戦国自衛隊 (映画)
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スタッフ
- 監督 - 斎藤光正
- アクション監督 - 千葉真一
- 製作 - 角川春樹
- 原作 - 半村良
- 脚本 - 鎌田敏夫
- 撮影 - 伊佐山巌
- 美術 - 植田寛、筒井増男
- 録音 - 橋本文雄
- 照明 - 遠藤克己
- 編集 - 井上親弥
- 音楽監督 - 角川春樹
- 音楽 - 羽田健太郎
- 音楽プロデューサー - 鈴木清司(鈴木音楽事務所)、高桑忠男(東映音楽出版)
- サウンドトラック
- 主題歌 - 松村とおる「戦国自衛隊のテーマ」
- 挿入歌 - 井上堯之「終りのない旅 (ENDLESS WAY)」
- エンディングテーマ - ジョー山中「ララバイ・オブ・ユー (LULLABY OF YOU)」
- 監督補 - 戸田康貴
- 助監督 - 山下稔
- 特撮監督 - 鈴木清(創英舎)
- 記録 - 堀北昌子
- 音響効果 - 東洋音響、小島良雄
- スタジオ - 東宝スタジオ
- 録音スタジオ - にっかつスタジオセンター
- 美術 - 東宝美術
- 装飾 - 高津映画装飾
- 擬斗 - 菅原俊夫、斉藤一之
- 衣裳 - 柳生悦子
- 制作担当 - 大橋和男
- 俳優担当:碓井義徳
- スチール - 遠藤功成
- 現像 - 東洋現像所
- 宣伝 - 東映洋画宣伝室
- 制作協力 - 三船プロダクション
製作
原作は角川文庫にも収められている半村良の『戦国自衛隊』。角川春樹はUFOや『スター・ウォーズ』などのSFブームに合わせて、ハリウッドの大作に対抗するには、日本の風土と生活に根ざした独自のSFを作るしかないと考え[5]、時代劇にSFを加味して、角川の意図で青春映画として製作した[6][7]。発表会見で角川は「『アメリカン・グラフィティ』の日本版を目指す」と抱負を語っている[8]。フジテレビと共同製作するはずが提携できず[1]、角川は自宅を抵当に入れ、銀行から融資してもらい、製作費11億5000万円を捻出した[1]。業界通信社向けの発表から本作はスタートしたが、東宝の各支社長会議で角川がどんなに言葉をつくして説明しても、「なんで時代劇と戦車が結びつくのか?」とタイムスリップの要素の面白さを分かってもらえず、「分からないのはあなたがただけで、あなたがたの子供なら分かるよ」と言い切り、子供たちが劇画を読んで原作を認識していたのとは裏腹に「知らなかったのは大人ばかりだった。原作を読んでも分からないだろうから、会議ではサンプルとして劇画を配った」と語っている[9]。
主演とアクション監督を兼務した千葉真一は『戦略大作戦』を意識して演出した[10]。千葉は時速100キロメートルで飛ぶヘリコプターにロープ1本でぶら下がったり、馬に乗ったまま地面にある矢と弓を左右に傾いて拾い上げるといったスタントを吹き替えなしで演じたのに加えて、ヘリコプターから宙吊りになるシーンは自前のハイスピードカメラを足にくくりつけて撮影し[11]、騎手の目線を写すためにカメラを取り付けたヘルメットを被り乗馬するなど[注釈 3][1][12]、アクション監督としても自ら撮影を行っており、これらの敢行はスタッフをとても心配させた[11]。脇腹に隠れての乗馬は時代劇『柳生一族の陰謀』第27話「美女と野獣」で千葉が既に演じていたものを騎馬武者のジャパンアクションクラブ (JAC) のメンバーに演じさせている。馬は短距離の瞬発力に優れ、急発進・急停止なども器用にこなすクォーターホースをアメリカから輸入し、クランクイン1か月前から千葉とJACはクォーターホースと共に生活して訓練してきた[1][3][12]。転倒する馬はケガを負わぬよう、クッションなど安全装置を設けて撮影[1][3][12]。千葉は本作の騎馬シーンの一部を1989年の『将軍家光の乱心 激突』でも再現している。他にも夏木勲が春日山城天守閣からヘリコプターに吊り下げられた縄梯子で脱出するシーンや[注釈 4]、真田広之が飛行中のヘリコプターから飛び降りる、乗馬から伊庭義明三尉(千葉真一)へ飛びかかって斬りつけるなどのアクションシーンが撮影された。
斎藤光正は「自分が監督するからには、青春映画でないと意味がない」と語り[13]、脚本の鎌田敏夫もテレビドラマ『俺たちの旅』シリーズで青春ものを手掛けていたことから、アクション・SF・戦争・時代劇に運命を翻弄される自衛隊員の青春群像が盛り込まれた作品である。キャッチフレーズでも「SF青春時代劇」をうたい[14]、松村とおる・井上尭之・ジョー山中・高橋研らによる青春をモチーフとした挿入歌[注釈 5]が劇中に流されている。実戦をまったく経験したことのない近代軍隊が、
主人公の伊庭義明三尉率いる陸上自衛隊の一個小隊が、戦国時代にタイムスリップという原作の奇想天外なモチーフを、千葉真一の演出による迫力ある戦闘と青春群像として描いている。脚本は原作を全て踏襲せず、登場人物のキャラクター・戦の数・車両は異なり、「燃料補給ができない」「限られた弾薬」「タイムスリップすることになった背景」を描いていない[15]。武器や燃料の消耗を危惧する内容は存在したものの[16]、原作をベースにしながら、角川春樹の「青春映画にしたい」という意図が加わった映画オリジナルのストーリーとなっている[6][7]。
クランクイン前に千葉真一と夏木勲は自衛隊へ体験入隊し[3]、江藤潤やかまやつひろしらは自衛隊の衣装を着て、銃(モデルガン)を持ち、自衛隊OBの指導のもと、東宝撮影所の野原で匍匐前進の訓練をした[17]。一方で自衛隊は脚本に難色を示し[注釈 6]、上記以外の協力・支援はしていない[17]。そのため、角川春樹事務所は61式戦車のレプリカを製造することにし、8000万円を費やして2か月半の期間で造った[3][17][18]。このレプリカについて江藤は「タイムスリップした海岸のシーンで完成したばかりの戦車がうまく起動しないので、撮影技師がレールを敷いてキャメラがレプリカを回り、戦車自らが旋回したように撮影した」ことや、借りてきたシコルスキー S-62に陸上自衛隊の塗装をするなど、本作の手作りが良かったと述べている[17]。
3か月に及ぶ撮影について[17][19]、江藤潤は「同世代の共演者が多いので部活みたいだったし、千葉真一さんは主役を多く演じた俳優さんなのに少年のようで、僕も精神が男の子だから楽しかった[17]。夏八木勲さんも大人の少年で[注釈 7]、千葉さんと夏八木さんの海辺のシーンはいい友情関係が出ていて、上半身をむき出しにして筋肉の見せ合いをしたり、その若々しい姿がうらやましくもあった[17][19]。渡瀬恒彦さんもやんちゃだけど、役柄もあり、合宿生活をする共演者とは宿を他のところにしていた[17]」と懐かしみ[17][19]、県信彦役については「県だけ冷静沈着で、周りより色目が違うということで、なるべく興奮しないよう、台詞もゆっくりしゃべるように演じた」と振り返っている[17]。
興行
日本では「歴史は俺たちに なにをさせようとしているのか?[20]」をキャッチコピーにして宣伝され、東宝配給で[21]、1980年の正月興行として1979年12月15日から公開された[21]。配給収入は13億5000万円を記録[注釈 8]。角川春樹事務所にとっては初の正月作品である[21][22]。角川春樹は正月興行といえば東映時代劇という時代に育ち、正月に時代劇をやるのはプロデューサーとしての夢であった[6][7]。同事務所の過去3作同様に「角川商法」と言われたメディアミックスが展開され、もともと映画『復活の日』を正月作品にあてがう予定だったが製作の遅れで間に合わず、本作が取って代わっているTemplate:R キネ180。公開中にレプリカ戦車は、宣伝の一環として映画館の前に据えられた[22]。しかし大作と言うこともあり、収支はトントンだったという[5]。
欧米向けの作品は95分に編集され[24]、 1981年1月にアメリカと4月24日に西ドイツ、 1982年3月31日にフランスと4月16日にポルトガル、 1983年1983年7月22日にノルウェーと8月1日にスペインでそれぞれ公開された。日本以外のアジアでは1980年8月28日に香港とマカオで広東語吹替で公開された。ソ連でも映画祭などで頻繁に上映された。
注釈
- ^ アクション監督を兼務。
- ^ 西日本空輸所属のヘリコプター・パイロット。10,700時間以上の飛行経験を持ち、当時の日本では加納を含めて5人しかいなかった。その自由自在な操縦技術で城郭や馬にギリギリまで近づくなど、リアルさと迫力を反映させることとなり、千葉真一・斎藤光正らスタッフ一同を感嘆させた[1][3]。加納は本作公開から約2年後の1981年8月11日、鹿児島県種子島沖の海上で墜落事故に遭い、搭乗していた同僚と共に亡くなった[4]。
- ^ 当時のカメラは今と比べると、はるかに大きく重かった。
- ^ ロケーション撮影は丸岡城で行われた。
- ^ サウンドトラックは、主題歌が7曲もある豪華なものとなった[5]。
- ^ 戦国時代とはいえ、自衛隊員が無許可で離隊すること、民衆を襲う、隊員同士が戦闘する内容に否定的な自衛隊は、前年の角川映画『野性の証明』に防衛庁が協力しなかったのと同様に、本作への支援を一部に止めた。
- ^ a b 本作における夏八木勲は、芸名を夏木勲として出演している。
- ^ 配給収入は宣伝費を含めた製作費に近い金額となった[22]。1980年度邦画配給収入第5位[23]。
- ^ 作中では複数台が登場するが、これはCGによる合成処理である。
出典
- ^ a b c d e f g 「日本映画レトロスペクティブ 第3回 千葉真一」『日本映画専門チャンネル』 2011年11月3日23:00 - 、4日14:00 - 、23日14:00 - 、29日21:00 - 、30日14:00 - 、12月16日18:30 - 、30日14:00 -
- ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924→2011』キネマ旬報社、2012年、390頁。ISBN 978-4-87376-755-0。
- ^ a b c d e f g h プロダクションノート、26 - 27頁。
- ^ “魔改造で戦車を自作!真田広之の危険すぎるスタント! 1979年『戦国自衛隊』は製作費11億超のお正月アクション大作!!”. BANGER!!! (2021年1月25日). 2022年11月30日閲覧。
- ^ a b c 『最後の角川春樹』、2021年11月発行、伊藤彰彦、毎日新聞出版、P147
- ^ a b c 角川春樹 「製作意図」
- ^ a b c 「あとがき」
- ^ 「邦画新作情報」『キネマ旬報』1979年5月下旬号、キネマ旬報社、180頁。
- ^ 『バラエティ』1979年12月号、角川書店、53頁。
- ^ 高平哲郎「JJサニーちば、真面目さと優しさに溢れ…」『ZAKZAK』産経デジタル、2011年5月18日。2014年12月10日閲覧。オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b 脇田巧彦「アクションに賭ける男・千葉真一」、21頁。
- ^ a b c 千葉真一『千葉真一 改め 和千永倫道』山と渓谷社、2008年、73 - 74頁。ISBN 4635340228。
- ^ 戦国自衛隊大全、110頁
- ^ 戦国自衛隊大全、113頁
- ^ 「原作『戦国自衛隊』について」戦国自衛隊大全、21頁
- ^ 戦国自衛隊大全、37頁
- ^ a b c d e f g h i j k 山崎伸子 (2022年11月1日). “43年目の『戦国自衛隊』撮影秘話!江藤潤が明かす、千葉真一や渡瀬恒彦との“合宿生活””. MOVIE WALKER PRESS. 映画ニュース・読みもの. ムビチケ. 2022年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月6日閲覧。
- ^ 戦国自衛隊大全、88頁、107頁
- ^ a b c “俳優・江藤潤が明かす「肉体鍛錬の裏話」”. 現代ビジネス. ほとばしる熱気と殺気…!俳優・夏八木勲の野性は、いかにして生まれたのか. 講談社. p. 4 (2022年11月22日). 2022年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月6日閲覧。
- ^ 戦国自衛隊 - ぴあ
- ^ a b c 『キネマ旬報』 2000年10月下旬号、角川春樹インタビュー
- ^ a b c d 「角川春樹氏特別インタビュー 「戦国」から「大和」へ!!」『ビッグマンスペシャル 戦国自衛隊パーフェクトBOOK』、世界文化社、2005年、12 - 15頁、ISBN 4-418-05120-1。
- ^ 1980年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
- ^ 戦国自衛隊大全、105頁
- ^ 「千葉真一60周年祝賀会に俳優家族4人初勢ぞろい!」『iza』、2019年11月8日。2021年9月16日閲覧。
- ^ “夏八木勲「親友・千葉真一が明かした骨太“名脇役人生”」”. アサ芸プラス. 徳間書店 (2013年5月29日). 2021年9月16日閲覧。
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- ^ 速水亮 (2015年12月24日). “楽しかった想い出が甦る”. 速水亮アクターズ日記. その他舞台、演劇. Yahoo! JAPAN. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月21日閲覧。
- ^ 斎藤雅道 (2019年12月13日). “「角川61式戦車」どこへ? 宮沢りえ『ぼくらの七日間戦争』で搭乗 元『戦国自衛隊』2.「角川61式」2019年現在のありかは…?”. 乗りものニュース
- ^ “『99年の愛~JAPANESE AMERICANS』今夜放送!”. ロケ応援団 フィルムコミッション富士blog (2011年12月26日). 2021年9月19日閲覧。
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- ^ 轟夕起夫「日本一多作な男が日本一寡作な男の半生に迫る! 長谷川和彦vs三池崇史」『轟夕起夫の映画あばれ火祭り』河出書房新社、2002年、237頁。ISBN 4-309-26533-2。
- ^ 「スクープ! 今井雅之さん、幻の「戦国自衛隊」遺していた 20年前に続編の脚本執筆 (1/2ページ)」『ZAKZAK』産経デジタル、2015年7月16日、1面。2015年7月18日閲覧。オリジナルの2015年7月18日時点におけるアーカイブ。
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