合意による国際裁判管轄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/07 15:43 UTC 版)
民事法において当事者の意思が最大限に尊重されていること(民法における私的自治(Privatautonomie)・国際私法における当事者自治(Parteiautonomie)・民事訴訟法における処分権主義や弁論主義など)に鑑みれば、国際裁判管轄についても当事者の合意を尊重すべきだという考えが生じる。日本法には2011年の民事訴訟法・民事保全法一部改正まで国際裁判管轄に関する明文の規定はなかったが、最高裁判所は、いわゆるチサダネ号事件において、次の通り、その要件について詳しく論じつつ、国際裁判管轄に関する管轄の合意は有効であると判示した。 「国際民訴法上の管轄の合意の方式については成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しやくしつつ条理に従つてこれを決すべきであるところ、同条の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。 ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ) 当該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、 (ロ) 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、 の二個の要件をみたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である(大審院大正5年(オ)第473号同年10月18日判決・民録22輯1916頁参照)。 前記(ロ)の要件を必要とする趣旨は、かりに、当該外国の裁判所が当該事件について管轄権を有せず、当該事件を受理しないとすれば、当事者は管轄の合意の目的を遂げることができないのみでなく、いずれの裁判所においても裁判を受ける機会を喪失する結果となるがゆえにほかならないのであるから、当該外国の裁判所がその国の法律のもとにおいて、当該事件につき管轄権を有するときには、右(ロ)の要件は充足されたものというべきであり、当該外国法が国際的専属的裁判管轄の合意を必ずしも有効と認めることを要するものではない。本件において、原審の確定したところによれば、アムステルダムの裁判所が本件訴訟につき法定管轄権を有するというのであるから、原判決が所論の点について判示しなかつたことをもつて、所論の違法があるとはいえない。 外国判決により当該外国において強制執行をすることは一般的に可能であり、相互保証が存在しないためわが国における右外国判決による強制執行が不能であるとしても、前記一(ロ)の要件を欠く場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることとなるものではなく、管轄の合意は本来判決手続についてされるものであるが、当事者は、その合意をするにあたつて、当該外国における強制執行の実効性を考慮しうるし、また、この強制執行のため費用等の負担の増大をきたすことがあるが、かかる負担の増大は、管轄の合意に伴う附随的結果にほかならない。したがって、わが国の裁判権を排除する管轄の合意を有効と認めるためには、当該外国判決の承認の要件としての相互の保証をも要件とする必要はないものというべきであり、このように解しても当事者が右合意によつて通常意図したところは十分に達せられるというべきである。 被告の普通裁判籍を管轄する裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と定める国際的専属的裁判管轄の合意は、「原告は被告の法廷に従う」との普遍的な原理と、被告が国際的海運業者である場合には渉外的取引から生ずる紛争につき特定の国の裁判所にのみ管轄の限定をはかろうとするのも経営政策として保護するに足りるものであることを考慮するときは、右管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合は格別、原則として有効と認めるべきである。したがつて、被上告人の本店所在地の裁判所を専属的管轄裁判所として指定した本件管轄約款は、所論指摘の諸点を考慮に入れても、公序法に違反する無効なものであるということはできない」 以上の最高裁の判示した国際裁判管轄の合意の有効要件を要約すると、次のようになる。 形式的有効要件(方式):少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りる。その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。 日本の裁判所の国際裁判管轄を排除する形で、専属管轄を定める合意であれば、更に次の要件をみたさなければならない:当該事件が日本国の裁判権に専属的に服するものではないこと。 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること。 実質的有効要件については、明確でないので、補って考える必要がある: 4点目で公序法に言及しているが、当然の前提として、合意が公序良俗に反する場合は無効である。 1点目で、民事訴訟法の規定の逆推知に言及しているが、民事訴訟法11条の要件のうち、この判決により明確に排除された書面性の要件を除く、(a) 第一審に関するものであること、(b) 一定の法律関係に基づく訴えに関するものであることの2つについては、必要と解されている。 なお、チサダネ号事件判決(1975年)は、合衆国最高裁判所(Supreme Court)のBremen対Zapata事件判決の強い影響の下で出された判決だといわれる。
※この「合意による国際裁判管轄」の解説は、「裁判管轄」の解説の一部です。
「合意による国際裁判管轄」を含む「裁判管轄」の記事については、「裁判管轄」の概要を参照ください。
- 合意による国際裁判管轄のページへのリンク