生物多様性と用水路
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 05:55 UTC 版)
日本の近世以前の用水路は、主に農業用水路として使われており、また土を掘って踏み固めただけのものであることが多かった。その形態は自然河川に近いものがあるが、ただし利水のための水路であるが故に頻繁に人手が入り、また渇水や人間の水利用によってその水量にも大きく影響を受ける、特殊な環境であった。 しかし、日本に灌漑農業が導入された弥生時代以降 2000 - 3000年の間に、この特殊な環境に巧みに適応し、農業用水路の環境を生活に組み込む生物が数多く存在する。まず、比較的流れが緩やかで水深が浅く日当たりが良いため、プランクトンやコケなどの生育が良く、また土の河床ではミミズなども生息可能である。それらを食糧にするタニシやオタマジャクシ(カエルの幼生)、魚類のメダカやヨシノボリなどが住み着く。すると、それを捕食する甲殻類のザリガニ、昆虫のタガメやヤゴ(トンボの幼生)などの生活を支える。さらに、それらを捕食するコウノトリやサギなどが飛来する。人為的に造られた環境が、長い年月をかけて自然と一体化し、里山のそれと同様に、独特の生態系を築き上げてゆくこととなった。 なお、農業用水路における生態系は水田とほぼ一体であり、用水路と田を行き来して生活するものも多い。併せて田#環境としての田も参照のこと。 ところが、明治以降の近代になると、この状況が急激に変化する。土木技術の進展に伴う水路のコンクリート護岸化や、堰による水路の分断、暗渠化による日光の遮断、田畑での農薬利用などにより、稲作と共生してきた生物はその生活環境が激変し、生命が脅かされることとなる。さらに近年の都市化による生活排水・工業排水の流入や田畑の宅地化が追い打ちをかけ、その結果、かつてありふれた存在であったメダカやタガメなどが日本人の生活から姿を消し、さらには食物連鎖でその上位にいたコウノトリやタンチョウなども姿を消し始めた。それぞれ現在では絶滅が危惧されるまでになり、トキのように一時は絶滅した種もある。裏返せば、彼等はそれだけ日本人の稲作文化と共生していたのである。 メダカ等の絶滅危惧種指定は、稲作文化が支えた生態系の存在を日本人に認識させることとなり、現在はたとえば兵庫県豊岡市でコウノトリが生活できる稲作環境を保全するといった取り組みにつながってゆく。経済と生活環境の共存は、現代社会における課題の一つとして認識され、各所で取り組まれはじめている。
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