宝登山神社
寳登山神社
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寳登山神社 | |
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![]() 拝殿 |
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所在地 | 埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828 |
位置 | 北緯36度5分35.60秒 東経139度6分11.15秒 / 北緯36.0932222度 東経139.1030972度座標: 北緯36度5分35.60秒 東経139度6分11.15秒 / 北緯36.0932222度 東経139.1030972度 |
主祭神 | 神日本磐余彦尊 大山祗神 火産霊神 |
社格等 | 旧県社 別表神社 |
創建 | (伝)景行天皇41年(111年) |
本殿の様式 | 権現造 |
札所等 | 秩父三社 |
例祭 | 4月3日(例大祭) |
主な神事 | お炊き上げ祭(毎月7日) 奥社祭(5月2日) 船玉祭(8月15日) |
地図 |
寳登山神社(ほどさんじんじゃ、常用漢字体:宝登山神社)は、埼玉県秩父郡長瀞町の宝登山山麓にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。
秩父神社・三峯神社とともに秩父三社の一社。宝登山山頂には奥宮(おくみや)が鎮座する。
祭神
祭神は以下の3柱。
歴史
社伝によれば、景行天皇41年(111年)、天皇の皇子・日本武尊による東征の際、尊が遥拝しようと山頂に向っていると巨犬が出てきて道案内をした。その途中、東北方より猛火の燃えて来るのに遭い、尊の進むことも退くこともできない状態になってしまった。すると巨犬が猛然と火中に跳入り火を消し止め、尊は無事頂上へ登り遥拝することができた。尊は巨犬に大いに感謝したところ、忽然と姿を消した。このことから「火止山」の名が起き、のちに「寳登山」となったという。また巨犬は大山祇神の神犬であった事を知り、防火守護のため火産霊神を拝し、その後山麓に社殿を建て三神を鎮祭した。これが当社の起源であるとされる。
年月日 | 参拝者 | 備考 |
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1914年(大正3年)11月2日[1] | 淳宮雍仁親王、高松宮宣仁親王、博信王、藤麿王、萩麿王 | 学習院初等科の遠足。二直宮の御成を記念して大正9年から「紅葉祭」を開催。 |
1915年(大正4年)11月14日[2] | 華頂宮博忠王、山階宮武彦王 | |
1922年(大正11年)11月3日[2] | 澄宮崇仁親王、邦英王、永久王、孚彦王、正彦王、李鍝公 | 学習院初等科の遠足。崇仁親王はカエデを手植えた[3]。 |
1922年(大正11年)11月26日[4] | 秩父宮雍仁親王 | |
1923年(大正12年)5月17日[5] | 寛子女王、敦子女王、知子女王、規子女王 | 女子学習院の遠足。ヒメコマツをお手植え。 |
1928年(昭和3年)10月26日[5] | 盛厚王、彰常王 | 学習院の遠足。 |
1928年(昭和3年)11月1日[6] | 美年子女王、紀久子女王、禮子女王、佐和子女王 | 女子学習院の遠足。 |
1932年(昭和7年)7月6日[7] | 朝香宮鳩彦王 | 秩父町の徴兵署視察のため。 |
1933年(昭和8年)8月20日[7] | 秩父宮雍仁親王、勢津子妃 | |
1934年(昭和9年)6月12日[8] | 東伏見宮周子妃 | |
1934年(昭和9年)11月8日[8] | 邦寿王、治憲王 | 学習院初等科の遠足。 |
1940年(昭和15年)10月15日[8] | 邦昭王、俊彦王、章憲王 | 学習院初等科の遠足。 |
1942年(昭和17年)10月7日[9] | 孝宮和子内親王、正子女王、朝子女王、光子女王 | 学習院の遠足。 |
2011年5月に発行の「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン(フランス語版第2版)」において、1つ星に選定された。
相生の松に恋愛成就のご利益があるとされる。
摂末社
- 宝玉稲荷神社
- 藤谷淵神社
- 日本武尊社
- 天満天神社
- 招魂社
- 水神社
祭事
- 2月
- 建国奉祝祭 (2月11日)
- 3月
- 産業祈年祭 (3月1日)
- 4月
- 5月
- 奥宮祭 (5月2日)
- 7月
- 八坂大祭(お祇園) (7月20日)
- 8月
- 船玉祭 (8月15日)
- 11月
- 12月
- 除夜祭 (12月31日)
現地情報
- 所在地
- 交通アクセス
鉄道
車
奥宮(宝登山山頂)まで
- 宝登山ロープウェイで宝登山麓駅から宝登山頂駅へ、山頂駅から徒歩約5分
周辺
脚注
- ^ 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 104.
- ^ a b 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 105.
- ^ 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 106.
- ^ 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 108.
- ^ a b 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 113.
- ^ 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 114.
- ^ a b 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 115.
- ^ a b c 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 118.
- ^ 宝登山:宝登山神社誌稿 1979, p. 119.
- ^ 新編武蔵風土記稿 藤谷淵村.
参考文献
- 「藤谷淵村 玉泉寺」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ251秩父郡ノ7、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:764013/75。
- 『宝登山:宝登山神社誌稿』宝登山神社社務所、1979年。NDLJP:12264580/59。
関連項目
外部リンク
- 寳登山神社(公式サイト)
固有名詞の分類
- 宝登山神社のページへのリンク