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黒崎真也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/29 01:46 UTC 版)

黒崎真也

黒崎 真也(くろさき しんや、1878年明治11年)5月5日 -1959年昭和34年)3月26日[1])は、日本の内務官僚民政党府県知事

経歴

山形県出身。旧米沢藩士・五十嵐力助の二男として生まれ、叔父・黒崎忠助の養子となる。姉の久子は海軍中将上泉徳弥の妻[2][3]

第二高等学校を経て、1905年東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。1906年11月、文官高等試験行政科試験に合格。内務省に入り香川県属となる。

以後、香川県事務官補、奈良県事務官大分県事務官警察部長などを歴任。1913年関東都督府に転じ、事務官、民政部庶務課長などを務める。1920年3月に退官し大連取引所長となる。加藤高明内閣成立後の1924年7月、樺太庁内務部長として復帰した。

1926年8月、滋賀県知事に就任し、田中義一内閣成立後の1927年5月17日に休職となる[4]1929年5月、濱口内閣が成立し山口県知事に就任。その後、新潟県京都府の各知事を歴任。1931年12月18日、京都府知事を休職[5]1932年1月29日、依願免本官となり退官した[6]

その後、服部報公会の理事、常務理事、理事長事務取扱を歴任した。

脚注

  1. ^ 米沢市史編さん委員会『続・米沢人国記 近・現代篇』143頁
  2. ^ 米沢市史編さん委員会『続・米沢人国記 近・現代篇』142頁
  3. ^ 山形県議会 『山形県議会歴代議員名鑑』187頁
  4. ^ 『官報』第113号、昭和2年5月18日。
  5. ^ 『官報』第1493号、昭和6年12月19日。
  6. ^ 『官報』第1523号、昭和7年1月30日。

参考文献

  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 米沢市史編さん委員会『続・米沢人国記 近・現代篇』1983年。

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