声
『ウィッティントンと猫』(イギリス昔話) 貧しい少年ウィッティントンはロンドンへ出て奉公するが、辛さのあまり逃げ出す。行くあてもなく石の上に座っていると教会の鐘が鳴り、その鐘の音が「すぐ引き返せウィッティントン。3たび続けてロンドン市長」と聞こえる。彼は引き返し、後にロンドン市長になる→〔売買〕1。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻8-1 ソクラテスは、しばしば「神霊の声(ダイモニオン)」を聞いた。それは神から遣わされ、天命によって彼に定められたことがらを語る。その声が聞こえる時は常に、彼のしようとしていることをやめよと指示し、それをせよと勧めることは決してない。
『使徒行伝』第22章 キリスト教を迫害する「わたし(サウロ)」は、旅の途中、天からの光に打たれて倒れた。「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」と呼びかける声がし、「どなたですか」と問うと、声は「私はナザレ人イエスである」と答えた。「わたし」と一緒にいた者たちは、光は見たが、その声は聞かなかった〔*同・第26章にも、類似の記事。同・第9章では、サウロの同行者たちも声を聞いた、と記す〕。
『長谷雄草子』(御伽草子) 中納言長谷雄は朱雀門の鬼から絶世の美女を得る。長谷雄が鬼との約束を守らなかったため、美女は水と化して流れ失せ、鬼は怒って夜道で長谷雄を襲う。長谷雄が北野天神に助けを請うと、空から鬼を叱る声がして、鬼は姿を消す。
『浜松中納言物語』巻4 中納言は唐へ渡って河陽県の后と契りを交わし、生まれた若君をともなって帰国する。帰国して2年後の3月16日の夜、中納言が月を眺めていると、空から大きな声がして、「河陽県の后は今、この世の縁が尽きて、天に生まれ給うた」と、3度告げた〔*河陽県の后はしばらく天にいた後に、中納言への思いから、現世にもう1度生まれようとする〕→〔転生先〕6。
*→〔凶兆〕3bの『平家物語』巻6「嗄(しわがれ)声」・〔人形〕3の『あきみち』(御伽草子)。
*歌をほめる声→〔歌〕1cの『今昔物語集』巻27-45。
*笛の音をほめる声→〔笛〕2bの『遠野物語』(柳田国男)9。
『高野物語』(御伽草子)第2話 宇都宮の一阿弥陀仏は在俗時、父の敵を討った。敵の兄弟ら大勢に追いつめられた時、「我は汝が父ぞ」と言う声が聞こえ、にわかに震動雷電大雨となって、敵は同士討ちを始めた。
『ジェーン・エア』(ブロンテ) ある夜、ジェーンは自分を呼ぶロチェスターの声を聞き、馬車で1日半かかる遠方のロチェスター邸まで駆けつける。そこで彼女は、火事で妻を亡くし失明したロチェスターと再会し、彼と結婚する。
『雑談集』(無住)巻7-2「法華ノ事」 病気の娘が、臨終時に「母よ」と3度呼んで死んだ。その時、1日の行程を隔てた地に住む母は、はっきりとその3声を聞いた。
『遠野物語』(柳田国男)10 弥之助老人が茸採りに奥山に入っていた時、深夜に遠方から女の叫び声が聞こえた。里へ帰ってみると、同じ夜の同じ刻限に、彼の妹である女が、その息子によって殺されていた→〔母殺し〕1。
『破戒』(島崎藤村)第6章 天長節(11月3日)の夜、瀬川丑松は小学校の宿直当番にあたっていた。どこか遠くから、「丑松、丑松」と呼ぶ父の声が、繰り返し聞こえた。声のする方へ捜しに行っても、誰もいない。同僚の銀之助や敬之進は、「神経のせいだ」と言った。しかしその翌朝、丑松は父死去の電報を受け取る。父は牛の角に突かれて、前夜10時頃に息を引き取ったのだった。
『捜神記』巻17-12(通巻411話) 3人の男が東望山の頂に登り、整然と並んだ果樹を見る。3人は、熟した実を取って腹いっぱい食べ、懐に実を2つずつ入れて持ち帰ろうとする。その時、空から声が響き「実を置いて行け。そうすれば帰ることを許してやる」と告げる〔*物語はここで終わっている〕。
『幽霊滝の伝説』(小泉八雲『骨董』) 夜、2歳の息子を背負った女房お勝が、肝試しで幽霊滝まで来る。確かに来た証拠として、滝壺近くの社の賽銭箱を持ち帰ろうとすると、「おい!お勝さん!」と言う警告の声が2度聞こえる。お勝は声を無視して賽銭箱を持ち帰ったが、見ると、息子の首がもぎとられていた。
『ブリキの太鼓』(グラス)第1部「ガラス、ガラス、小さなガラス」・「奇蹟は起こらない」 3歳で成長を止めたオスカルは、その後まもなく、遠くにある窓や電球や瓶などガラスでできたものを、叫び声で破壊する能力を得た。しかし20代の後半になって、オスカルはその能力を失った。
『ヨシュア記』第6章 ヨシュアは、イスラエルの人々を率いてエリコの町を攻めるにあたり、主(しゅ)の教えにしたがって、エリコの町の周囲を毎日まわった(*→〔周回〕5)。7日目に、祭司たちの角笛の音を合図に、民はいっせいに鬨(とき)の声をあげた。するとエリコの城壁は崩れ落ちたので、民はその場から突入し、町を占領した。
★2.声色を使う。
『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5 7匹の子山羊が留守番をしていると、狼が母山羊のふりをして家に入ろうとする。しかし、声がしゃがれているので狼だとわかってしまう。狼は大きなチョークを1本食べて声を美しくし、7匹の子山羊をだまそうとする〔*子山羊たちは、黒い前肢を見て狼だと知る〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章 50人の将兵を隠した巨大な木馬が、トロイア城市の前に放置される。夜、ヘレネが木馬の周囲を回り、将たちを、各々の妻の声を真似て呼ぶ。木馬内のアンティクロスが答えようとした時、オデッュセウスが彼の口をおさえる。その後に将兵たちは木馬から出て、トロイア城内に攻め入る。
『源氏物語』「浮舟」 薫は宇治の山荘に浮舟を住まわせて、隠し妻とする。匂宮はこのことを知り、夜更けに宇治の山荘を訪れて、浮舟の部屋の格子を叩く。声を薫そっくりに似せて「開けよ」と言うので、女房右近はだまされ、匂宮を浮舟のもとへ導く。
『干物箱』(落語) 商家の若旦那が、2階の自室に本屋の善公を留守番させて、吉原へ出かける。善公は声色を使い、若旦那が2階でおとなしくしているかのごとく、階下の父親をだまそうとするが、ばれてしまう。そうとは知らず帰って来る若旦那を、父親が叱る。若旦那は感心して「善公は器用だ。親父そっくり」と言う。
*→〔にせ花婿〕2の『シラノ・ド・ベルジュラック』(ロスタン)第3幕。
★3.声の吹き替え。
『雨に唄えば』(ドーネン他) 映画女優リタは悪声だったので、コーラス・ガールのキャシーが声の吹き替えをして、ミュージカル映画が作られた。観客の要求で、リタが舞台上で「雨に唄えば」を歌うことになった時、彼女は口を動かすだけで、幕の後ろでキャシーが歌った。しかし途中で幕が開いてしまい、映画の台詞も歌もキャシーの声だったことを、観客は知った。
★4.かき消される声。
『望郷』(デュヴィヴィエ) パリの女ギャビーは、アルジェのカスバを観光に訪れ、犯罪者ペペと知り合って愛人関係になる。しかし「警察がペペを射殺した」との虚報がもたらされたため、ギャビーはアルジェを去る。ペペは波止場へ来て、出航する船の甲板にギャビーの姿を見る。ペペは「ギャビー」と叫ぶが、その時汽笛が鳴り、彼の声はかき消される。ギャビーは汽笛に驚き、両手で耳をおおう。ペペは絶望して自殺する。
★5.声の大きさと距離。
『鷺とり』(落語) 田に下りた鷺を取る方法を、男が語る。「鷺の後ろへまわって遠くから、『さーぎー』と呼ぶ。そーっと近づきながら、声をだんだん小さくして行く。鷺は『誰かおれを呼んでいるが、声が小さくなったから、遠ざかっているのだろう』と油断する。そこをパッとつかまえる」。
*笛・太鼓の音を大きくすれば近くからのように聞こえ、小さくすれば遠くからのように聞こえる→〔狸〕9bの『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「たぬき囃子」。
『千一夜物語』「竪笛吹きの話した物語」マルドリュス版第851夜 老父と息子が出かけるが、草履を忘れたので、息子が家まで取りに戻る。息子は老父の2人の妻に向かって、「私は父から、あなたがたを抱くように命じられました」と言い、遠方の老父に「片方だけですか? 両方ともですか?」と大声で叫ぶ。老父は、草履のことだと思って「両方だ!」と叫び返す。2人の妻は、息子の言葉を信用して抱かれる。
『付き馬』(落語) 吉原で遊んだ男が、「代金は叔父さんがこしらえて(=払って)くれるから」と言い、吉原の若い衆を、早桶屋の店まで連れて行って、離れた場所で待たせておく。男は早桶屋に「(大声で)小父さん」と呼びかけ、「(小声で)外にいる奴の兄貴が急死したから早桶を(大声で)こしらえて下さい」と注文する。そして「(大声で)じゃあ小父さん、よろしくお願いします」と言って立ち去る。若い衆は「小父さん」を「叔父さん」と思って男を信用し、外で待ち続ける。
『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第2章「無からの創造」 大洪水の後、1人の母親とその息子だけが生き残った。神が母親を少女の姿に変えたため、息子は母親と結婚した。息子は、結婚相手が自分の母親だと知ると、森へ走り込んで絶叫した。母親は息子を追って荒野へ行き、絶叫した。2人の声が響いたあらゆる場所から、人間が現れ出た(中国雲南省ミャオ族)。
★8.「声」の意味。
『男はつらいよ』(山田洋次)第37作「幸福の青い鳥」 寅次郎が源公を連れて、葛飾区役所へ行く。入り口のカウンターに、「あなたの声をお聞かせ下さい」と記した郵便受けが置いてある。寅次郎と源公は郵便受けに向かって、「ワー」「ワー」と声を出す。
『声』(松本清張) 高橋朝子は新聞社の電話交換手で、社員3百人の声を聞き分けた。ある夜、彼女は間違い電話がきっかけで、強盗殺人犯の声を聞いてしまう。その声は、彼女の記憶にはっきり残った。1年ほどして朝子は退社し、結婚したが、夫の会社の同僚・浜崎がかけてきた電話の声は、あの強盗殺人犯の声であった〔*浜崎は正体を知られたことを察知し、朝子をおびき出して殺した〕。
*声を聞いて、暴行犯であることを知る→〔暴行〕4の『死と処女(おとめ)』(ポランスキー)。
『上宮聖徳法王帝説(じょうぐうしょうとくほうおうていせつ)』 上宮王(聖徳太子)は幼少の頃から聡明であり、成長後は、一時に8人の訴えを聞き分けた。また、一を聞いて八を智(さと)った。ゆえに号して「厩戸豊聡八耳命(うまやとのとよとやつみみのみこと)」と言う〔*『日本書紀』巻22〔第33代〕推古天皇元年(A.D.593)4月および『日本霊異記』上-4では、10人の訴えを聞き分けた、とする〕。
- >> 「声」を含む用語の索引
- 声のページへのリンク