帝国アルルとは? わかりやすく解説

帝国アルル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 17:18 UTC 版)

アルル王国」の記事における「帝国アルル」の解説

1032年ルドルフ3世40年に及ぶ治世でついに継嗣残せ死去したアルル王国1006年条約通りハインリヒ2世の跡を継いでいたザーリアー朝皇帝コンラート2世継承した歴代皇帝は「アルル王」の称号維持したが、アルル大聖堂戴冠式挙げた皇帝はほとんどいなかった。例外フリードリヒ1世バルバロッサであり、1178年アルル大司教によりブルグント王として戴冠されている。 こうしてアルル王国帝国一部となったが、かなりの自治認められた。名目上皇帝によって統合されていたアルル王国だが、11世紀から14世紀末の間にいくつかへの領域へと分裂して再構築された。すなわちプロヴァンス伯領プロヴァンス辺境伯領、ヴネサン伯領(教皇領)、ヴィヴァレ司教領リヨン大司教領ドーフィネヴィエンヌ伯領)、サヴォイア伯国、そしてブルゴーニュ伯領である。1127年南ドイツツェーリンゲン家ブルゴーニュ伯領東部獲得し皇帝ロタール3世からブルグント総監皇帝代理職)に任命された。ブルゴーニュ伯領土半減した見返りに、帝国への臣従義務(≒皇帝代理であるツェーリンゲン家への臣従義務)から解放されて自由伯(フランシュ=コンテ)を名乗ったブルゴーニュ伯帝国領ありながら独立した地位得たのである。後にツェーリンゲン家断絶し姻戚関係からキーブルク家、次いでハプスブルク家遺領引き継いだ。そして1273年ハプスブルク家ルドルフ1世ローマ王選出された。ローマ王とは、神聖ローマ帝国君主選出されたが皇帝として戴冠していない者の称号である。ルドルフ1世神聖ローマ皇帝への戴冠望んだ1246年プロヴァンス伯位はフランス王支流アンジュー家渡っていた。1277年から1279年の間、教皇ニコラウス3世の元でプロヴァンス伯領所属ルドルフ帝位請求権、そして長らく放置されていたアルル王権について議論された。参加者ローマ王ルドルフ1世フランス王族でありシチリア王プロヴァンス伯でもあるシャルル・ダンジューフランス王母であるマルグリット・ド・プロヴァンスである。ルドルフは娘のクレメンツィアをシャルル・ダンジューの孫シャルル・マルテル・ダンジュー婚約させ、アルル王国全体クレメンティア持参領とすることに同意した。その見返りとして、シャルル・ダンジュー神聖ローマ皇帝位をハプスブルク家世襲とする支援約束した教皇ローマ王アルル王国手放したという先例作ることにより、将来北イタリア神聖ローマ帝国から切り離されること、そして教皇実家であるオルシーニ家イタリア与えられることを期待した1282年シャルル・ダンジューシャルル・マルテルとクレメンツィアの二人アルル王位請求させるべく送り出す準備整えたものの、シチリアの晩祷事件によって計画破綻した神聖ローマ帝国構成国家としてのアルル王国存続しルドルフ皇帝戴冠成らずハプスブルク家によるローマ王世襲もこのときは失敗した。 しかし、アルル王国解体流れは止まらなかった。下ブルグントの殆どは徐々にフランス王国組み込まれていったプロヴァンス辺境伯位(プロヴァンス伯位とは別)は姻戚関係から1062年時点フランストゥールーズ伯家が得ていたが、そのトゥールーズ伯最後の女伯ジャンヌ・ド・トゥールーズフランス王ルイ8世王子アルフォンス・ド・ポワティエ結婚した。これにより、1229年モー条約パリ条約)で、プロヴァンス辺境伯領とヴィヴァレを含むトゥールーズ伯家領フランス王家のものとなった14世紀初めにリヨンフランス併合した1349年ドーフィネの伯であったアンベール2世フランスシャルル5世賢明王にドーフィネ売却したドーフィネの伯位はフランス王太子称号とされた(ドーファン)。さらに上ブルグントでも旧ブルグント総監領が13世紀末から14世紀にかけてスイス盟約者同盟参加して独立戦争繰り広げていた。 1365年ルクセンブルク朝皇帝カール4世アルルシャルル4世)はアルル戴冠された最後アルル王(ブルグント王となった。この時点神聖ローマ帝国残されていたアルル王国領邦サヴォイア伯国のみで、残りフランスの影響下にあるか、半ば独立しているかだった。そこでカール4世はまずサヴォイア伯国アルル王国から切り離した。そして1378年カール4世ドーフィネの伯、すなわちフランス王太子ドーファン。このときのドーファンは後のフランス王シャルル6世)へアルル王国名目的支配する帝国摂政皇帝代理職)の位を永久的与えた神聖ローマ帝国からフランス王国へのアルル王国割譲正式に認めたことを意味しこれをもってアルル王国消滅した

※この「帝国アルル」の解説は、「アルル王国」の解説の一部です。
「帝国アルル」を含む「アルル王国」の記事については、「アルル王国」の概要を参照ください。

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