蛇行動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/27 07:39 UTC 版)
蛇行動への対策
蛇行動は車輪の踏面勾配により起因し、前述した特性値により一定の波長を持つことから、走行速度が高いほど振動速度が大きくなり、しばしば高速化の障害となる。また、曲線区間においては、踏面勾配による復元力に比べ、作用する遠心力が大きいことから問題になることは少なく、主として直線区間において問題となる現象である。車両運動の数値解析や台車回転試験など利用した検証により、蛇行動を抑えることそのものは大きな問題とならなくなっている [19]。しかし上記のように蛇行抑制と曲線通過性能の確保は相反することが多く、これらの両立は未だに課題である [19]。以下、蛇行動への対策について記す。
踏面勾配の適正化
蛇行動を引き起こす原因は車輪の踏面勾配による復元力であるため、高速列車においては踏面勾配を小さく取ることが対策の一つとして有効である。日本においては、在来線車両の踏面勾配は1/20が標準であるのに対し、高速運転が前提の新幹線車両では1/40を標準としている[20]。しかし、いたずらに踏面勾配を小さくすると曲線抵抗が大きくなる(曲線区間の通過が困難になる)などの問題もあるため、最小曲線半径に応じた適切な値を取ることが望ましい。
車輪踏面は走行時のレールとの摩擦により徐々に摩耗し、踏面形状が変化してしまう。このため車輪の新製時には問題がなくても、踏面摩耗により蛇行動安定性が悪化して蛇行動が発生するようになる場合がある[4]。例えば、踏面に凹摩耗へこみが1mm程度でも、車輪・レール間の接触点が不連続に移り変わるため蛇行動誘発の原因となるときもある[4]。摩耗による踏面形状は、長期的な踏面摩耗の結果、踏面はレールとなじんだ形状になり形状変化が落ち着くようになる。修正円弧踏面と呼ばれるJR在来線で標準的に使用されている踏面形状は、この最終的になじんだ形状と新製時形状を近づけることで摩耗による踏面の形状変化を緩和させることを1つの観点として設計されている[21]。
輪軸支持剛性の適正化
実際の輪軸においては、前後方向や左右方向に対して完全拘束ではなく、弾性的に支持されている。このばね定数を適切に選定することにより、不安定となる速度を使用しない超高速領域に設定する方法や、逆に不安定領域を低い速度に設定し、高速域での振動を抑えるなどの方策がある。二軸車における2段リンク方式は後者の例である(右図)。
軸箱支持装置に軸箱守(ペデスタル)方式を用いている場合、摩耗により支持部にガタが発生しやすく、1軸蛇行動の原因となることが多い[22]。このため、耐摩耗性に優れた材料を用いるとともに、定期的な保守が必要である[22]。円筒案内式による軸箱支持装置はこの欠点を改良したもので、ガタが発生しにくい構造となっている。
台車回転抵抗の適正化
台車と車体の結合部において、車体・台車間のヨーイング回転に対する適切な抵抗を与えることで、台車の蛇行動を抑制する機構が設けられている。台車の車体支持形式の違いにより以下の2つの方法がある。
ボルスタアンカ・側受
枕ばり(ボルスタ)付きのボギー台車では、心皿と呼ばれる部分を中心に台車枠と枕ばりが回転し、側受と呼ばれる部分が車両を支えて台車回転時に摺動する構造となっている。この側受に適切な摩擦力を発生させて、蛇行動に対する抵抗を発生させている[23]。車体と枕ばり間の回転はボルスタアンカーにより拘束されるが、取付部に適切な剛性のゴムブシュを使用することで回転剛性を与えることができる。すなわち、直線走行時の回転変位が小さいときには、ボルスタアンカゴムブシュによる大きな剛性で台車の蛇行動を抑制し、曲線通過時に大きく台車が回転しようとするときには、側受の摩擦力を越えて枕ばりが滑ることで台車が回転できるような仕組みである[24]。後述のヨーダンパ付きボルスタレス台車が開発される以前は、高速車両には必須の装置とされていた[25]。最初の新幹線用車両である0系でも本構造が採用されている。
この方式の欠点としては、雨水や摺動面の荒れにより側受の摩擦力が変動して走行性能が安定しない点[26]などがある。一方の長所としては、側受・枕ばりを装備しない台車であるボルスタレス台車と異なり台車の回転角が空気ばねの許容変位に制約されない点などがある。現在のもので、空気ばねは通常100mm程度まで前後方向に変位できるものが一般的である[23]。
右図は、ダイレクトマウント式のボルスタ付台車の構造を示すもので、2次ばねが枕ばり-台車枠間に配置され、ボルスタアンカ・側受が車体-枕ばり間に配置されるインダイレクトマウント式と呼ばれるものもある。ボルスタアンカ・側受の機能はいずれにしても同じである。ボルスタアンカ・側受構造のさらに詳細な説明についてはボルスタアンカーの記事なども参照のこと。
ヨーダンパ
ダンパの一種であるヨーダンパは、蛇行動抑制のために車体と台車に接続されるものである[27]。台車の左右両側に配置して、ヨーイングによる両側で逆位相の前後振動を減衰させる。上記のような側受構造を持たない、ボルスタレス台車に主に用いられる[26]。ダンパはその特性から、速い動きにのみ抵抗し、ゆっくりした動きにはあまり抵抗しない。この特性により、曲線部における台車のゆるやかな回転は許容しつつ、高速振動である蛇行動のみを抑制する機構である[24]。
右図はヨーダンパの役割を模式的に示したものである。ボルスタレス台車においては、台車の回転は空気ばねの変形により行われる。とくに抑制機構のない場合は、空気ばねの減衰特性のみにより蛇行動に抵抗することとなる。一方、ヨーダンパは車体と台車の前後方向を拘束するように取り付けられる。台車は曲線通過時に回転しなければならないため、ヨーダンパ自体は伸縮を許容する構造となっているが、その伸縮部は高速振動を減衰させる機構を有しており、蛇行動を抑制する効果を発揮する。
ヨーダンパ採用による高速車両用ボルスタレス台車は、フランスのTGVで初めて実用化された[28]。日本においては、新幹線や特急形車両のほか、最高速度120km/h(JR東日本では130km/h)以上の近郊形電車を中心に採用されている。上記の通り、ボルスタアンカ・側受構造の代わりとして開発されたものなので、通常ボルスタレス台車に装備されるものだが、特殊な事例としては近鉄21000系電車のように、ボルスタアンカー付きの台車にヨーダンパを装着している例も存在する。また、新幹線E6系電車では、新幹線区間に加えて、曲線が多く曲線半径も小さい在来線区間を走行するため、減衰力切替式のヨーダンパを装備し、在来線区間を走行する際は減衰力を低減させて曲線通過性能の向上を図っている[19]。
通常のヨーダンパは台車-車体間で機能・配置されるものだが、新幹線のような高速車両では、編成の車体間にもヨーダンパが装備される場合がある[29]。通常のヨーダンパと区別して車体間ヨーダンパと呼ばれる。車体ヨーイング振動をさらに低減させる効果を発揮する。日本においては、新幹線500系電車で初めて採用された[29]。
左右独立車輪
蛇行動を引き起こさない輪軸構造として、左右独立車輪の研究がなされている[30]。しかしながら、自己操舵機能を持たないことから、片方のレールや車輪が偏摩耗するなどの問題もあり、本格的な採用には至っていない[30]。近年の路面電車では左右独立車輪の採用事例が増えているが、その目的は蛇行動対策ではなく低床化である[31]。
- ^ a b c d 鉄道総合技術研究所. “鉄道技術用語辞典”. 2013年9月22日閲覧。
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- ^ a b c d e f 小泉智志「台車技術からみた鉄道車両の高性能化の状況と今後の展望」『新日鉄住金技報』第395巻、新日鉄住金、2013年、 12-13頁。
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- ^ 「東海道新幹線に関する研究開発の回顧」pp.1562-63
- ^ 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」pp.28-29
- ^ a b 植木健司「輪重横圧測定のあゆみ」『鉄道総研RRR』第69巻第10号、2012年、 29頁。
- ^ 「鉄道車両のダイナミクス」p.92
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