自然崇拝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 03:54 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動自然崇拝(しぜんすうはい、英: nature worship、physiolatry)とは、自然物・自然現象を対象とする崇拝、もしくはそれらを人格化、神格化する信仰の総称。
「自然への崇拝」ではなく、「自然」という概念ができる以前の崇拝形態である。自然崇拝は世界各地に見られ、また各地の神話にも自然物・現象を擬人化、神格化した神が登場することから、古くは普遍的であったと思われる。万物に宿る霊魂、精霊を崇拝対象とするアニミズムとも関係が深く、その原初的な形とも捉えられる。しかし自然崇拝では精霊でなく自然物・現象そのものを崇拝対象とする(自然と超自然的存在を区別しない)場合も多く、またしばしば特定の自然物・現象だけを尊重する点で区別される。
トーテミズム
未開社会において特定の氏族、部族が自然現象・自然物や動植物と超自然的関係で結ばれることをトーテムと呼ぶ[1]。
日本神話
日本神話では自然物や自然現象を擬人化、神格化して人格神として崇拝している。日本書紀には大山祇神などが山の神として登場する。比叡山・松尾山の大山咋神、白山の白山比咩神など、特定の山に結びついた山の神もある。草の神である草祖草野姫(くさのおやかやのひめ。草祖は草の祖神の意味)も日本神話において現れる。
マナイズム(呪力崇拝)とアニミズムとの混合
自然崇拝は非人格的な超常現象、超自然的な呪力を崇拝するマナイズム(呪力崇拝)、動植物やその他の事物に人格的な霊魂が宿るとするアニミズムと重複、混交するのが一般的である[2][3]。
対象
対象としては、
などが代表的。これらのうち共通の属性を持つ複数のものを一体として神格化する崇拝(例えば天空と雷など)もある。神道では、巨木、巨石(磐座)、山などを御神体とする神社も多く、これらへの自然崇拝を色濃く残している。ユーラシアの多くの牧畜民族では天空(テングリ)崇拝が重視され、シャーマニズムとも結び付いており、また中国の「天」観念との関係も指摘される。太陽崇拝が多くの民族で重視される一方で、月崇拝を重視する民族もある。火は人工物としての側面も強く、いろいろな宗教の儀式に取り入れられている。巨石崇拝も人工物(巨石記念物)への崇拝に転化しうる。
脚注
- ^ 平凡社 2021a, p. 「トーテム」.
- ^ ブリタニカ・ジャパン 2021a, p. 「自然崇拝」.
- ^ ブリタニカ・ジャパン 2021b, p. 「精霊崇拝」.
参考文献
- 平凡社「トーテム」『百科事典マイペディア』平凡社、コトバンク、2021a。 百科事典マイペディア『トーテム』 - コトバンク
- ブリタニカ・ジャパン「自然崇拝」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン、コトバンク、2021a。 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『自然崇拝』 - コトバンク
- ブリタニカ・ジャパン「精霊崇拝」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン、コトバンク、2021a。 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『精霊崇拝』 - コトバンク
関連項目
自然崇拝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/06 17:38 UTC 版)
日本民俗学では、太陽から来るマナを享受し、それを共有する存在をライフ・インデックスとして崇拝する自然崇拝は神籬・磐座信仰として現在にも残るとされ、具体的には、神社の「社(やしろ)」とは別に境内にある注連縄が飾られた御神木や霊石があり、また、境内に限らずその周囲の「鎮守の森」や、海上の「夫婦岩」などの巨石などが馴染み深いものである。また、雷を五穀豊穣をもたらすものとして「稲妻」と呼んだり、クジラは日本においては、座礁や漂着などして現れた貴重な食料として、感謝の気持ちを込めて「えびす」と呼んだりして、各地に寄り神信仰が生まれた。また、「野生の状態で生き物として存在するマナ」として捉えられるシャチやミチ(アシカ)なども、畏き(かしこき)者として恐れ敬われた。 自然や幸せに起因するものだけでなく、九十九神にみられるように、生き物や人工物である道具でも、長く生きたものや、長く使われたものなどにも神が宿ると考えた。そして、侵略してきた敵や、人の食料として命を落としたものにも命や神が宿る(神さぶ)と考え、蒙古塚・刀塚や魚塚・鯨塚などがあり、祀られている。
※この「自然崇拝」の解説は、「古神道」の解説の一部です。
「自然崇拝」を含む「古神道」の記事については、「古神道」の概要を参照ください。
「自然崇拝」の例文・使い方・用例・文例
自然崇拜と同じ種類の言葉
- 自然崇拜のページへのリンク