影
『影法師』(アンデルセン) 学者が南国に滞在中、影が身体から離れ独立して行動するようになる。学者が故郷の北国へ帰ってから何年かの後、影は肉がつき衣服を着た姿で訪ねて来る。2人は一緒に旅をするが、主客が逆転し、影は人間と認められて王女と結婚する。学者は影と見なされて殺される。
『耳食録』1「鄧無影」 三十男の鄧乙が1人暮らしの無聊に苦しみ、自分の影に話しかける。影は呼びかけに答えて壁から抜け出し、若者や美女に変身する。鄧乙は影を友人とし妻妾として、楽しく暮らす。数年後、影は鄧乙に別れを告げ、数万里彼方の離次の山に去る。以後、鄧乙には影がなくなり、「鄧無影」と呼ばれるようになった。
『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」巻16「異形の影」 ある人が灯下で、自分の影を見た。影は巨大な頭部にザンバラ髪、手足が鳥の爪のように曲がる異様な姿だったので、その人は驚愕した。隣りに住む塾の先生が、「あなたはひそかに邪念を抱いている。羅刹がそれに感応して形を現したのだ」と言う。実際、その人は某氏一族殺害を企てていたところだったので恐れ入り、心を改めた。怪しい影は消えた。
★1c.身体から独立した影、と思ったら、それは他の人間が影のふりをしていたのだった。
『少年探偵団』(江戸川乱歩)「黒い魔物」 月の美しい晩、1人の大学生が上野公園の広場にたたずんでいて、地面に映る自分の影が少しも動かないことに気づく。大学生が数メートル歩いて見ると、影は大学生の身体から離れ、もとの地面に横たわっている。しかも影は白い歯を見せてケラケラ笑ったので、大学生は逃げ出した〔*これは、インド渡来の宝石をねらう怪人二十面相が、自らの犯行を、黒いインド人のしわざに見せかけるためにしたことだった〕。
『影をなくした男』(シャミッソー) 青年シュレミールは自分の影を、灰色の燕尾服の男(その正体は悪魔)に譲り渡す。彼は影がないために、人々から後ろ指をさされ、子供たちにからかわれ、馬糞を投げられる。太陽や月の光に当たらぬように用心して暮らすが、影のないことを恋人ミーナにも知られ、ミーナの両親はシュレミールの求婚を拒絶する→〔靴(履・沓・鞋)〕1a。
『バベルの塔の狸』(安部公房) 詩人の「ぼく」が公園のベンチに坐っていると、「ぼく」の日頃の空想から生まれた「とらぬ狸」が現れ、「ぼく」の影をくわえて逃げる。影がなければ、影の原因の肉体も消えるのが当然で、「ぼく」は透明人間になる。「ぼく」は、人間たちの空想の集積であるバベルの塔を訪れるが、気づくと再び公園のベンチに坐っていた。
『ピーター・パン』(バリ)1~3 ピーター・パンがウェンディたちの部屋を訪れるが、犬のナナに追われて窓から逃げる。ナナは急いで窓を閉め、ピーターの影法師だけがちぎれて残った。翌週の金曜日の夜、ピーターは影法師を取り戻しに来る。しかし影法師を身体にくっつけることができず、ピーターは泣き出す。ウェンディが目を覚まし、針と糸を用いて、影法師をピーターの足に縫いつけてくれる。
★2b.霊体には影がない。
『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第3歌 「私(ダンテ)」は古代ローマの詩人ヴェルギリウスに導かれて地獄へ下り、次いで煉獄の山を登る。太陽が背後で赤々と燃え、「私」の前に影を落とす。しかしともに歩くヴェルギリウスには影ができず、「私」は驚く。ヴェルギリウスの肉体は埋葬されており、ここにいるのは彼の魂だった。
『聊斎志異』巻11-420「晩霞」 水死した阿端と晩霞は、龍宮で恋に落ちるが仲を裂かれ、龍宮の川に身投げしてこの世へもどる。2人は結婚し子供もできるが、幽霊なので影がなかった。
*幽霊と人間の間にできた子供は、影が薄い→〔像〕1cの『聊斎志異』巻5-190「土偶」。
*老年になってからもうけた子供には、影ができない→〔老翁〕4の『棠陰比事』6「丙吉験子」。
*平将門の影武者(=分身)6体には影がない→〔夫〕5aの『俵藤太物語』(御伽草子)。
*鏡に影(姿)が映らない→〔鏡〕9。
★2c.仙人には影がない。
『列仙伝』(劉向)「玄俗」 河間王は、仙人・玄俗に病気を治してもらった。老執事が「父の代にも玄俗を見た。彼には影がない」と言うので、王が玄俗を召して日中に見ると、本当に影がなかった。王は玄俗を姫君の婿にしようと考えたが、玄俗は姿をくらましてしまった。
『影のない女』(ホフマンスタール) 精霊の王の娘が、人間世界の帝と結婚して妃になるが、彼女には影がない。1年以内に妃が影を得なければ、帝は石にされてしまう定めである。妃は、染物屋の女房の影を買い取ろうと考える。しかしそれは、女房を堕落させ染物屋夫婦の仲を裂くことになるので、妃は影を得ることを断念する。この自制の心によって、妃の身体には影ができ、すでに石になりかけていた帝も、もとの人間の姿に戻った。
★2e.影から逃れようと走る人。
『荘子』「漁父篇」第31 男が自分の影を恐れて逃げる。どんなに速く走っても影は身体を離れず、男は「まだ走るのが遅い」と思ってどこまでも疾走し、力尽きて死ぬ。日陰に入って影を消すことを、男は知らなかった。
*桔(くい)から逃れようと走り続け、桔にからみついてしまう→〔周回〕4の繋驢桔(けろけつ)の故事。
★3a.影取り沼。
影とりの池の伝説 新田義貞に仕える武将小山田高家は、摂津で戦死した。関東の留守宅で悲報を聞いた奥方は、村境の長池に身を投げ、侍女たちもそのあとを追って次々に入水した。以来、池からは、すすり泣きの声が聞こえるようになった。女性がその池水に影を映すと、心気もうろうとなって水底に誘いこまれるという(東京都町田市)。
『なら梨とり』(昔話) 病気の母親が、「奥山のなら梨が食べたい」と言う。親孝行の3人兄弟が山へ行き、沼のほとりの木に登って、なら梨を取ろうとする。影が水に映ったため、太郎と二郎は沼の主に呑まれる。三郎は刀を持って行き、沼の主を切り殺す。太郎と二郎も、沼の主の腹中から救い出され、母はなら梨を食べて病気が治る(岩手県稗貫郡)。
★3b.ふかに影を呑まれる。
『ふかと影』(昔話) 舟が動かなくなり、船頭が「この中に、ふかに影を呑まれた人がいるので、めいめいの手拭いを海に投げ入れよ」と言う。1人の手拭いが沈み、その人がふかに喰われる。
★4.影を踏まれる。
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) 陰暦9月13夜の前夜、17歳の娘おせきは、いたずらな子供たちに影を踏まれた。おせきは「影を踏まれると寿命が縮まるのではないか」と恐れ、以後、月明かりのみならず日光や燈火さえ避け、影ができないようにした。翌年の9月13夜、外へ出たおせきの影は骸骨の形に見え、通りかかりの侍が彼女を斬り捨てた。
★5.影で居場所がわかる。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第23章 マルケ王と家来の小人メロートは、王妃イゾルデとトリスタンの密会の現場をおさえるべく、果樹園のオリーブの樹上に登って待つ。トリスタンとイゾルデがそこへ来るが、月に照らされた影を見て王たちが隠れているのを知り、2人は互いの潔白を示すごとき会話をして別れる。
★6a.長い影と短い影。
『金枝篇』(初版)第2章第2節 アンボンとウリエーズという2つの島は赤道に近いので、正午になると、ほとんど影ができない。このため、「正午に家から出てはならない」との掟がある。外に出ようものなら、人は自分の魂である影を、失ってしまうのだ。
『金枝篇』(初版)第2章第2節 マンガイア(南太平洋、タヒチ近くの島)の人々は、戦士トゥカイタワの物語を語る。トゥカイタワの力は、影の長さによって強くも弱くもなる。朝はいちばん長い影が落ちるので、彼の力は最大である。正午に近づくにつれ影は短くなり、彼の力も失せて行く。午後、影が長くなると彼の力も戻る。1人の英雄がトゥカイタワの力の秘密を発見し、力が最小となる正午に彼を殺した。
★6b.夕日によってできる影。
『杜子春』(芥川龍之介) 春の日暮れ、一文無しの杜子春は「いっそ死のうか」と考える。片目眇(すがめ)の老人が現れ、「夕日の中に立ち、お前の影が地に映ったら、頭に当たる所を夜中に掘れ。黄金が埋まっている」と教える。杜子春は大金持ちになるが、3年のうちに財産を使い果たす。再び老人が「影の胸の所を掘れ」と教え、杜子春は大金持ちになり、また3年で財産を失う。
★7.影となった女。姿は目に見えるが実体がなく、手でとらえることはできない。
『饗宴』(プラトン) オルフェウスは、死んだ妻をこの世に連れ戻そうと、冥府を訪れた。しかし神々は、妻の影(*PenguinClassicsの英語訳では"phantom")を見せただけで、その本体をオルフェウスに返し与えることはしなかった。オルフェウスは目的を果たさずに、冥府から帰った〔*ファイドロスが語る物語。『変身物語』(オヴィディウス)巻10などでは、ふりかえって妻の姿を見たため連れ戻せなかった、とする〕→〔禁忌〕4。
『竹取物語』 帝がかぐや姫の家を訪れ、彼女の袖をとらえて、強引に連れて行こうとする。するとかぐや姫は、影になってしまった。そのありさまを見た帝は、「やはり、かぐや姫は普通の人間ではなかったのだ」と悟り、宮中に召すことをあきらめた。
★8.木の影(蔭)。
蔭無し桜の伝説 昔、隠岐の国に、木の影がさして耕作不能の所があった。ある人が「これは、出雲の須佐神社の境内の桜の影だ」との夢想を得たので、隠岐から須佐神社に願って、桜の木を伐ってもらった。切り口から芽が出たが、背丈ぐらいになると枯れる。その後また芽が出る、という具合で、茂らず枯れず、大きくならないまま今に至っている。これを「影(蔭)無し桜」という(島根県簸川郡佐田町)。
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