村立移管と太平洋戦争とは? わかりやすく解説

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村立移管と太平洋戦争(1941-1945)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/13 00:42 UTC 版)

飯田市立上郷図書館」の記事における「村立移管と太平洋戦争(1941-1945)」の解説

上郷青年会に代わって1941年昭和16年4月上郷国民学校長が団長務め官製の上青少年団が発足した青年会長は青少年団の総務部長に、青年会図書部長文化部長に就任し図書館村立移管提起した戦争人員取られことによる財政難大きな要因だったものの、自主運営当局から購入図書ケチ付けられるよりは、「が本を買ってくれた」という体裁にして購入図書要望する方が得策だと考えたことも背景にあった上郷青少年幹部らは同年村会図書館窮状移管陳情し6月19日移管決定7月12日上郷国民学校長・原太一館長とする「村立上郷図書館」の移管式が挙行された。運営実質的に上郷国民学校教員移ったが、交渉結果実務引き続き青年が行えることとなった。原館長自由教育推進者であったことから読み聞かせ重視しており、これまで手薄だった小学生利用促進した。また不評だった延滞料撤廃や、隣組青年班で希望図書取りまとめ一括貸出・返却する仕組み構築司書中心とした読書会設立などの改革行った一方で青年らは軍事教練日々農作業疲弊し読書どころではなくなっており、細田源吉未亡人』、安部磯雄不妊結婚人間改造』など約200冊を「不良図書」として除籍し、代わりに良書としてウィリアム・シェイクスピアらの古典文学日本の純文学国策本など硬派な本を購入し青年要望を汲まなかったため、原館長への不満を募らせていた。 そこで村立移管3年目にして司書佐々木五郎選書青年任せ方針取り青年らは小説多く買い求めた。また利用者の中から「こういう本を探している」という問い合わせ職員寄せられたことで現代レファレンスサービス通じ取り組み生まれ図書館文化センター村民拠り所となった運営主体図書館活動理解のある学校教師であったことが奏功し、終戦直前まで図書館開館し続けることができた。最終的に本土決戦現実味帯びてくると図書館郷土防衛隊本部接収され兵舎化し蔵書分散窓ガラス割れて戸締まりできないという状態で終戦の日迎えた1945年昭和20年8月30日上郷青少年団は解散し自主組織としての上郷青年会9月13日復活し10月7日には上郷女子青年会設立された。青年会は早速、図書館復興着手し10月10日より協議開始12月には図書部を設置した

※この「村立移管と太平洋戦争(1941-1945)」の解説は、「飯田市立上郷図書館」の解説の一部です。
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