食の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/04 03:10 UTC 版)
初期のアイルランド文学には食物や飲料に関する多くの記述が見られる。特に蜂蜜と蜂蜜酒は食事場面に高い頻度で登場する食べ物だが、実際は毎食それらを食せる状況には無かったと考えられている。 アイルランドではフロフト・フィーア(英語版)と呼ばれる青銅器時代の調理遺構が発見されており、石焼きを利用して鹿肉などを煮たとされる。ビールの醸造に用いたとする説もある。 ダブリン海岸のヴァイキングの遺跡からは当時の食の痕跡が見つかっている。肉では、牛、豚、羊、鶏およびガチョウと魚。ハシバミに代表されるナッツ類と野生のベリー。穀物ではソバやアカザの種子を粥にして食べていたとされる。 中世農奴制の元、農民は牛の生産を行わされ、生産された牛肉は、貴族や富裕層のみが消費していた。農民は燕麦や大麦と、牛乳、バター、チーズなどの乳製品、肉では牛の内臓や豚足、ブラック・プディングと呼ばれる血のソーセージなどを食べていた。 16世紀にジャガイモが持ち込まれると主要な作物になった。しかし1845年から1849年の4年間にわたってヨーロッパ全域で発生したジャガイモ疾病によって大きな被害をうけた。このジャガイモ飢饉により約100万人が餓死し、200万人が海外へと移住することになった。 植民地時代のアイルランドはイングランドへの穀物や肉類などの食料供給地として利用され、ジャガイモ飢饉の間もその状況は変わらなかった。 アイルランドの料理では豚の使用が一般的なのだが、アメリカ合衆国へ渡ったアイルランド系移民にとって豚は入手が難しく、牛肉が手頃な食肉であったため、コンビーフの利用が一般的になった。コンビーフとキャベツの煮物 (コンビーフ・アンド・キャベジ) はアメリカの聖パトリックの日の食事として定着している。
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