短鎖脂肪酸の合成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 07:55 UTC 版)
ヒトの消化管は自力ではデンプンやグリコーゲン以外の食物繊維である多くの多糖類を消化できないが、大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって、一部が酢酸、酪酸やプロピオン酸のような短鎖脂肪酸に変換されてエネルギー源として吸収される。健常者ではこれらの3種類が短鎖脂肪酸の97%を占め、潰瘍性大腸炎罹患者では罹患部位が広がるごとに短鎖脂肪酸のうち乳酸が占める割合が大きくなってくる。健常者の場合、大腸内で乳酸が生成されると腸内細菌により速やかに酢酸、酪酸、プロピオン酸、炭酸ガス、水素、メタンなどに代謝される。食物繊維の多くがセルロースであり、人間のセルロース利用能力は意外に高く、粉末にしたセルロースであれば腸内細菌を介してほぼ100%分解利用されるとも言われている。デンプンは約4kcal/g のエネルギーを産生するが、食物繊維は腸内細菌による醗酵分解によってエネルギーを産生し、その値は一定でないが、有効エネルギーは0 - 2kcal/gであると考えられている。また、食物繊維の望ましい摂取量は、成人男性で19g/日以上、成人女性で17g/日以上である。食物繊維は、大腸内で腸内細菌によりヒトが吸収できる分解物に転換されることから、食後長時間を経てから体内にエネルギーとして吸収される特徴を持ち、エネルギー吸収の平準化に寄与している。 小腸では栄養素を吸収しても、小腸組織の代謝には流用されずに即座に門脈によって運び去られ、小腸自体の組織は動脈血によって供給される栄養素によって養われる。しかし、大腸の組織の代謝にはこの発酵で生成されて吸収された短鎖脂肪酸が主要なエネルギー源として直接利用され、さらに余剰部分が全身の組織のエネルギー源として利用される。 ウマなどの草食動物ではこの大腸で生成された短鎖脂肪酸が主要なエネルギー源になっているが、ヒトでも低カロリーで食物繊維の豊富な食生活を送っている場合にはこの大腸での発酵で生成された短鎖脂肪酸が重要なエネルギー源となっている。 ヒトの結腸、特に結腸後半の粘膜は、酪酸を産生する腸内細菌が作る酪酸を主たるエネルギー源として利用している。大腸内で産生された酪酸は結腸細胞に優先的にエネルギー源として利用される。酪酸は、大腸の栄養エネルギーの70-90%を占めている。 酪酸を生成する代表的な酪酸菌であるクロストリジウム・ブチリカムは、偏性嫌気性芽胞形成グラム陽性桿菌である。クロストリジウム属のタイプ種でもある。芽胞の形で環境中に広く存在しているが、特に動物の消化管内常在菌として知られている。日本では宮入菌と呼ばれる株が酪酸菌の有用菌株として著名であり、芽胞を製剤化して整腸剤として用いられている。クロストリジウム属の一部の菌は酪酸菌として知られ、漬物の酪酸臭の原因となる。 酪酸は、腸管増殖因子として作用し、抗炎症作用を有し、傷害腸管の修復にも関与している。腸内細菌が産生した酪酸が、ヒストンのアセチル化を促進し、p21遺伝子を刺激し、細胞サイクルをG1期で留めるタンパク質であるp21が大腸がんをG1期に留め置き大腸がんを抑制することが指摘されている。酪酸生成能が高いButyrivibrio fibrisolvensをマウスに投与したところ、酪酸生成量が増加し、発癌物質で誘発した大腸前癌病変の形成が抑制され、大腸がんを予防、抑制する可能性が指摘されている。大腸癌患者の糞便を健常者のものと比較すると有機酸濃度が低く、特にn-酪酸の濃度がとりわけ低値であったことが報告されている。
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