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馬淵鋭太郎

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/30 16:28 UTC 版)

馬淵鋭太郎

馬淵 鋭太郎(まぶち えいたろう、1867年2月22日慶応3年1月18日[1])- 1943年昭和18年)9月13日)は、日本の内務官僚政治家。官選府県知事京都市長錦鶏間祗候馬渕と表記される場合がある。

経歴

美濃国加納藩士・馬淵致正の長男として生まれる。1893年帝国大学法科大学を卒業。同年8月、高等試験に合格し、内務省試補となり内務属として社寺局に配属された。以後、兵庫県奈良県京都府の各参事官栃木県山口県長崎県の各書記官などを歴任。

1906年7月、山形県知事に就任。以後、山口県・三重県広島県・京都府の各知事を歴任。退官後、1921年7月、京都市長となる。その後、恩賜財団済生会理事長日本赤十字社常議員を務めた。

親族

娘婿に伊東延吉、その甥に高橋元[2]

栄典

位階
勲章等

著書

  • 『国民精神ノ振興ト国史教育』馬淵鋭太郎、1918年。
訳書
  • ダッドレー・ヒースコート稿『新欧洲「ムッソリニ」の新国家観』馬淵鋭太郎、1926年。

脚注

  1. ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、49頁。
  2. ^ 馬淵鋭太郎『人事興信録』第8版、昭和3(1928)年
  3. ^ 『官報』第1292号「叙任及辞令」1916年11月21日。
  4. ^ 『官報』第2717号「叙任及辞令」1921年8月20日。
  5. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  6. ^ 『官報』第2640号「叙任及辞令」1921年5月21日。
  7. ^ 『官報』第2937号・付録「辞令」1922年5月19日。
  8. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。

参考文献





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