エアロスミスとは? わかりやすく解説

エアロスミス

(AEROSMITH から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/05 18:19 UTC 版)

エアロスミス
左上から時計回りにスティーヴン・タイラー、トム・ハミルトン、ブラッド・ウィットフォード、ジョー・ペリー、ジョーイ・クレイマー
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ボストン
ジャンル
活動期間 1970年 -
レーベル
公式サイト Official Aerosmith Website(英語)
メンバー
旧メンバー

エアロスミス(英: Aerosmith)は、アメリカ合衆国のロック・バンドである。ブルース、ロックンロール、R&B、カントリー・ミュージック、ファンクといったアメリカのルーツ・ミュージックからの影響を下地に、第一次ブリティッシュ・インヴェイジョン期のイギリスのバンドを主な対象として青写真を描いて、R&Bとロック、ハードロックの懸け橋となるサウンドを確立した。

トータルセールスは全世界で1億5,000万枚以上[6][7]で、『最も売れたアーティスト』の1組に挙げられる。アメリカでは「America's Greatest Rock and Roll Band」[8][9][10]、「The Bad Boys from Boston」などの紹介が定着している。ウォール・ストリート・ジャーナルの「史上最も人気のある100のロックバンド」において10位[11]。ローリング・ストーンの選ぶ「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において59位[12]。

概要

1973年、当時珍しかった東海岸ボストン出身のロック・バンドとしてデビュー。2026年に至るまで50年以上に亘って一度も解散せず、1980年から1984年までの期間を除いて[注 1]レコード・デビュー時のオリジナルメンバーの顔ぶれで[注 2]常に第一線で活動し続ける、という他に例を見ない経歴を持つ。

2001年に「ロックの殿堂」入り[13]。1990年「グラミー賞」初受賞。第2回「MTV アイコン・アワード」受賞[14][15]。これまでに「グラミー賞」4回、「ビルボード・ミュージック・アワード」6回、「アメリカン・ミュージック・アワード」8回、「MTV Video Music Awards」12回、「ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー」などを受賞している[16][17]。

スティーヴン・タイラーとジョー・ペリーのソングライティング・コンビは米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP)から贈られる「ファウンダーズ・アワード」を受賞しており[18][19]、ナショナル・アカデミー・オブ・ポピュラー・ミュージック(NAPM)設立による「ソングライターの殿堂」入りも果たしている[20][21][22]。

日本では、1970年代後半からクイーン、キッスと並ぶ“3大バンド[23][24][注 3]の1つ”として人気を博した。1977年の初来日を皮切りに2013年までに合計11回の単独公演を開催し、1998年には海外アーティスト初となる4大ドームツアーを敢行した。

出身地であるボストンを州都とするマサチューセッツ州は、1993年に当時のウィリアム・ウェルド州知事により、“4月13日”を『Aerosmith Day』と制定した[25]。

メンバー

スティーヴン・タイラー
(Steven Tyler)

ボーカル・ハーモニカ・パーカッション・ピアノ・キーボード

1948年3月26日生まれ
ニューヨーク州ヨンカーズ出身

ジョー・ペリー
(Joe Perry)
リードギター・リズムギター・ボーカル
1950年9月10日生まれ
マサチューセッツ州ローレンス出身
ブラッド・ウィットフォード
(Brad Whitford)
リズムギター・リードギター
1952年2月23日生まれ
マサチューセッツ州ウィンチェスター出身
トム・ハミルトン
(Tom Hamilton)
ベース
1951年12月31日生まれ
コロラド州コロラドスプリングス出身
ジョーイ・クレイマー
(Joey Kramer)
ドラム・パーカッション
1950年6月21日生まれ
ニューヨーク州ニューヨークブロンクス区出身

サポート・メンバー

  • デイヴィッド・ハル(David Hull) - ベース
トム・ハミルトン病気療養中の全米ツアーに代役で参加。

メンバーの変遷

時期 メンバー
1970年 - 1971年
(結成時)
* スティーヴン・タイラー
* ジョー・ペリー
* レイモンド・タバーノ
* トム・ハミルトン
* ジョーイ・クレイマー
1971年 - 1979年
(レコード・デビュー時の
オリジナルメンバー)
* スティーヴン・タイラー
* ジョー・ペリー
* ブラッド・ウィットフォード(新メンバー)
* トム・ハミルトン
* ジョーイ・クレイマー
1979年 - 1980年
(ペリー脱退期)
* スティーヴン・タイラー
* ジミー・クレスポ(新メンバー)
* ブラッド・ウィットフォード
* トム・ハミルトン
* ジョーイ・クレイマー
1980年 - 1984年
(ペリー、ウィットフォード脱退期)
* スティーヴン・タイラー
* ジミー・クレスポ
* リック・デュファイ(新メンバー)
* トム・ハミルトン
* ジョーイ・クレイマー
1984年 -
(レコード・デビュー時の
オリジナルメンバー)
* スティーヴン・タイラー
* ジョー・ペリー
* ブラッド・ウィットフォード
* トム・ハミルトン
* ジョーイ・クレイマー

来歴

1970年(バンド結成) - 1972年

1970年夏、スティーヴン・タイラーがアメリカニューハンプシャー州サナピー湖にあるクラブ「ザ・バーン」で友人関係にあったジョー・ペリーとトム・ハミルトンが在籍していたバンド「ザ・ジャムバンド」の演奏を観て、両名に自分と新しいバンドを結成する話を持ちかけた事が「エアロスミス」誕生の発端とされている[26]。当時タイラーは「ザ・ストレンジャーズ」や「チェーン・リアクション」といったバンドでドラマー兼ボーカルとして活動しており、既に地域で知名度を得ていた。

タイラー、ペリー、ハミルトンが結成したバンドはタイラーをフロントマンに据え、ペリー(ギター)、ハミルトン(ベース)、さらにドラマーにジョーイ・クレイマー、もう1人のギタリストにレイモンド・タバーノ[注 4]を迎えて活動を開始した。バンド名はクレイマーが高校時代からイメージしていたバンド名にちなんで「エアロスミス」に決まり[注 5]、バンドロゴはタバーノの原案が採り入れられた。

翌1971年にタバーノが脱退。後任のギタリストにブラッド・ウィットフォードが迎えられ、ここにオリジナルメンバーが揃うた。

はじめはカバー曲中心のパーティバンドのような活動をしていたが、ボストンの「フェンウェイ・シアター」支配人からの紹介により地元有力プロモーターに出会い、マネジメント契約を結ぶ。さらにマネジメント会社の交渉により1972年夏にコロムビア・レコードとの契約が成立し、デビューの足掛かりを掴んだ。

1973年(デビュー) - 1977年

1973年1月、1stアルバム『野獣生誕』でデビュー。収録曲の「ドリーム・オン」がアメリカ東海岸地区のロック系ラジオを中心として注目を集め、シングルカットされて全米シングルチャートに相当するBillboard Hot 100の59位まで上昇するヒットとなる。

1974年3月、2ndアルバム『飛べ!エアロスミス』を発表。プロデューサーはジャック・ダグラスが担当した。全米アルバムチャートに相当するBillboard 200の200位圏内に1年以上に亘って入り続けるロングヒットになった。

トロント公演でのハミルトン(1975年)

1975年4月、3rdアルバム『闇夜のヘヴィ・ロック』を発表。「ウォーク・ディス・ウェイ」や「スウィート・エモーション」もシングルヒットし、アルバムもBillboard 200の11位まで上昇。バンド初のプラチナ・ディスクを獲得した。この勢いで前2作のアルバムのセールスも上がり、再発売されたシングル「ドリーム・オン」はBillboard Hot 100の6位まで上昇した。同年5月に日本で『飛べ!エアロスミス』が発売されて日本デビューを果たした。

1976年4月、全米ツアー開始。ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでのライブも開催。5月には4thアルバム『ロックス』を発表。Billboard 200で3位を記録し、「ラスト・チャイルド」、「ホーム・トゥナイト」、「バック・イン・ザ・サドル」もシングルヒットする。日本でも彼らの知名度は上がり、「クイーン」、「キッス」と並ぶ“3大バンド[23][24]の1つ”として人気を博した。10月には初のヨーロッパツアー、翌1977年2月には初の日本ツアー[注 6]を開催した。

1977年 - 1983年

人気の拡大とともにバンド活動には2度目のヨーロッパツアーを含む大規模なツアーが組み込まれ、その合間に次作のレコーディングが行われるという過酷なスケジュールになり、以前から使用していたとされるドラッグの使用頻度が増して薬物乱用状態に陥ったいった。そのような中、1977年12月に5thアルバム『ドロー・ザ・ライン』を発表。Billboard 200の11位のヒットとなる。1978年3月にはロック・フェスティバル「カリフォルニア・ジャム2」でヘッドライナーを務め、同年7月から公開されたビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を取り上げた同名映画にも出演。ジョージ・マーティンをプロデューサーに迎え、「カム・トゥゲザー」をカバーするなど精力的な活動が続いていた。しかしタイラーとペリーの関係悪化が進み、両名は時にステージ上で小突き合いをするまでになった[27]。ドラッグ癖はメンバーにさらに蔓延して新作アルバムの制作にまで影響を及ぼす状況になっていた。1979年7月のロック・フェスティバル『ワールド・シリーズ・オブ・ロック』出演後に些細な出来事からバンド内で大喧嘩が起こり、新作の制作の途中にペリーが脱退する事態にまで発展した。

同年11月、ペリーは「ジョー・ペリー・プロジェクト」の名義でライブ活動を始めた。エアロスミスはペリーに代わるギタリストにジミー・クレスポを迎えて加入し新作制作を続行し、6thアルバム『ナイト・イン・ザ・ラッツ』を完成させた[注 7]。

1980年3月、ジョー・ペリー・プロジェクトが1stアルバム『熱く語れ!』を発表。一方、エアロスミスはタイラーの負傷などにより活動が停滞しており、10月に初のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』を発表するにとどまった。

1981年8月、ウィットフォードがデレク・セント・ホルムズとアルバム『ウィットフォード/セント・ホムルズ』を発表してバンドから脱退する。ジョー・ペリー・プロジェクトは2ndアルバム『忘れじのロックン・ロール』を発表する。

1982年8月、ウィットフォードに代わるギタリストにリック・デュファイを迎えて7thアルバム『美獣乱舞』を発表。

1983年9月、ジョー・ペリー・プロジェクトの3rdアルバム『いつまでも熱く』発表。

1984年 - 1996年

1984年2月、エアロスミスのボストン公演にペリーとウィットフォードが訪れる。後日、話し合いの場が持たれてオリジナルメンバーでの再活動が決まった。ドラッグやアルコールからの脱却とマネジメントの刷新といった諸条件を整えてツアーを開始。レコードレーベルの移籍も決まり、ゲフィン・レコードと契約を結んだ。

1985年11月、プロデューサーにテッド・テンプルマンを迎えた8thアルバム『ダン・ウィズ・ミラーズ』を発表。

1986年、Run-D.M.C.が「ウォーク・ディス・ウェイ」をカバー。タイラーとペリーがレコーディングに参加しミュージック・ビデオにも出演した。このシングルはBillboard Hot 100の4位のヒットとなり[28]、エアロスミスが音楽シーンで再び脚光を浴びるきっかけになった。

1987年8月、プロデューサーにブルース・フェアバーンを迎えた9thアルバム『パーマネント・ヴァケイション』発表。Billboard 200の11位を記録し、「エンジェル」、「ラグ・ドール」のシングルもヒットした。翌1988年6月には11年ぶりとなる2回目の日本ツアーを行った。

1989年9月、10thアルバム『パンプ』を発表。Billboard 200の5位を記録し、アメリカで700万枚、世界で1100万枚を超える売り上げとなる大ヒット作となる。また「エレヴェイター・ラブ」、「ジェイニーズ・ガット・ア・ガン」、「アザー・サイド」、「ホワット・イット・テイクス」のシングルもヒットした。12年ぶりのヨーロッパ・ツアーや初のオーストラリア・ツアーも行われた。

1990年、第33回グラミー賞で「ジェイニーズ・ガット・ア・ガン」が「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞[29]。MTV Video Music Awardsでも「ヴューワーズ・チョイス」などを受賞[30]。同年9月には3回目の日本ツアーを開催。

1991年、MTV Video Music Awardsで「アザー・サイド」が「ベスト・メタル/ハードロック・ビデオ」を受賞[31]。初のボックス・セット『パンドラの箱』を発表する。

1993年、既にレコーディングした曲を破棄して改めて書き下ろした楽曲をレコーディングするなど試行錯誤を重ねた末に、11thアルバム『ゲット・ア・グリップ』を発表。Billboard 200でバンド初の1位を獲得し、世界中のメインチャートでもTOP3入り[注 8]し、結果、前作を超える1600万枚以上の大ヒット作となった。同アルバムからは、「リヴィング・オン・ジ・エッジ」、「クライン」、「クレイジー」、「アメイジング」等のシングルも、立て続けにヒットした。MTV Video Music Awardsでは「リヴィング・オン・ジ・エッジ」が「ヴューワーズ・チョイス」を受賞[32]。同タイトルは、翌1994年の第36回グラミー賞でも「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞[33]。また、「クライン」がMTV Video Music Awardsの最優秀賞に当たる「ビデオ・オブ・ザ・イヤー」を含む、3部門でそれぞれ受賞した[34]さらに翌1994年、「クレイジー」が第37回グラミー賞で「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞している[33]。同年に4回目の日本ツアーで横浜・大阪・広島・福岡・名古屋等の各地での公演に続けて、日本武道館で計7日間の公演などを行い、初の南米ツアーも行った。11月にはゲフィン・レコード期から選曲したベスト・アルバム『ビッグ・ワンズ』を発表する。

1997年 - 2004年

1997年3月、デビュー当時に所属していたコロムビア・レコードを契約して、プロデューサーにケヴィン・シャーリーを迎えた12thアルバム『ナイン・ライヴズ』[注 9]を発表。前作に続きBillboard 200で1位を獲得した。翌1998年に開催された5回目の日本ツアーでは、“海外アーティスト初”となる4大ドームツアーを開催した[注 10]。また「ミス・ア・シング」がタイラーの長女で女優のリブ・タイラーがヒロインを務めたハリウッドの大作映画『アルマゲドン』のテーマ曲に使用され、バンド史上初となるBillboard Hot 100の1位を獲得[35]し、4週連続1位の大ヒットとなった。同タイトルは、MTV Video Music Awardsに於いて「ベスト・ビデオ・フロム・ア・フィルム」を受賞した[36]。同年10月にはライブ・アルバム『ア・リトル・サウス・オブ・サニティ』を発表した。

ディズニー・ハリウッド・スタジオ内のロックンローラー・コースター(2011年)

1999年、第41回グラミー賞で「ピンク」が「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞[29]。7月にはアメリカフロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内の「ディズニー・ハリウッド・スタジオ」にエアロスミスをフィーチャーしたアトラクション「ロックンローラー・コースター」がオープンする。年末には再び来日し、バックチェリー、MR. BIGを前座に迎えた大阪ドームでのミレニアム・カウントダウンライブを含む、2年連続となる4大ドームツアーを開催した。

2001年1月、アメリカン・ミュージック・アワードの功労賞に相当する「アワード・オブ・アチーブメント」を受賞し[37]、授賞式で新曲「ジェイディッド」を披露。『第35回スーパーボウル』のハーフタイムショーにも出演した。3月には13thアルバム『ジャスト・プッシュ・プレイ』を発表。Billboard 200の2位を記録した。また同年、バンドは「ロックの殿堂」入りを果たした[13]。10月、テクモがゲームソフト『デッド オア アライブ3』においてエアロスミスとの楽曲仕様契約を締結したことを発表[38]。エアロスミスは「ナイン・ライヴス」、「ホーム・トゥナイト」、「アメイジング」を提供した[注 11]。

2002年1月、3度目となる4大ドームツアーに当たる8度目の日本ツアーを開催。5月に公開された映画『スパイダーマン』サウンドトラックで「スパイダーマンのテーマ」をカバーした[39]。6月に再び来日し、『2002 FIFAワールドカップ』のオフィシャルコンサートに出演。前座で出演したB'zとアンコールで共演し「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を披露した[40]。7月にはレーベルの垣根を越えたベスト・アルバム『アルティメイト・エアロスミス・ヒッツ』を発表。

2003年、全米でキッスとのジョイントツアーを開催した。

2004年3月、自分達のルーツとなるブルースの楽曲のカバーアルバム『ホンキン・オン・ボーボゥ』を発表。『ドロー・ザ・ライン』(1977年)以来27年ぶりに、ジャック・ダグラスが共同プロデューサーに起用された。7月には9回目の日本ツアーを開催[注 12]、ロック・フェスティバル『POCARI SWEAT BLUE WAVE THE ROCK ODYSSEY 2004』にもヘッドライナーとして出演した。ツアー終了後は長期休暇をとる予定であることが伝えられた[41]。

2005年 -

タリン公演(2007年7月5日)

新作アルバムの発表は途絶えたがライブ活動は不定期的に行われ、ライブ・アルバム『ロッキン・ザ・ジョイント』(2002年)発表後に北米ツアー、2007年に南米・中東・ヨーロッパを含むツアーが開催された。しかしメンバーの病気や怪我によるツアーの途中キャンセルや一時離脱が続いた。ペリーはソロ活動を続け、2005年に初のソロ・アルバム[注 13]『ジョー・ペリー』、2009年には『ハヴ・ギター、ウィル・トラヴェル』を発表し、ジョー・ペリー・プロジェクト名義で北米ツアーも行った。この頃、バンド活動を休みたいタイラーと長期間の空白を作りたくないタイラー以外のメンバーとの間に軋轢が生じていた[42]。

2010年5月から9月までツアーを開催するものの、タイラーはアメリカのオーディション番組『アメリカン・アイドル (シーズン10)』の審査員[注 14]、映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』主題歌「LOVE LIVES」のシングル発表、といったソロ活動を行ったので、一時期は“タイラー脱退説”や“エアロスミスが新たなシンガー模索中”などのニュースが流れた[43]。2011年に南米からツアーがスタートし、11月には7年ぶりとなる10回目の日本公演も行われた[44]。

ナッソー公演でのタイラーとペリー(2012年7月1日)

2012年11月、発売延期を経て『ジャスト・プッシュ・プレイ』以来、実に11年振りとなるスタジオ・アルバム『ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!』を発表。

2013年7月にリリースされたバディ・ガイのアルバム『リズム&ブルース』に、タイラー、ペリー、ウィットフォードがゲスト参加した曲「イーヴィル・ツイン」が収録される[45]。同年8月に11回目の日本公演を開催。QVCマリンフィールド公演は同時期に同会場で開催されていたサマーソニックに因んで“AEROSONIC”と題され、エアロスミスとB'zよるロック・フェスという形で開催され、先に出演したB'zを迎えて「ママ・キン」が披露された。また梅田でストリートライブを行っていたバンド・イーゼル芸術工房とセッションし、ジャパンツアーファイナルとなる翌日の大阪公演に招待したことが話題となった[46]。

2016年6月、タイラーがラジオ番組「ハワード・スターン・ショウ」に出演し、翌2017年にフェアウェル・ツアーを行ってから解散すると発言した[47]。この発言について、ペリーが「ローリング・ストーン」誌の取材に対して「フェアウェル・ツアーをやることを想像したことなど一度もない」と否定した[48]が、11月14日にはフェアウェル・ツアーを行うことが正式に発表された[49]。

2020年1月、MusiCares Galaにてミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤーを受賞[16]。授賞式で「ビッグ・10インチ・レコード」「ドリーム・オン」「スウィート・エモーション」「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏した。その際「ドリーム・オン」ではH.E.R.、「トレイン・ケプト・ア・ローリン」ではアリス・クーパーとジョニー・デップがゲスト参加した[50]。また同式ではエアロスミスの功績を称えるスペシャルライブが開催され、サミー・ヘイガー、チープ・トリック、フー・ファイターズ、ヌーノ・ベッテンコート、ゲイリー・クラーク・ジュニア、ジョン・レジェンド、メリッサ・エスリッジ、リアン・ライムス、オリアンティ、ジェシー・J、ジョナス・ブラザーズ、ケシャ、ヨラなどが、それぞれエアロスミスの楽曲を演奏した[50][51]。2日後の同月26日に開催された第62回グラミー賞授賞式に特別ゲストとして出席して「リヴィング・オン・ザ・エッジ」「ウォーク・ディス・ウェイ」を演奏。後者にはRun-D.M.C.が参加した[52]。

2021年8月23日、ユニバーサル・ミュージックと全世界的パートナーシップを結んだことを発表。これにより米コロムビア時代の作品を含む全作品がユニバーサル・ミュージックに集約されることになる[53][54]。同年11月26日のレコード・ストア・デイには、未発表のリハーサル音源を収録した7曲入りのコンピレーション『1971 : The Road Stars Hear』をアナログ盤(1万枚限定プレス)とカセットテープ(2000本限定生産)で発売した[55]。

2022年3月、クレイマーが年内に予定されているラスベガスでの長期公演『Deuces Are Wild』の全公演に参加しないことが発表された。代役はジョン・ダグラスが務める[56]。4月8日、前年11月のレコード・ストア・デイにアナログ盤/カセットテープで限定発売された未発表音源集『1971 : The Road Stars Hear』をCDとデジタル配信で全世界発売[注 15][57][58]。5月24日、タイラーが依存症のリハビリ施設へ入所することになったため、翌月から開始予定だったラスベガスでの長期公演を中止することを発表[59]。7月、タイラーが1ヶ月以上に亘って入所していたリハビリ施設から退所[60]。9月4日、約2年半ぶりとなるライブをメイン州バンゴーで開催。ジョン・ダグラスが不参加のクレイマーの代役を務めた[61]。12月2日、タイラーの体調不良を理由に同月2日と5日に予定されていたラスベガスでの長期公演を中止にすることを発表[62]。さらに同月8日には、当日の公演と11日に予定されていた公演が中止されることも追加発表された[63]。

2023年5月1日、オフィシャル・サイトにてフェアウェル・ツアー『Peace Out: The Farewell Tour』を9月から行うことが発表された。クレイマーはこのツアーにも不参加となる[64]。8月18日、デビュー50周年を記念したオールタイム・ベスト『グレイテスト・ヒッツ (Greatest Hits)』が全世界同時発売された[65][66]。9月2日、『Peace Out: The Farewell Tour』がフィラデルフィア公演から開始された[67]が、同月11日にバンドのSNSを通じて、タイラーが声帯を痛めてしまったために翌12日から27日までに予定されていた全6公演を2024年1月以降に延期し、ツアーを一ヶ月間中断することを発表[68]。同月末にはSNSを通じて、タイラーの喉の具合が想定より深刻であるとの理由で、前述の6公演以外の全日程も2024年に延期することを発表した[69]。11月、ユニバーサルミュージックより、鳴門鯛焼本舗とのコラボレーションでグレイテスト・ヒッツをカバーにあしらったりんごたい焼きを期間限定販売することが発表された[70]。

2024年8月3日、タイラーの声帯損傷が回復しないことから、ツアー活動から引退することを公表[71]。延期されていた『Peace Out: The Farewell Tour』は中止となった[72]。

2025年9月17日、ヤングブラッドとのコラボEP『One More Time』が11月21日にリリースされると発表。同日、先行シングルとして『My Only Angel』がストリーミング配信された[73]。

主な楽曲

作者の記載がない曲はタイラーとぺり=の共作。

ドリーム・オン
1973年のデビュー・アルバム『野獣生誕』からのリカット。タイラー作。アルバムのセールスは思わしくなかったものの、この曲はボストン周辺で高い人気を得ていた。3rdアルバム『闇夜のヘヴィ・ロック』(1975年)の成功に伴ってシングルが再発売され、1976年にはBillboard Hot 100の6位まで上昇した[5]。1993年にはライヴ・バージョンが映画『ラスト・アクション・ヒーロー』のサウンドトラックに提供された。Xboxで発売されているテクモの3D格闘ゲーム『デッド オア アライブ アルティメット』挿入歌としても使用されている。レインボーやブラック・サバスのヴォーカリストだったロニー・ジェイムズ・ディオは、イングヴェイ・マルムスティーンとともに、「ドリーム・オン」をエアロスミスのトリビュート・アルバムでカバーした。
『ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500』において173位にランクインしている[74]。
トレイン・ケプト・ア・ローリン
『飛べ!エアロスミス』収録。1950年代に活躍したアメリカのマルチ・ミュージシャンであるタイニー・ブラッドショーがシド・ネイサンと共作して1951年に発表した。彼らが若い頃から憧れ尊敬しているイングランドのヤードバーズがアルバム『ハヴィング・ア・レイヴ・アップ』(1965年)で取り上げ、映画『欲望』(1967年)に出演した時に「Stroll On」と題された替え歌として演奏した[注 16]。エアロスミス版はヤードバーズ版のカヴァーであり、ライヴでは定番として披露され、彼らの代表曲の1つになっている。
1990年にイングランドのドニントン・パークで開催されたモンスターズ・オブ・ロック 1990に出演した時に、元ヤードバーズ、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジを飛び入りのゲストとして迎えて、「トレイン・ケプト・ア・ローリン」と「ウォーク・ディス・ウェイ」を共演した[注 17]、タイラーはヤードバーズの『欲望』での劇的な演奏シーンに若き日の自分やペリーが大いにインスピレーションを受けたことを踏まえて、実に20年以上を経たステージ上でペイジやジェフ・ベックらヤードバーズのメンバー[注 18]に敬意と感謝の念を伝える為に、この曲を「Stroll On!」と紹介した。自分たちがどんなに名声を得ようとも初心や先人たちへの敬意を忘れない、時に愚直すぎるほどの実直さを顕した。
2009年の「ロックの殿堂」入り授賞式に出席した時の恒例のオールスター・フィナーレでは、ペリーがベックとペイジ、ロン・ウッド、フリーやメタリカとともに「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏した。
スウィート・エモーション
1975年発表の3rdアルバム『闇夜のヘヴィ・ロック』収録。タイラーとハミルトンの共作。アルバム発売翌月にリカットされBillboard Hot 100の36位を記録した[5]。
『ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500』の416位にランクインしている[75]。
ウォーク・ディス・ウェイ
1975年発表の3rdアルバム『闇夜のヘヴィ・ロック』収録。1977年にリカットされBillboard Hot 100の10位を記録した[5]。
ラップ・ロックの先駆的な楽曲であり、1986年にRun-D.M.C.によるカバー曲がBillboard Hot 100の4位を記録[28]。このカバーにはタイラーとペリーも参加している[76]。
日本では日本テレビ系列のバラエティ番組『踊る!さんま御殿!!』のメインテーマに使用された。
『ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500』において336位にランクインしている[77]。
バック・イン・ザ・サドル
4thアルバム『ロックス』1曲目に収録。シングルはBillboard Hot 100で38位を記録[5]。ライブのオープニングを飾ることが多く、ライブ・アルバム『ライヴ・ブートレッグ』、『ライブ・クラシックスII』でも1曲目に収録されている。
1984年にペリーとウィットフォードが復帰して開催された再始動ツアーの名称に用いられた。
ドロー・ザ・ライン
1977年発表の5thアルバム『ドロー・ザ・ライン』タイトル曲。シングルはBillboard Hot 100の42位を記録[5]。ペリーのスライド・ギターが印象的。後半にはタイラーが絶叫し続けながら歌唱するパートがある。
デュード
1987年発表の9thアルバム『パーマネント・ヴァケイション』からの第1弾シングルとして発表され、Billboard Hot 100の14位を記録[5]。タイラーとペリーがキッスやボン・ジョヴィなど多くのアーティストを楽曲を手掛けてきたデズモンド・チャイルドと共作した。
エンジェル
1987年発表の9thアルバム『パーマネント・ヴァケイション』収録。タイラーとチャイルドの共作曲で、1988年にBillboard Hot 100の3位を記録[5]。
日本では2005年にフジテレビ系列の月9ドラマ『エンジン』オープニングテーマに使用された。
エレヴェーター・ラヴ
1989年発表の10thアルバム『パンプ』収録。リカットされてBillboard Hot 100の5位を記録[5]。
ジェイニーズ・ガット・ア・ガン
1989年発表の10thアルバム『パンプ』収録。タイラーとハミルトンの共作で、バンド史上初のグラミー賞受賞曲となった[29]。児童虐待や銃社会が歌詞のテーマになっている。Billboard Hot 100で4位を記録[5]。
フォーリング・イン・ラヴ
1997年発表の12thアルバム『ナイン・ライヴズ』の先行シングル。タイラー、ペリー、グレン・バラードの共作。Billboard Hot 100の35位を記録[5]。ミュージック・ビデオがMTV Video Music Awardsの「ベスト・ロック・ビデオ」を受賞した[78]。
ミス・ア・シング
映画『アルマゲドン』主題歌。ダイアン・ウォーレン作。バンド史上初となるBillboard Hot 100の1位を初登場から4週連続で獲得[5]。第71回アカデミー賞「歌曲賞」部門にノミネートされ、MTV Video Music Awardsの「ベスト・ビデオ・フロム・ア・フィルム」を受賞した[79]。その他にも、アメリカの番組「アメリカ人が選ぶ名曲ベスト100」にて6時間に及ぶ生放送でマイケル・ジャクソンを抜き、第1位に選ばれた。後日、日本でも6時間に亘ってBS-hiで放送された。
ミュージック・ビデオでは映画の映像が所々で使用され、映画で主役を務めたタイラーの娘リヴ・タイラーも出演。最後で映画のクライマックスシーンである父と娘の最期の会話シーンが再現され、タイラー親子が共演した。
ジェイディッド
2001年発表の13thアルバム『ジャスト・プッシュ・プレイ』収録。Billboard Hot 100で7位を記録[5]。タイラーとマーティ・フレデリクセンの共作。ミュージック・ビデオにはミラ・クニスが出演している。ビルボード・ミュージック・アワードの「ベスト・ハード・ロック・クリップ・オブ・ザ・イヤー」を受賞した[17]。
2004年には日本コカ・コーラのCMソングに使用された[80]。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

発売年 タイトル
(原題)
レコード会社 チャート最高位 ゴールドディスク
US[81] CAN[82] UK[83] GER[84] NLD[85] AUS[86] JPN[87]
1973年 野獣生誕
(Aerosmith)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
21 — — — — — — * RIAA:2×プラチナム[88]
1974年 飛べ!エアロスミス
(Get Your Wings)
74 — — — — — — * RIAA:3×プラチナム[88]
1975年 闇夜のヘヴィ・ロック
(Toys in the Attic)
11 — — — — — — * RIAA:8×プラチナム[88]
1976年 ロックス
(Rocks)
3 — — — — — — * RIAA:4×プラチナム[88]
1977年 ドロー・ザ・ライン
(Draw the Line)
11 — — — — — — * RIAA:2×プラチナム[88]
1979年 ナイト・イン・ザ・ラッツ
(Night in the Ruts)
14 — — — — — — * RIAA:プラチナム[88]
1982年 美獣乱舞
(Rock in a Hard Place)
32 — — — — — — * RIAA:ゴールド[88]
1985年 ダン・ウィズ・ミラーズ
(Done with Mirrors)
ユニバーサルミュージック
(ゲフィン・レコード)
36 — — — — — — * RIAA:ゴールド[88]
1987年 パーマネント・ヴァケイション
(Permanent Vacation)
11 — 37 — — 42 — * RIAA:5×プラチナム[88]
* BPI:ゴールド[89]
1989年 パンプ
(Pump)
5 — 3 — 33 1 10 * RIAA:7×プラチナム[88]
* BPI:シルバー[89]
* BVMI:ゴールド[90]
1993年 ゲット・ア・グリップ
(Get a Grip)
1 — 2 3 2 3 7 * RIAA:7×プラチナム[88]
* BPI:プラチナム[89]
* BVMI:プラチナム[90]
1997年 ナイン・ライヴズ
(Nine Lives)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
1 2 4 3 17 13 3 * RIAA:2×プラチナム[88]
* BPI:ゴールド[89]
* BVMI:ゴールド[90]
* RIAJ:2×プラチナ[91]
2001年 ジャスト・プッシュ・プレイ
(Just Push Play)
2 2 7 6 32 27 4 * RIAA:プラチナム[88]
* BPI:シルバー[89]
* RIAJ:2×プラチナ[92]
2004年 ホンキン・オン・ボーボゥ
(Honkin' on Bobo)
5 5 28 32 64 — 6 * RIAA:ゴールド[88]
* RIAJ:ゴールド[93]
2012年 ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!
(Music from Another Dimension!)
5 6 14 7 33 30 6
"—"は、チャートイン不明な場合を表す

ライブ・アルバム

発売年 タイトル
(原題)
レコード会社 チャート最高位 ゴールドディスク
US[5][81] CAN[82] UK[83] GER[84] NLD[85] AUS[86] JPN[87]
1978年 ライヴ・ブートレッグ
(Live! Bootleg)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
13 — — — — — — * RIAA:プラチナム[88]
1986年 ライヴ・クラシックス
(Classics Live I)
― — — — — — — * RIAA:プラチナム[88]
1987年 ライヴ・クラシックスII
(Classics Live II)
― — — — — — — * RIAA:ゴールド[88]
1998年 ア・リトル・サウス・オブ・サニティ
(A Little South of Sanity)
ユニバーサルミュージック
(ゲフィン・レコード)
12 6 36 21 34 — 3 * RIAA:プラチナム[88]
* RIAJ:プラチナ[94]
2005年 ロッキン・ザ・ジョイント
(Rockin' the Joint)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
24 — — — — — 16
"—"は、チャートイン不明な場合を表す

コンピレーション・アルバム

発売年 タイトル
(原題)
レコード会社 チャート最高位 ゴールドディスク
US[81] CAN[82] UK[83] GER[84] NLD[85] AUS[86] JPN[87]
1980年 グレイテスト・ヒッツ
(Aerosmith's Greatest Hits)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
43 — — — — — — * RIAA:11×プラチナム[88]
1988年 ジェムズ
(Gems)
133 — — — — — — * RIAA:ゴールド[88]
1991年 パンドラの箱
(Pandora's Box)
45 — — — — — 21 * RIAA:プラチナム[88]
1994年 パンドラズ・トイズ
(Pandora's Toys)
― — — 52 41 — 88
ビッグ・ワンズ
(Big Ones)
ユニバーサルミュージック
(ゲフィン・レコード)
6 — 7 5 8 12 5 * RIAA:4×プラチナム[88]
* BPI:プラチナム[89]
* BVMI:ゴールド[90]
* RIAJ:プラチナ[95]
1997年 グレイテスト・ヒッツ1973-1988
(Aerosmith's Greatest Hits 1973-1988)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
— — — — — — 52
2001年 ヤング・ラスト
(Young Lust: The Aerosmith Anthology)
ユニバーサルミュージック
(ゲフィン・レコード)
191 — 32 78 — 48 37 * RIAA:ゴールド[88]
* BPI:プラチナム[89]
2002年 アルティメイト・エアロスミス・ヒッツ
(O,Yeah!The Ultimate Aerosmith Hits)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
4 — 6 — 23 — 3 * RIAA:2×プラチナム[88]
* RIAJ:プラチナ[96]
2006年 エアロスミス濃縮極極ベスト
(Devils' Got a New Disguise - The Very Best of Aerosmith)
33 — 19 80 — 31 8 * BPI:プラチナム[89]
* RIAJ:ゴールド[97]
2011年 タフ・ラヴ:ベスト・オブ・バラード
(Tough Love: Best of the Ballads)
ユニバーサルミュージック
(ゲフィン・レコード)
109 — 42 — — — 99
マキシマム・ベスト
(The Essential Aerosmith)
ソニー・ミュージック
(コロムビア・レコード)
104 — — — — 44 52
2023年 グレイテスト・ヒッツ
(Greatest Hits)
ユニバーサル・ミュージック — — — — — — 48
"—"は、チャートイン不明な場合を表す

映像作品

発売年 タイトル レコード会社 ゴールドディスク
1978年 テキサス・ジャム '78
(Live Texxas Jam '78)
コロムビア・レコード * RIAA:ゴールド[88]
1987年 Aerosmith Video Scrapbook * RIAA:ゴールド[88]
1988年 Permanent Vacation 3x5 ゲフィン・レコード * RIAA:ゴールド[88]
1989年 Things That Go Pump in the Night * RIAA:プラチナム[88]
1994年 メイキング・オブ・パンプ
(The Making of Pump)
* RIAA:ゴールド[88]
Big Ones You Can Look At * RIAA:ゴールド[88]
* BPI:ゴールド[89]
2004年 ユー・ガッタ・ムーヴ
(You Gotta Move)
コロムビア・レコード * RIAA:4×プラチナム[88]
2013年 ロック・フォー・ザ・ライジング・サン
(Rock for the Rising Sun)

来日公演

単独公演

フェス

脚注

注釈

  1. ↑ 1980年にジョー・ペリー、1981年にブラッド・ウィットフォードが脱退。1984年に両名が同時に再加入。
  2. ↑ 病気や怪我などの理由で在籍したまま離脱し、代役が一時的に起用された事はある。
  3. ↑ エアロスミスとキッスはアメリカ、クイーンはイングランドのバンド。エアロスミスとクイーンは1973年、キッスは1974年にレコード・デビューした。
  4. ↑ 1946年生まれ。
  5. ↑ クレイマーが学生時代ノートの隅に書いてあったバンド名の1つであり、「空気」を意味する「エアロ」(aero)と「職人」を意味する「スミス」(smith)を合わせた造語である。
  6. ↑ 前座にはBOWWOWが起用された。
  7. ↑ プロデューサーはゲイリー・ライオンズ。
  8. ↑ スイス1位、イギリス2位、オランダ2位、オーストリア3位、ドイツ3位、オーストラリア3位など。
  9. ↑ アルバムタイトルの「Nine Lives」は、“a cat has nine lives(猫には九つの命がある)”の故事が由来となっている。当初のディスクジャケットはヒンドゥー教徒からの反感を買いかねないということで、デザインが変更されている。変更前のディスクジャケットは『Nine Lives』 (英語) で確認できる。
  10. ↑ 名古屋・大阪・福岡・東京〈2回〉のドーム球場に加え、追加公演として横浜アリーナ公演(2回)も行った。
  11. ↑ 「アメイジング」はDOA4で使われた。
  12. ↑ 広島公演はタイラーの怪我により中止された。
  13. ↑ それまでのソロ活動で発表したアルバムはいずれもジョー・ペリー・プロジェクト名義だった。
  14. ↑ 引き続き『アメリカン・アイドル (シーズン11)』の審査員。
  15. ↑ 日本盤は4月20日にSHM-CDとデジタル配信で発売された。
  16. ↑ 映画での使用に際して同曲の権利を保有する音楽出版社から多額の使用料を請求されたので、改題のうえに歌詞を変えて演奏した。同名サウンドトラック・アルバム(1967年)に収録。
  17. ↑ 以降も何かと共演や関係の続く両者の公の場における初共演となった。同年8月20日には、ロンドンのライブハウス「マーキー・クラブ」でシークレット・ライブを行った際に、再びペイジを迎えて、ヤードバーズ、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックスらの曲を共演した。
  18. ↑ スタジオ版の制作メンバーはベック、キース・レルフ、ジム・マッカーティ、ポール・サミュエル=スミス、クリス・ドレヤ。映画『欲望』に出演した時のメンバーは脱退したサミュエル=スミスを除く4名と新メンバーのペイジ。
  19. ↑ 出演:LOVE PSYCHEDELICO、ジョシュ・トッド、ミシェル・ブランチ、ポール・ウェラー、稲葉浩志、ザ・フー、エアロスミス
  20. ↑ LOVE PSYCHEDELICO、ジョシュ・トッド、ミシェル・ブランチ、ウルフルズ、ポール・ウェラー、ザ・フー、エアロスミス

出典

  1. ↑ Ray, Michael, ed (2012). Disco, Punk, New Wave, Heavy Metal, and More: Music in the 1970s and 1980s. Chicago, Illinois: Britannica Educational Pub.. p. 47. ISBN 978-1-615-30912-2
  2. ↑ 伊藤政則「冷ややかな反応」『ドキュメントオブエアロスミス from 目撃証言』学研プラス、2016年、7頁。 ISBN 978-4-059-15750-2。
  3. ↑ “Aerosmith Biography”. Rolling Stone. 2015年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月11日閲覧。
  4. 1 2 3 Cogan, William; Phillips, William (2009). Encyclopedia of Heavy Metal Music. Santa Barbara, California: ABC-CLIO. p. 14. ISBN 978-0-313-34801-3
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 Erlewine, Stephen Thomas. “Aerosmith Biography, Songs, & Albums”. AllMusic. RhythmOne. 2020年11月11日閲覧。
  6. ↑ Shore, ROBERT DiGIACOMO, At The. “Aerosmith guitarist Perry tells all; band hits A.C. Sunday” (英語). Press of Atlantic City. 2019年4月15日閲覧。
  7. ↑ WRAL (2018年8月15日). “Aerosmith is headed to Las Vegas :” (英語). WRAL.com. 2019年4月15日閲覧。
  8. ↑ Inc, Nielsen Business Media (1998-08-15) (英語). Billboard. Nielsen Business Media, Inc.
  9. ↑ “Aerosmith's Opening Night: Crazy Amazing For Hell's Angels And 'Jaded' Kids - News Story | Music, Celebrity, Artist News | MTV News”. web.archive.org (2010年3月28日). 2020年11月22日閲覧。
  10. ↑ “Open up New Hampshire - Entertainment and travel in the Granite State”. web.archive.org (2011年10月9日). 2020年11月22日閲覧。
  11. ↑ St, 24/7 Wall. “The 100 most popular rock bands of all time”. Business Insider. 2019年2月3日閲覧。
  12. ↑ “100 Greatest Artists of All Time:Aerosmith” (英語). ローリング・ストーン. 2014年7月14日閲覧。
  13. 1 2 “Aerosmith Biography” (英語). The Rock and Roll Hall of Fame and Museum. 2014年7月14日閲覧。
  14. ↑ “MTV Onair - Icon” (英語). MTV (2002年). 2014年7月14日閲覧。
  15. ↑ “エアロスミスがMTV Icon Awardを受賞、キッド・ロック、ピンク&トレインらがパフォーマンスを行なう”. BARKS (2002年3月21日). 2014年7月14日閲覧。
  16. 1 2 “エアロスミス「MusiCares Person of the Year Award」受賞!グラミー賞でのパフォーマンスも決定! | エアロスミス | ソニーミュージックオフィシャルサイト”. エアロスミス | Sony Music. 2020年11月22日閲覧。
  17. 1 2 List of awards and nominations received by Aerosmith (英語) 参照。
  18. ↑ “スティーヴン・タイラー&ジョー・ペリー、ミュージック界のパイオニア賞を受賞”. BARKS (2013年2月21日). 2014年7月15日閲覧。
  19. ↑ “ASCAP to Honor Aerosmith's Steven Tyler & Joe Perry with Founders Award at 30th Annual Pop Music Awards” (英語). 米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP) (2013年2月19日). 2014年7月15日閲覧。
  20. ↑ “スティーヴン・タイラー&ジョー・ペリー、ソングライター殿堂入り”. BARKS (2013年2月23日). 2014年7月15日閲覧。
  21. ↑ “Songwriters Hall of Fame - Steven Tyler Exhibit Home” (英語). Songwriters Hall of Fame. 2014年7月15日閲覧。
  22. ↑ “Songwriters Hall of Fame - Joe Perry Exhibit Home” (英語). Songwriters Hall of Fame. 2014年7月15日閲覧。
  23. 1 2 “クイーンのライバル・バンド むき出しの不良性が魅力だった エアロスミス”. JVCブランド製品情報. 2023年4月3日閲覧。
  24. 1 2 “エアロスミスの4thアルバム『ロックス』は取り扱い要注意の刺激物!? | OKMusic”. okmusic.jp. 2023年4月3日閲覧。
  25. ↑ LTD, BubbleUp. “Happy Aerosmith Day!” (英語). www.aerosmith.com. 2020年11月22日閲覧。
  26. ↑ シンコー・ミュージック・ムック クロスビート・スペシャル・エディション エアロスミス. シンコーミュージック・エンタテイメント. (2012). p. 29
  27. ↑ シンコー・ミュージック・ムック クロスビート・スペシャル・エディション エアロスミス. シンコーミュージック・エンタテイメント. (2012). p. 33
  28. 1 2 “Run-D.M.C. - Chart history” (英語). Billboard Hot 100. ビルボード. 2014年7月15日閲覧。
  29. 1 2 3 “Past Winners Search” (英語). GRAMMY.com. ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス(NARAS). 2014年7月14日閲覧。
  30. ↑ “MTV Video Music Awards 1990” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  31. ↑ “MTV Video Music Awards 1991” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  32. ↑ “MTV Video Music Awards 1993” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  33. 1 2 “Past Winners Search” (英語). GRAMMY.com. ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス(NARAS). 2014年7月14日閲覧。
  34. ↑ “MTV Video Music Awards 1994” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  35. ↑ “Aerosmith | Awards | AllMusic” (英語). オールミュージック. オール・メディア・ガイド. 2014年7月15日閲覧。
  36. ↑ “MTV Video Music Awards 1998” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  37. ↑ “エアロスミスがAmerican Music Awardsで栄誉ある賞を受賞”. BARKS (2000年12月14日). 2014年7月15日閲覧。
  38. ↑ 『3D対戦型格闘ゲーム最新作 3D対戦型格闘ゲーム最新作「DEAD OR ALIVE 3」国内 Xbox™向け 2002年春発売 ~ロックバンド「エアロスミス」と楽曲使用契約を締結~』(PDF)(プレスリリース)テクモ、2001年10月11日。2014年11月16日閲覧。
  39. ↑ “『スパイダーマン』の主題歌エアロスミスに決定”. ファミ通.com (2002年4月15日). 2014年7月14日閲覧。
  40. ↑ BARKS「<エアロソニック>、「ママ・キン」でエアロスミスとB'z共演 | BARKS」2013年8月9日
  41. ↑ “エアロスミス、ツアー後はカリブ海でオフ?”. BARKS (2014年7月12日). 2014年7月14日閲覧。
  42. ↑ シンコー・ミュージック・ムック クロスビート・スペシャル・エディション エアロスミス. シンコーミュージック・エンタテイメント. (2012). p. 54
  43. ↑ “スティーヴン・タイラー、エアロスミス解雇寸前!? レッド・ツェッペリン加入説も浮上”. ORICON STYLE. oricon ME (2011年5月25日). 2014年7月15日閲覧。
  44. ↑ “エアロスミス @東京ドーム”. RO69. ロッキング・オン (2011年11月29日). 2014年7月15日閲覧。
  45. ↑ Marshall, Matt (2013年7月13日). “Buddy Guy’s "Rhythm & Blues": Earth-Shaking Blues with the Best of Friends”. American Blues Scene Magazine. Project Music Scene. 2015年12月26日閲覧。
  46. ↑ “S・タイラーが梅田で“奇跡”、路上LIVEでセッション&公演招待。”. narinari.com (2013年8月18日). 2015年1月19日閲覧。
  47. ↑ “エアロスミス、2017年に最後のツアーを行ったあと解散か”. NME JAPAN. 2016年6月25日. 2016年6月25日閲覧.
  48. ↑ “エアロスミスのギタリストのジョー・ペリー、解散説を否定”. NME JAPAN. 2016年7月4日. 2016年7月6日閲覧.
  49. ↑ “エアロスミス、“最後”のヨーロッパ・ツアーを発表”. BARKS. 2016年11月15日. 2016年11月15日閲覧.
  50. 1 2 “「ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー」受賞記念トリビュート・コンサートに豪華アーティストが集結! | エアロスミス | ソニーミュージックオフィシャルサイト”. エアロスミス | Sony Music. 2020年11月22日閲覧。
  51. ↑ “Aerosmith To Perform At MusiCares Tribute Concert” (英語). GRAMMY.com (2020年1月21日). 2020年11月22日閲覧。
  52. ↑ “エアロスミス、グラミー賞でパフォーマンス!RUN DMCと共演! | エアロスミス | ソニーミュージックオフィシャルサイト”. エアロスミス | Sony Music. 2020年11月22日閲覧。
  53. ↑ “エアロスミスの全ての作品カタログがユニバーサル ミュージックに。 新たな全世界的な提携が発表”. udiscovermusic.jp. 2021年11月16日閲覧。
  54. ↑ “エアロスミス、過去の全音源に関する契約をユニバーサル・ミュージックと結んだことが明らかに”. NME JAPAN. 2021年11月16日閲覧。
  55. ↑ “エアロスミス、「Movin’ Out」1971年の未発表リハーサル音源公開”. MUSIC LIFE CLUB(株式会社シンコーミュージック・エンタテイメント. 2021年11月25日閲覧。
  56. ↑ “エアロスミス、年内開催のラスベガス長期公演にドラマーのジョーイ・クレイマーが不参加”. BARKS. 2023年5月3日閲覧。
  57. ↑ “AEROSMITHが昨年リリースして即完売となった初期リハーサル音源集「1971:THE ROAD STARTS HEAR」が日本でも4月20日にCD発売!”. BURRN! ONLINE. 2022年7月4日閲覧。
  58. ↑ “初期リハ音源集「1971:THE ROAD STARTS HEAR」の日本盤が本日発売されたAEROSMITH、新たにラスヴェガスでのレジデンシー・ショウが決定!”. BURRN! ONLINE. 2022年7月4日閲覧。
  59. ↑ “エアロスミス、スティーヴン・タイラーがリハビリ施設に入るため夏のラスベガス公演をキャンセル”. amass.jp. 2023年5月3日閲覧。
  60. ↑ “エアロスミスのスティーヴン・タイラー リハビリ施設から退所 「驚くほど良くなっている」”. amass.jp. 2023年5月3日閲覧。
  61. ↑ “エアロスミス、2年半ぶりにステージに復帰”. BARKS. 2023年5月3日閲覧。
  62. ↑ “エアロスミス、スティーヴン・タイラーの体調不良により2公演連続で中止”. BARKS. 2023年5月3日閲覧。
  63. ↑ “エアロスミス、スティーヴン・タイラーの体調不良により残りのラスベガス公演も中止”. BARKS. 2023年5月3日閲覧。
  64. ↑ “エアロスミス、フェアウェル・ツアーの開催を発表”. BARKS. 2023年5月3日閲覧。
  65. ↑ “エアロスミス、ベスト盤発売を記念してグッズが抽選で当たるキャンペーンが開始”. NME Japan. 2023年8月28日閲覧。
  66. ↑ “エアロスミス、デビュー50周年に合わせて“究極のオール・タイム・ベスト”発売”. BARKS. 2023年8月28日閲覧。
  67. ↑ “エアロスミス、フェアウェル・ツアーを開幕”. BARKS (2023年9月4日). 2023年9月12日閲覧。
  68. ↑ “エアロスミス、スティーヴン・タイラーが声帯を痛め、開幕したばかりのツアーを中断”. BARKS (2023年9月12日). 2023年9月12日閲覧。
  69. ↑ “エアロスミス、フェアウェル・ツアーの全日程を延期”. BARKS (2023年9月30日). 2023年9月30日閲覧。
  70. ↑ “「エアロスミス×鳴⾨鯛焼本舗コラボ開催!オリジナル1匹袋⼊りの”りんご餡”たい焼きの販売が決定!”. ユニバーサル ミュージック グループ (2023年11月9日). 2023年11月15日閲覧。
  71. ↑ “エアロスミスがツアー引退を発表 スティーブン・タイラー声の不調「完全に回復は不可能」”. 日刊スポーツ (2024年8月3日). 2024年8月3日閲覧。
  72. ↑ “エアロスミス、ツアー活動から引退。フェアウェル・ツアーは中止に”. BARKS (2024年8月4日). 2024年8月4日閲覧。
  73. ↑ “エアロスミスとヤングブラッドがタッグを組んだコラボEP、『ONE MORE TIME』が11月21日にリリース決定。エアロスミスにとっては13年ぶりとなる新曲「My Only Angel」が本日リリース。”. ユニバーサル ミュージック グループ (2025年9月17日). 2025年9月27日閲覧。
  74. ↑ “500 Greatest Song of All Time:Aerosmith 'Dream On'” (英語). ローリング・ストーン. 2014年7月14日閲覧。
  75. ↑ “500 Greatest Song of All Time:Aerosmith 'Sweet Emotion'” (英語). ローリング・ストーン. 2014年7月14日閲覧。
  76. ↑ “エアロスミス、"Walk This Way"はコカインの配達を待っている間に書いたと明かす”. RO69. ロッキング・オン (2013年8月9日). 2014年7月14日閲覧。
  77. ↑ “500 Greatest Song of All Time:Aerosmith 'Walk This Way'” (英語). ローリング・ストーン. 2014年7月14日閲覧。
  78. ↑ “MTV Video Music Awards 1997” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  79. ↑ “MTV Video Music Awards 1998” (英語). MTV Video Music Awards. 2014年7月15日閲覧。
  80. ↑ “今年のコカ・コーラはエアロスミスの「JADED」とともに”. BARKS (2004年3月2日). 2014年7月22日閲覧。
  81. 1 2 3 “Aerosmith - Chart history” (英語). Billboard 200. ビルボード. 2014年7月12日閲覧。
  82. 1 2 3 “Aerosmith - Chart history” (英語). Canadian Albums. ビルボード. 2014年7月12日閲覧。
  83. 1 2 3 “AEROSMITH” (英語). The Official Charts Company(OCC). 2014年7月12日閲覧。
  84. 1 2 3 “Aerosmith albums discography” (英語). music line.de. 2014年7月12日閲覧。
  85. 1 2 3 “Discografie Aerosmith” (オランダ語). dutchcharts.nl. メハカフツ. 2014年7月12日閲覧。
  86. 1 2 3 “SEARCH Aerosmith” (英語). australian-charts.com. 2014年7月12日閲覧。
  87. 1 2 3 “エアロスミスのリリース一覧”. ORICON STYLE. oricon ME. 2014年7月12日閲覧。
  88. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 “Gold & Platinum Searchable Database” (英語). アメリカレコード協会(RIAA). 2014年7月12日閲覧。
  89. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “Certified Awards” (英語). 英国レコード産業協会(BPI). 2014年7月12日閲覧。
  90. 1 2 3 4 “Gold-/Platin-Datenbank” (ドイツ語). 音楽産業連邦協会 (ドイツ)(BVMI). 2014年7月12日閲覧。
  91. ↑ “THE RECORD 1997年6月号” (PDF). 日本レコード協会(RIAJ). p. 9. 2014年7月12日閲覧。
  92. ↑ “THE RECORD 2001年5月号” (PDF). 日本レコード協会(RIAJ). p. 12. 2014年7月12日閲覧。
  93. ↑ “2004年3月度認定作品”. 日本レコード協会(RIAJ). 2014年7月12日閲覧。
  94. ↑ “THE RECORD 1998年12月号” (PDF). 日本レコード協会(RIAJ). p. 9. 2014年7月13日閲覧。
  95. ↑ “THE RECORD 1995年3月号” (PDF). 日本レコード協会(RIAJ). p. 6. 2014年7月13日閲覧。
  96. ↑ “THE RECORD 2002年9月号” (PDF). 日本レコード協会(RIAJ). p. 13. 2014年7月13日閲覧。
  97. ↑ “2009年6月度認定作品”. 日本レコード協会(RIAJ). 2014年7月12日閲覧。

関連項目

外部リンク





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「エアロスミス」の関連用語

エアロスミスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



エアロスミスのページの著作権

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのエアロスミス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS