文化的問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/10 10:16 UTC 版)
ミシェル・フーコーは性は本能ではなく文化であり、現代には「言説の扇動」なるものが存在し、セックス及びセクシュアリティにまつわる話が権力の装置として機能することを指摘していた。これに関係し様々な話がある。 権力とセックス 児童性虐待には権力とセクシュアリティの関係が非常に混乱して結びついていることが知られており、古代アテネにもその傾向は見られるという見方がある。David M. Halperin (1989) は、ギリシャにおける少年愛は決してお互いが愛し合うというものではなく、社会的な階級や地位によって左右されるところが大きく、アテネ市民は少年、女性、奴隷、外国人ならば誰でも犯してよく、それは結局のところ「貴方は私のご主人様です」という事を証明しているに過ぎなかったのであり、西洋文化において現代でも自分が受動的な人間であるという事に対する恐怖があるのはこの古代アテネ人の感性が残っているためではないかという説を唱えている。 トラウマと文化 子供の性についての考え方には文化的差異があることが指摘されている。Gilbert Herdt (1981) は、年長の男性の精液を飲めば男らしくなれるという文化的な価値観が存在する、ザンビアンと名づけたニューギニアの一種族を報告している。この場合などでは、アメリカ合衆国の住民の価値観では年長者による性的虐待とみなされる行為であっても、文化的タブーという障壁がないため比較的トラウマになりにくいという考えがある。一方、こういったことはその文化によってかなり考え方が異なるため、たとえ当初はトラウマにならなくとも、違う文化との交流で以前は特に何も感じなかった行為ですらトラウマ的な体験と考えられてしまう可能性も存在する。 性の開放 ヴィルヘルム・ライヒは近代にかけて性が否定されてきた事を理由に「性の解放」を訴えた。彼の説によると大宇宙には物理レベルで性のエネルギーが偏在しており、それが生命のエネルギーとなっているという。それをライヒはオーガズムから名前をとってオルゴン・エネルギーと名づけた。そしてオルゴン・エネルギーの停滞や不足が様々な病気を引き起こすとし、癌の治療のためにオルゴン・アキュムレーターを開発した。(だが、オルゴン・エネルギーはオルゴノミスト以外には証明されていない) 公衆浴場での混浴 2020年12月、厚生労働省が「衛生管理要綱」を見直し、公衆浴場での混浴の指針を「7歳以上の男女と混浴させないこと」に改めた。これにはネット上で様々な反応があったが、3人の娘がいる新生児科の小児科医は、「栃木県は11歳以下が混浴可能で、小児性愛者の界隈では有名だった」旨をTwitterに投稿したうえで、「小児の混浴は児童性犯罪の温床の恐れもあり、今回の改定は良い流れだ」と言った。
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