新人としてワールドシリーズ進出
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「トロイ・トゥロウィツキー」の記事における「新人としてワールドシリーズ進出」の解説
2007年、トゥロウィツキーはスプリングトレーニングでクリント・バームスと正遊撃手の座を争う。結果、守備力は両者とも遜色なかったため、オープン戦の打撃成績が良かったトゥロウィツキーのほうがレギュラーを勝ち取った。4月2日のシーズン開幕戦に7番・遊撃として先発出場したトゥロウィツキーは、その後も攻守に奮闘。特に守備は、守備機会数・刺殺・補殺・併殺処理数・守備率などの指標で軒並みメジャー最高の数値を残し、またプラス・マイナス・システムという指標でも全遊撃手中最高の+35を記録、憧れのジーターよりおよそ70個も多くアウトを取ったという結果が算出された。一方の打撃では、4月中には打率が1割台に低迷した時期もあったが、次第に調子を上げていく。9月10日には20号本塁打を放ち、アーニー・バンクスが1954年に記録したナショナルリーグ新人遊撃手による最多記録を更新。シーズン終盤には、二遊間コンビを組む松井稼頭央が1番打者、トゥロウィツキーが2番打者として起用されるようになり、これとほぼ同時期からロッキーズの快進撃が始まった。 チームは9月16日から11連勝を記録するなど同月を20勝8敗の好成績で終え、レギュラーシーズン162試合終了時点で89勝73敗と、ワイルドカード争いでパドレスと並んだ。この結果、ロッキーズとパドレスでポストシーズン進出をかけたワンゲーム・プレイオフが10月1日に開催。この試合でトゥロウィツキーは、まず初回裏・無死二塁での第1打席に内野安打を放ち、チャンスを広げ先制点につなげる。4-5と1点ビハインドで迎えた5回裏には、先頭打者として二塁打で出塁、続くマット・ホリデイの適時打で同点のホームを踏んだ。そして2点を追う延長13回裏・無死二塁の場面では、相手クローザーのトレバー・ホフマンから適時二塁打を放ち1点差に詰め寄ると、続くホリデイの適時三塁打でまたも生還し同点に。この後ジェイミー・キャロルの犠牲フライでロッキーズがサヨナラ勝利を収め、12年ぶりのポストシーズン進出を決めた。トゥロウィツキーはこの試合で7打数4安打1打点。この試合の結果はレギュラーシーズンの成績に入るため、トゥロウィツキーのこの年の成績は155試合で打率.291・24本塁打・99打点・OPS.838となった。 その後チームはフィラデルフィア・フィリーズとの地区シリーズを3勝0敗で、アリゾナ・ダイヤモンドバックスとのリーグ優勝決定戦を4勝0敗で、それぞれ制して球団史上初のワールドシリーズ進出を果たす。だがメジャー最高勝率のボストン・レッドソックスと対戦した同シリーズでは、ロッキーズはなす術なく0勝4敗で敗退。トゥロウィツキーも初めてのポストシーズンで打率.195・OPS.608と、レギュラーシーズンからかけ離れた不本意な成績に終わった。 シーズン終了後には主要アワードの受賞者が発表され、新人王はライアン・ブラウンが、ゴールドグラブ賞(遊撃手部門)はジミー・ロリンズが、それぞれ受賞。いずれの賞もトゥロウィツキーは有力候補だったが、受賞を逃した。新人王投票では受賞者のブラウンと2位トゥロウィツキーの獲得ポイント差はわずか2で、1980年に導入された形式下での投票では史上最も僅差であった。これについては落胆の素振りを見せなかったトゥロウィツキーだが、メジャー最高の守備成績を残しながら受賞できなかったゴールドグラブ賞については「守備には凄くプライドを持っているから(受賞できなかったことは)少し残念だった」と悔しさをにじませた。それでもこの活躍に球団は2008年1月23日、トゥロウィツキーに6年3,100万ドル(7年目の2014年は1,500万ドルの球団オプション)の長期契約を与えた。メジャー経験2年以下の選手としては史上最高額となる契約である。
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