加速、そして発足へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/11 00:53 UTC 版)
「国際刑事裁判所の歴史」の記事における「加速、そして発足へ」の解説
1998年7月、イタリアのローマで国際刑事裁判所設立のための国連全権外交使節会議が開かれ、1995年に発足したばかりのCICCもオブザーバー参加する中、120カ国の賛同(日本は当時未署名)を受けて国際刑事裁判所に関するローマ規程、通称「ローマ規程」が採択された。このローマ規程が発効するには60カ国の批准が必要だったのだが、ICCは国家主権の一部を国際機関に委譲するという側面をもつ可能性があり、各国とも国内法との調整の課題があったため、発効には20年は要するという見方もあった。しかし、冷戦後の国連や国際機関を中心とした新しい国際秩序(グローバル・ガバナンス)を求める世界的な機運と、CICCなど市民社会からの強い働きかけもあって署名および批准は順調に進んだ。そして、ローマ会議からわずか4年後の2002年7月1日、ローマ規程は139カ国の署名と60カ国の批准を得て正式に発効し、翌年3月にはオランダのハーグに裁判所が設置された。国連創設から半世紀以上の時を経て、史上初の常設国際刑事裁判所の設立構想が遂に実を結び、2003年3月11日、ICCは正式に発足した。 1998年7月17日、ローマにおける国連全権外交使節会議において、参加した159カ国のうち120カ国の賛成票を集めて国際刑事裁判所ローマ規程が採択される。このとき、関連文書として国際刑事裁判所の設立に関する最終合意書も採択され、国際刑事裁判所設立のための準備委員会(Preparatory Commission, PrepCom)が正式に発足する。 2002年3月、拡大前のEU(欧州連合)のほぼ全加盟国(チェコを除く)を含めた56カ国が批准しているという状況になる。 2002年4月、ボスニア、ルーマニア、カンボジア、ブルガリア、コンゴ民主共和国、アイルランド、ヨルダン、モンゴル、ニジェール、スロバキアら10カ国が一挙に批准し、条約発効に必要な60カ国の批准の要件が満たされる。国連ではこれを記念して、ニューヨークの国連本部で大々的に合同批准書寄託式典を催した。 2002年7月1日、国際刑事裁判所ローマ規程が発効。国際刑事裁判所(ICC)はこの日以後に行われた集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する犯罪、および戦争犯罪について管轄権を行使できるようになった。 2002年9月8日、ニューヨークの国連本部にて締約国会議(Assembly of States Parties, ASP)が初めて招集される。会議ではこのとき、手続き及び証拠の規則、犯罪の諸要素、ならびに裁判所規則など、ICCが有効に機能するために必要な規則や規定が次々に定められた。 2002年9月9日、発足から数えて8回目を迎えたニューヨーク国連本部での準備委員会会合で、国際刑事裁判所及びその構成員に対する特権及び免除権を規定する国際刑事裁判所の特権及び免除に関する協定(特権免除協定, APIC)が採択される。
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