赤ちょうちん (映画)
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『赤ちょうちん』(あかちょうちん)は、1974年公開の日本映画。藤田敏八監督=秋吉久美子主演による「日活歌謡映画路線」の第1作[1]、「日活ニュー青春映画3部作」の第1作[2][3]。秋吉久美子の出世作となり[2][3][4][5]、興行的にも成功を収め[3]、以降、同年のうちに『妹』『バージンブルース』が製作された[1]。『映画時報』1974年12月号には、1971年11月から日活ロマンポルノ体制に移行した日活が、それ以降に最初に作った一般映画、と書かれている[6]。
注釈
出典
- ^ a b c d e f g 高護(ウルトラ・ヴァイブ)『日本映画名作完全ガイド 昭和のアウトロー編ベスト400 1960‐1980』シンコーミュージック、2008年、15–16頁。ISBN 9784401751228。
- ^ a b c “秋吉久美子 19歳の少女が語る言葉とは思えない…不思議な魅力”. 東スポWEB (東京スポーツ新聞社). (2022年11月20日). オリジナルの2022年11月26日時点におけるアーカイブ。 2023年2月4日閲覧。
- ^ a b c d e 『日本映画俳優全集・女優編』キネマ旬報社、1980年、154頁。
- ^ a b c d e f 富澤一誠『青春のバイブル 魂を揺さぶられた歌』シンコー・ミュージック、2009年、63頁。
- ^ “秋吉久美子|『男はつらいよ』第39作 マドンナ 高井隆子”. 『男はつらいよ』公式サイト | 松竹株式会社. 2023年2月4日閲覧。
- ^ a b 「映画界東西南北談議 復調気配の74年をふりかえって 大きく揺れた映画界の人脈とその動き」『映画時報』1974年12月号、映画時報社、32頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l “日活によみがえる青春映画 ポルノ熱さめた? セットにも"やる気" 伝統は消えず”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 11. (1974年2月15日)
- ^ a b c d e f 赤ちょうちん - 日活
- ^ 『秋吉久美子 調書』刊行記念 ありのままの久美子 シネマヴェーラ渋谷
- ^ a b 笹森文彦 (2021年12月19日). “亡き喜多條忠さん作詞「4畳半フォーク3部作」が育てた名女優秋吉久美子”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). オリジナルの2021年12月18日時点におけるアーカイブ。 2023年2月4日閲覧。
- ^ a b c 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』ぴあ、1998年、54頁。ISBN 4-89215-904-2。
- ^ a b c d e f g 南こうせつ (2017年8月21日). “[時代の証言者] 青春のフォーク 南こうせつ(20) 『赤ちょうちん』複雑な思い”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 7
- ^ a b c d e “南こうせつ、ロング・インタビュー”. MUSIC GUIDE. ページワン (2021年). 2021年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月11日閲覧。
- ^ a b c 「邦画新作情報」『キネマ旬報』1974年1月下旬号、キネマ旬報社、174–175頁。
- ^ a b c d 樋口尚文「素晴らしき映画女優(14) 秋吉久美子 映画の遊牧地帯でつかまえて」『キネマ旬報』2010年5月旬号、キネマ旬報社、52–56頁。
- ^ a b c 118 アニメ様日記 2017年8月27日(日)~
- ^ 福岡翼「秋吉久美子映画と自己についての総てを語る スター・インタビュー・シリーズ再開! 『妹』『青葉繁れる』『十六歳の戦争』の話題の人」『キネマ旬報』1974年9月下旬号、キネマ旬報社、72–77頁。
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