SR-71 (航空機) SR-71 (航空機)の概要

SR-71 (航空機)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/17 01:37 UTC 版)

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NASAのSR-71B


SR-71は、ロッキード社が開発してアメリカ空軍で採用された超音速・高高度戦略偵察機である。愛称はブラックバード (Blackbird)。最高速度はマッハ3を出すことができ、有人実用ジェット機として最も速く、2020年現在に至るまで記録は更新されていない。

開発は、1950年代後半から1960年代にかけてロッキード社の「スカンクワークス」によって極秘に行われた。初飛行は1964年12月11日1967年5月31日実戦投入。沖縄・嘉手納飛行場にも配備された。その異様な形状と夜間に出撃することから、現地では「ハブ」(Habu)と呼ばれていた。

概要

SR-71は1950年代に開発された偵察機A-12を改良したもの。U-2偵察機の後継として設計・開発された。高高度での亜音速巡航中に地対空ミサイルを被弾したU-2撃墜事件を受けて、高高度でM3級の超音速飛行を行うことでミサイル迎撃を回避することを目標とした。タンデム複座の前席にパイロット、後席にRSO(Reconnaissance Systems Officer、偵察システム士官)が搭乗し、高空からの写真偵察を行う。

SR-71は超高速飛行に特化した従来にない特異な外見と内部構成により高高度での超音速巡航飛行を実現したが、飛行に際しては高度な技術、敵地上空を飛行するリスクと膨大な費用を要するため偵察衛星技術(精度)の向上により1989年の退役決定後、全機が退役した。

その後湾岸戦争において、迅速な情報収集には偵察衛星では足りなかったことや、北朝鮮による核査察拒否問題が起こったことなどからSR-71復活配備計画が持ち上がり、1995年には3機のSR-71を復活配備するための予算が計上され、1996年に新SR-71部隊を編成し1997年には即応体制完了を発表した。しかし1998年に当時のビル・クリントン大統領によって拒否権が発動され、復活配備されたSR-71は計画通りの3機が揃うことも (配備が完了したのは2機) 実際に運用されることもないまま再度退役している。同じく1998年にNASAで試験機として運用されていたSR-71も退役したが、モスボール状態で保管された一部の機体の再配備の可能性もある。

命名

当時CIAが開発した偵察機であるA-12の潜在能力に気付いた空軍は、1962年12月その派生機開発を依頼し[1]ロッキードによってR-12と命名された。後にRS-71と正式に命名されるが、これはB-70からの連番によるものである。爆撃機仕様のB-70の開発段階において偵察爆撃(reconnaissance strike)機としての計画が提案され、RS-70の命名が与えられたため、本機にはその次の番号が与えられた。なお空軍はA-12の戦闘機仕様の開発を依頼し、こちらはYF-12と元となった機体と同じ番号が付与されている。

1964年7月、大統領リンドン・B・ジョンソンは空軍が開発中の最新鋭偵察機の存在を公表することになったが、偵察爆撃ではなく戦略偵察(strategic reconnaissance)の命名を好んだ空軍参謀総長カーチス・ルメイによって、この大統領発表の直前にRS-71からSR-71に命名が変更された[2]。このエピソードは、大統領の言い間違いのせいで空軍が命名変更を指示し、2万1,000枚の図面と書類が修正され、その結果数千ドルの余計な費用がかかったなどという逸話としても広まっているが[3]、ジョンソンの文書を精査した空軍大佐で第9戦略偵察航空団の司令官を務めたリッチ・グラハム(Rich Graham)によると、大統領演説の原稿と録音物では3箇所で正しくSR-71となっていたのに対して、報道陣に配布された発表概要ではこの部分が異なっていたために、速記官がRS-71を聞き間違い書き誤ったためにこのような逸話が生まれたと結論された[4]

性能と設計

NASAのSR-71

SR-71は、1976年7月28日、第9戦略偵察連隊機により3,529.56km/h(実用高度25,929m)という実用ジェット機としての最高速度記録を出している。また、1990年にはアメリカ西海岸(ロサンゼルス)から東海岸(ワシントンDC)までを67分で飛行するという最速記録も出している。これだけの速度域では空気自体の圧縮によって生じる断熱加熱により機体表面温度は摂氏300度を超えて部分によっては摂氏700度近くに達する。こうした高熱に対する対策のために、いくつかの特異な機軸が盛り込まれている。

高熱対策

SR-71の機体は、全体の93%にチタン合金が使用されている。これは、通常航空機で使用されているアルミニウム合金では上記の温度で強度が低下してしまうからである。当時はチタン加工については未成熟な段階だったため手探り状態での開発であり、当初、部品の歩留まりは10%程度だったとも言われている。

SR-71以前の航空機で、チタン合金の使用は、排気口のフェアリング、補強や冷却のためのパーツ、高温部分の成型品などのごく一部の使用に留まっており、SR-71以降は繊維強化プラスチックなど複合材料や新素材の使用が増加したため、チタン合金使用率はSR-71が群を抜いたものとなっている。さらに、高温下での熱膨張を考慮し、機体外装パネルにわずかな隙間を意図的に空ける設計としている。

そのため、地上で機体温度が常温にある間は、パネルの隙間から燃料が染み出すため[5]、床には受け皿が置かれた。復活配備の際には技術者はこの燃料漏れ対策に苦心したとも言われる。こうした高熱対策は機体構造だけでなく、タイヤにも必要で、耐熱性を持たせるためアルミニウム粉を混入した特殊なタイヤが使用されている。

SR-71の燃料も、こうした高温対策の一環として、通常のジェット燃料に比べ60℃という高い引火点を持つJP-7を使用する。そのため、始動時およびアフターバーナー点火時には点火剤としてトリエチルボラン (TEB/Et3B) 数十ccの噴射を行う。燃料はエンジンにて燃焼させる前にまず機体を冷却させるために循環し、その後熱交換により高温になった燃料がエンジンに送り込まれる。オイルに至っては、常温では固体となってしまう製品を使用している。そのため飛行には最短でも24時間前から準備をしなければならなかった。

エンジン

SR-71のエンジンの動作

プラット・アンド・ホイットニーJ58が2基搭載された。エンジンの前後およびエンジンの途中には、複数のバイパス扉が設置されており、飛行中の速度によってそれらの開閉は制御されている。またエンジンシステムの最前部に装備されたスパイクコーンも電子制御で前後に駆動され、スパイクコーン先端で発生する衝撃波によって、効率よく空気の圧縮がなされるように調節される[6]

マッハ3.2の飛行中であってもエンジン燃焼部で発生する推力は全体の10%に過ぎず、音速を超えた飛行時の推力の大半はアフターバーナーで発生している。ターボファンエンジンにおいてこのような現象が発生することは珍しいことではないが、中でもバイパス比が高いことが特徴である。

なお、燃焼されずにバイパスされる気体は、9段ある圧縮機のうち4段を通過する。非燃焼気体は、圧縮機を完全に迂回するわけではないので、当エンジンはターボジェット統合型ラムジェットエンジンではないとされる。

高速性と操縦性

エンジン内空気流制御装置を制御するハネウェル・コンピューター・システムは定期的に最新のものに更新されており、特に1980年代後半のデジタル化による飛行状況のコンピューター制御機構との統合により、効率的で安全な飛行を実施できるようになったという。手動飛行時にも機体の揺れを補正するために8チャンネルの自動安定装置を働かせる。就役当時のアナログ制御では、スパイクコーンの制御の失敗による大きな衝撃の発生のために飛行が不安定になるだけでなく、フレームアウトを併発することもあった。フレームアウト後の再始動は可能であるものの、左右のエンジン間隔の広い本機では始動を終えて出力が安定するまで大きな当て舵を必要とした。

SR-71が高速を発揮できるのは、大気密度が低い高高度領域の話で、高度1万メートル以下では多くの戦闘機に及ばない。機体強度も弱く、バンク角度は45度が限界で(運用の性格上、その必要性もないが)背面飛行はできない。また飛行特性は神経質であり、乗員は特別な訓練を必要とした。危険な任務に従事してきたにもかかわらず1機も撃墜されたことがないが、上記のフレームアウトや操縦の困難さにより、着陸の失敗といった事故で多くの機体が失われている。

ステルス性

SR-71はステルス性を高めるさまざまな試みがされている。放熱効果を高めるために採用された機体全体を覆う表面の黒い塗料にはフェライト系と言われる鉄粉が混ぜられ、機体表面は鋸状にされ、ブレンデッドウィングボディとダブルデルタを併用したのっぺりとした外見にもレーダー電波を乱反射させる(受け流してレーダーアンテナに返させない)効果がある。機首にはチャインと呼ばれる張り出しを設けて垂直尾翼は内側に傾斜させている。エンジン噴射煙のレーダー反射を抑えるために燃料にはセシウム化合物を含んだ添加剤A-50を配合している。当時としては画期的なステルス性能を持っており、沖縄から離陸したSR-71が那覇空港のレーダーシステムから一時的に消失することも確認されている。一方「電柱のようなミサイルが飛んでくるのが見えた」というパイロットによるレポートもあり(レーダー波はかわせるがヒトの眼からは逃げられない)、旧ソビエト領空を飛行中にも地上の地対空ミサイル施設から頻繁にレーダーロックされ実際に何度も対空ミサイルの迎撃を受けている。

以後、これらのステルス技術は、スカンクワークスによってF-117 (航空機)へと引き継がれる。


  1. ^ Landis, Tony R.; Jenkins, Dennis R. (2005). Lockheed Blackbirds (revised edition ed.). Minneapolis, Minnesota: Specialty Press. pp. 56-57. ISBN 1-58007-086-8 
  2. ^ Merlin, Peter W (July/August 2005). “The Truth is Out There... SR-71 Serials and Designations”. Air Enthusiast (Stamford, UK: Key Publishing) (118): 2–6. ISSN 0143-5450. 
  3. ^ ベン・R・リッチ『ステルス戦闘機―スカンク・ワークスの秘密』増田興司訳、講談社、1997年1月。ISBN 978-4062085441
  4. ^ Asker, James R. (2001-02-12). “Dyslexic Factoid, Unexplained”. Aviation Week & Space Technology 154 (7): 25. 
  5. ^ 航空機の技術とメカニズムの裏側 (89) 飛行機の燃料(8)燃料をめぐるこぼれ話”. マイナビニュース (2017年10月10日). 2017年10月28日閲覧。
  6. ^ SR-71 Flight Manual
  7. ^ 週刊「ワールドエアクラフト」
  8. ^ “Meet the SR-72”. Lockheed Martin. http://www.lockheedmartin.com/us/news/features/2013/sr-72.html 2014年1月13日閲覧。 


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