描かれている男性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 05:18 UTC 版)
「ティモテオスの肖像」の記事における「描かれている男性」の解説
『ティモテオスの肖像』には、背景が黒一色の狭いスペースに男性が描かれている。身体に比べて頭部がやや大きく見えるのは、ファン・エイクが描いた肖像画の典型例である。男性は当時のブルゴーニュ公国でありふれた衣装だった、赤のローブを着用し、垂れ飾りのついた緑の頭巾(シャペロン (en:Chaperon (headgear)))を巻きつけている。頭巾には二つのボタンで留められた毛皮の縁取りがあり、垂れ飾りは男性が腕を預けているように見える欄干まで伸びている。男性の左手は垂れ飾りの端を握りこんでいるようにも見える。男性の頭部の形もその表情も、当時よくみられた理想化された絵画作品とは一線を画していることから、個人的な依頼で制作された作品だと考えられている。わずかに金髪が描かれているようにも見えるが、男性は禿頭で表現されており、パノフスキーは「顔立ちは北欧風、衣装はブルゴーニュ風」と表現している。眉毛は明確には描かれておらず、まつ毛も19世紀の修復家によって描き足されたものと考えられている。狭い肩、結ばれた口元、か細い眉毛、うるんだ青い瞳など、ファン・エイクの緻密な観察に基づく詳細表現技法が発揮された作品である。男性はおそらく法文書か、書簡、小論文のような巻物を手にしている。ファン・エイクの肖像画のモデルは、自身の専門技能を示すものを持っていることが多い。 画面左から射し込む光が男性の横顔を浮かび上がらせ、陰となって徐々に画面右へと消えていく。これはファン・エイクの初期の肖像画によく見られる表現である。男性の容貌は若々しく、流麗で柔らかな曲線を描く筆致によって、柔和な表情と滑らかな肌が表現されている。男性が持つ鷹揚とした温かい印象についてメイスは「レンブラント風の穏やかさと共感」と表現している。やや平たい顔と尖った鼻先と頬骨をもつ、ずんぐりとした体躯のこの男性の容貌は端正とは言い難く、パノフスキーは年若い「フランドルの農民」と評している。ダネンスは「短い上向きの」鼻と「突き出した」頬骨をしたこの男性からは実直な印象を受けるとしている。 多くの美術史家が、男性の表情と謎めいた雰囲気には違和感があると指摘している。メイスは描かれている男性の表情を「地味で素朴」と評し、『ヘントの祭壇画』の下部パネルである「神秘の子羊の礼拝」に描かれている男性たちの表情との類似点を指摘した。しかしながら後にメイスは、パノフスキーが唱えた「皺のよった額、一見夢見がちのようだが実は確かな洞察力を持つ瞳、確固たる意志にあふれる引き締まった大きな口元」という解釈を受け入れている。パノフスキーは、この男性の表情からは知性ではなく物想いと孤独が見て取れるとし「観察と分析ではなく、感情と創意の男の顔だ」としている。 肖像画ではとくに指の描写に細心の注意を払っていた同時代の画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンとは異なり、ファン・エイクはどの肖像画でも同じような手を描く傾向があった。『ティモテオスの肖像』の男性の両手は、おそらく後からファン・エイク自身あるいは工房の弟子によって描き直されたと考えられている。1435年ごろにファン・エイクが描いた『ボードワン・ド・ラノワの肖像』の男性の両手と『ティモテオスの肖像』の男性の両手の表現は非常によく似ている。『ティモテオスの肖像』の男性が「大事そうに握りしめている巻物は、この男性が法律の専門家であることを示唆しているか、あるいは可能性としては低いが何らかの法的証書を象徴する目的で描かれている」と、美術史家ティル=ヘルガー・ボルヘルトは解釈している。いずれにせよ、男性は重々しい衣服を身に付けていないため、中流階級の人物だと考えられる。しかしながら、当時のブルゴーニュで王侯貴族以外の肖像画は極めて稀であることから、この男性もブルゴーニュ宮廷の主要な一員だったことは間違いない。
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