鳴戸部屋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/01 05:00 UTC 版)
鳴戸部屋(なるとべや)は二所ノ関一門に所属している日本相撲協会の相撲部屋。同門の田子ノ浦部屋の前身も同名(2013年まで)だったが、系統的なつながりは一切ない。
- ^ “元琴欧洲の独立承認=相撲協会”. 時事通信. (2017年3月10日) 2017年3月10日閲覧。
- ^ “鳴戸部屋が部屋開き=大相撲”. 時事ドットコム. (2019年6月8日) 2019年7月23日閲覧。
- ^ ネット情報発信量が多いから「鳴戸部屋」 日刊スポーツ 2018年5月22日10時0分(日刊スポーツ新聞社、2019年2月18日閲覧)
- ^ “鳴戸部屋で失神暴行…三段目力士が弟弟子に絞め技、合計10度恐怖で相談し発覚(スポーツ報知)”. Yahoo!ニュース(2019年2月1日). 2019年2月10日閲覧。
- ^ “鳴戸部屋力士が弟弟子にいじめ”. 東スポWeb - 東京スポーツ新聞社(2019年2月8日). 2019年2月8日閲覧。
- ^ “鳴戸部屋力士が未成年弟弟子に暴力いじめ、自宅謹慎 - 大相撲 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com(2019年2月8日). 2019年2月8日閲覧。
- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2019年1月31日). “鳴戸部屋で暴力、臨時理事会で処分協議”. 産経ニュース. 2019年2月8日閲覧。
- ^ “暴力行為の鳴戸部屋三段目力士が引退 親方減給処分|BIGLOBEニュース”. BIGLOBEニュース(2019年2月8日). 2019年2月8日閲覧。
- ^ “元琴欧洲の鳴戸親方に減俸処分 いじめを繰り返した三段目力士の引退届を提出”. SANSPO.COM(サンスポ) (2019年2月8日). 2019年2月8日閲覧。
- ^ “鳴戸部屋三段目力士が暴力引退 悪質な弟弟子いじめ - 大相撲 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com(2019年2月9日). 2019年2月9日閲覧。
- ^ 鳴戸部屋 (2019年2月19日). “[https://twitter.com/NARUTOBEYAteam/status/1097856305769852928 いつも応援して頂いているみなさまへ このたびは部屋で起きた問題について、多大なるご心配をおかけし大変申し訳ございませんでした。 しっかりと反省し、また相撲協会からの処分を真摯に受け止め、今後このようなことを起こさないよう指導、監督していきます。]”. @NARUTOBEYAteam. 2019年2月22日閲覧。
- ^ “鳴戸勝紀(元大関琴欧洲)『いつも応援して頂いているみなさまへ』”. 鳴戸勝紀(元大関琴欧洲)オフィシャルブログ Powered by Ameba(2019年2月19日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ 「令和3年度版 最新部屋別 全相撲人写真名鑑」『相撲』2021年5月号別冊付録、ベースボール・マガジン社、38頁。
鳴戸部屋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/04 15:16 UTC 版)
1986年(昭和61年)1月場所限りで現役を引退して二子山部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていた年寄・13代鳴戸(元横綱・隆の里)が、1989年(平成元年)2月1日付で力櫻ら6人の内弟子を連れて二子山部屋から分家独立して鳴戸部屋を創設した。以降、若の里や隆乃若、稀勢の里(のちの72代横綱)、髙安(のちの大関)など7人の関取を輩出した。 2011年10月下旬に、13代の弟子暴行疑惑、稀勢の里の暴行幇助疑惑、体重増加を目的としての隆の山に対するインスリン注射疑惑が『週刊新潮』2011年11月3日号および同年11月10日号で報道され、日本相撲協会も関係者への聞き取り調査を行っていた。ところが同年11月場所が開催される6日前の同年11月7日に13代が急逝したため、部屋の今後についてと暴行疑惑の調査に関する臨時理事会が翌11月8日に開催され、部屋付き親方である9代西岩(元幕内・隆の鶴)が部屋を継承することを認めた。なお、隆の山は13代が自身の糖尿病治療のために処方されたインスリンの注射を認めたが、インスリンは日本相撲協会の規定では禁止されていないため、協会は注意にとどめて処分は行わず、弟子への暴行疑惑調査も13代が逝去したことにより打ち切りとなった。 前述の決定を受けて、9代西岩は名跡所有者である若の里に西岩の名跡を返却すると共に急遽鳴戸の名跡を取得し、2011年11月8日に14代鳴戸を襲名して部屋を継承した。同年11月場所後には稀勢の里が大関への昇進を果たしている。 2012年9月10日に、2010年7月ごろから13代や所属力士たちからの暴行を受けたとして鳴戸部屋に所属していた22歳の元力士が、また、部屋に所属する行司からセクシャルハラスメントを受けたとして同部屋に所属していた18歳の元力士が、行司と13代の法定相続人らに対して2200万円の損害賠償を求める提訴を千葉地方裁判所松戸支部に行った。裁判は2013年12月に部屋の名称が田子ノ浦部屋へと改称されて以降も続いていたが、2014年5月16日に千葉地裁松戸支部は原告の請求を棄却し、原告側は控訴したものの、同年9月24日に東京高等裁判所は再び原告の請求を棄却している。
※この「鳴戸部屋」の解説は、「田子ノ浦部屋」の解説の一部です。
「鳴戸部屋」を含む「田子ノ浦部屋」の記事については、「田子ノ浦部屋」の概要を参照ください。
- 鳴戸部屋のページへのリンク