして、途中で病死する。朝日の君も中将の後を追って旅に出、死ぬ。しかし炎魔王が2人を蘇生させ、2人の間には男児・馬頭御前が生まれる。後に有宇中将は日光の男体権現、朝日の君は女体権現となった。
『マハーバーラタ』 パーンドゥ家の王子ユディシュティラは、クル家の王子ドゥルヨーダナとの賭博勝負に負ける。その結果、ユディシュティラは4人の弟(ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァ)及び彼ら5人の共通の妻ドラウパディーとともに、12年間、森で放浪生活を送ることになる。13年目には、誰にも気づかれぬよう正体を隠してどこかに身を潜め、もし気づかれたら、さらに12年間森で過ごす、との取り決めであった。
『ラーマーヤナ』 王子ラーマは、継母カイケーイー妃の奸計によって、14年間、森に追放される。彼は、妻シータ・弟ラクシュマナとともにさすらい、その間にシータをさらわれ、彼女を取り戻すべく魔王ラーヴァナの軍と戦う。
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