放射線被曝と発ガン抑制のしくみ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/19 21:15 UTC 版)
「放射線ホルミシス」の記事における「放射線被曝と発ガン抑制のしくみ」の解説
放射線による発ガンの機構は十分に解明されているとはいえないが、現時点では「DNA 損傷→染色体異常→突然変異→細胞ガン化」と進む経路(発ガンの突然変異説)が受入れられている。原爆被爆者の調査から一気に被曝した場合100ミリシーベルトで発ガンのリスクが1%高まることがわかっている。電離放射線によるDNA分子の電離が直接にDNAの化学結合を切断するような作用が「直接作用」である。一方「間接作用」とは、電離放射線によって水から反応性の高い・OH(ヒドロキシラジカル)などの活性種(水和ラジカル、Hラジカル、過酸化水素)が生成され、これらがDNAと化学反応することで損傷を引き起こすことである。X線照射の場合、生物学的損傷の約1/3は直接作用、約2/3は間接作用の結果と考えられている。活性酸素は日常において運動・呼吸・食事からでも1日に細胞1個あたり約10億個発生している。放射線ホルミシス仮説では、放射線を被曝するとヒドロキシラジカルを消去するグルタチオン (GSH) とスーパーオキシドを消去するスーパーオキシドディスムターゼ (SOD) が増加することで活性酸素処理能力(抗酸化機能)が高まることは細胞レベルの動物実験で証明されたと主張している。 DNA損傷の数は普段でも細胞1個当たり1日数万から数十万個であり、運動、食べ過ぎ、飲みすぎ、紫外線、タバコ、ストレス、炎症などがあれば活性酸素が増加し、DNA 損傷はさらに増える。放射線を100ミリシーベルト被曝した場合のDNA損傷の数はおよそ200個であり、被曝線量が100ミリシーベルト以下の場合のDNA損傷は自然の変動幅に埋没してしまう程度であるが、放射線だけで生体の防御能力を超えなくてもタバコ+ストレス+放射線というように発ガンの原因が重複して生体の防御能力を越えることもある。 放射線ホルミシス研究委員会は、放射線によりDNA修復活動が活性化されることを確認したと主張している。 DNA損傷が多いために修復できなかったり、修復にミスが起きたりして異常な遺伝子が残ることで突然変異を持つようになった細胞は自殺させられるが(アポトーシス)、これはp53というガン抑制遺伝子の働きによるものである。中村は、この遺伝子は低線量放射線によって活性化すると主張している。人間には2万5千の遺伝子があるが、一定の数のDNA修復に関係する遺伝子、DNAの保護に関わる遺伝子があり、普通はこれがやられないと低線量の傷害はだいたい問題なく修復される。しかし、p53のような、DNAを守っていたり、そういうところに関わる遺伝子が壊れるとガンになるということがわかっている。2万5千の遺伝子の中でどこがやられるかということは、極めて確率論的である。放射線は腫瘍抑制遺伝子の不活性化因子として有効に働き、発ガンの後期で進行因子の役割を果たすとする説がある。 それでも遺伝子異常をもったまま自爆できない細胞が残って突然変異が蓄積されると発ガンのリスクが増える。突然変異からガン細胞が生まれるためには突然変異が10 数個蓄積されることが必要であるが、突然変異ではない経路で発生するガン細胞もある。ガン細胞は通常でも毎日数千個発生するが免疫細胞は体内を巡り、ガン細胞を見つけては処分しているため(免疫学的監視機構)ガンの発症がない。ホルミシス仮説では、このように働くキラーT細胞などの免疫系細胞が低線量放射線で活性化されることは多くの実験・調査で確かめられている、と主張している。マウスに低線量率放射線照射(0.95 mGy/h)を試みたところ、Tリンパ球の増殖応答に一時的な亢進が見られたものの、持続的な亢進やNK細胞の傷害活性の亢進は認められなかったとする報告がある。
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