基本金属組織と合金元素の関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/20 23:42 UTC 版)
「ステンレス鋼」の記事における「基本金属組織と合金元素の関係」の解説
ステンレス鋼に添加される合金元素は、定義のようにクロムを必須とする。さらに、各種特性向上のためにニッケル、モリブデン、銅、ケイ素、窒素、アルミニウムなどの他の元素も添加される。また、リンや硫黄のように、場合によっては有効だが基本的に有害な不純物元素も含まれており、普通は製造上できるだけ取り除かれる。炭素は、耐食性を落とすステンレス鋼にとっての最大の不純物元素であり、一方で、強度向上に寄与する有用な元素でもある。一部の種類のステンレス鋼を除いて、ステンレス鋼は0.01桁や0.001桁の低い炭素濃度パーセンテージで製造されている。 ステンレス鋼の金属組織をミクロに観察すると、金属組織を主に占めている相の種類には、体心立方構造のフェライト、体心正方構造のマルテンサイト、面心立方構造のオーステナイトの3つが存在する。こういった合金の金属組織は、含有する化学成分の種類と濃度(組成)、加熱・冷却・一定温度保持などの材料が受けた熱履歴、および加工履歴などによって決まる。フェライト、マルテンサイト、オーステナイトは結晶構造がそれぞれ異なっており、結晶構造の違いがステンレス鋼の材料特性の違いとなって現れる。特に物理的性質と機械的性質が、金属組織の種類によって変化する。 フェライト、マルテンサイト、オーステナイトという3つの相は鋼全般で存在する相だが、鉄・炭素の2つから成る単純な鋼では、オーステナイトは高温のみで現れる相であり、常温で組織がオーステナイトになることは普通はない。常温でオーステナイトを主要な相とする鋼種があることは、ステンレス鋼の特徴の一つといえる。 ステンレス鋼の基礎となるのが、鉄・クロム系の状態図である。2成分系合金の状態図とは、縦軸に温度を取り、横軸に2つの元素の質量比を取り、温度と質量比によって決まる熱力学的平衡状態の金属組織を示す図である。鉄・クロム系2元状態図によると、クロム濃度 0 % のとき約 900–1400 °C の範囲で組織はオーステナイトとなる。クロム濃度を 0 % から増やすと、オーステナイトが存在する温度域は狭くなっていき、ついにはオーステナイトは存在しなくなり、組織は融点までフェライト単相となる。このように、濃度を増やすとフェライトが生成する方に寄与する元素を「フェライト生成元素」「フェライト形成元素」「フェライト安定化元素」などと呼ぶ。クロムの他にも、フェライト形成元素にはモリブデン、チタン、ニオブ、ケイ素などがある。 一方、鉄・クロム系2元状態図上では、高温でクロム濃度が低い範囲まではオーステナイトが存在する。この高温域にあるオーステナイト(γ)の存在領域を「γ ループ」などと呼ぶ。鉄・クロム系に炭素もわずかに加わったような場合を想定すると、γ ループより低い温度では、オーステナイトは共析反応でフェライトと炭化物へと分解される。しかし、γ ループから組織を急冷した場合、組織はマルテンサイトに変わる。すなわち、急冷によって共析変態が阻止されてマルテンサイト変態が代わりに起こる。生成されたマルテンサイトには炭素が過飽和に固溶されており、組織中に転位が高密度に存在した状態となる。これによって、マルテンサイトは高い強度と硬度を持つ組織となる。 フェライト生成元素とは逆に、濃度を増やすとオーステナイトが生成する方に寄与する元素を「オーステナイト生成元素」「オーステナイト形成元素」「オーステナイト安定化元素」などと呼ぶ。ステンレス鋼に加えられるオーステナイト生成元素の代表例がニッケルである。鉄・ニッケル2元系の状態図を見ると、ニッケル濃度が高いほどオーステナイトの領域が広がっていく。鉄・クロム・ニッケルの3元系で考えると、γ ループの領域が大きくなっておく。このようなオーステナイト生成元素を利用し、ステンレス鋼の特定の種類では常温でもオーステナイト組織のままとすることができる。オーステナイトの組織は、高い延性、非磁性などの特徴を持つ。ニッケルの他には、炭素、窒素、コバルト、マンガン、銅などがオーステナイト生成元素である。 以上のようなフェライト生成元素とオーステナイト生成元素の量が、ステンレス鋼の組織を主に決めている。フェライト生成元素とオーステナイト生成元素の量から決まる主要相を図示したのがシェフラーの組織図(ドイツ語版)である。これは、横軸をクロム当量(フェライト生成元素)、縦軸をニッケル当量(オーステナイト生成元素)として組成と組織の関係を示したもので、クロム当量 (Creq) とニッケル当量 (Nieq) とは、 Creq = %Cr + %Mo + 1.5 × %Si + 0.5 × %Nb Nieq = %Ni + 30 × %C + 0.5 × %Mn のような形で、クロムのフェライト生成能あるいはニッケルのオーステナイト生成能と同じになるように重み付けし、各々の元素含有量を足し合わせたものである。ここで、%X で元素 X の質量パーセント濃度を意味する。シェフラーの組織図は、元々は溶接時の溶着金属の組織に対するものだったが、組成からステンレス鋼の相を予測するのに実用上も有効である。当量からステンレス鋼の組織を予測する手法については、シェフラーの組織図以外にも様々な手法が提案されている。
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