剣客商売・仕掛人
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1972年(昭和47年)には「小説新潮」1月号に「剣客商売」を発表した。京都の古書店で偶然見かけた歌舞伎役者・二代目中村又五郎をモデルに、孫のような少女と夫婦になって隠棲する老剣客・秋山小兵衛を描き出し、朴訥誠実で世に疎い小兵衛の長男・大治郎、田沼意次の娘である女剣客・佐々木三冬といった人物を周囲に配して、江戸市井に起こる事件を解決していく同シリーズも人気を博した。同年「小説現代」3月号に『仕掛人・藤枝梅安』シリーズ第1作となる『おんなごろし』を発表。同誌6月号には第二作『殺しの四人』が掲載され、この作品は年末に小説現代読者賞を受賞。仕掛人という言葉は流行語となり、朝日放送で『必殺仕掛人』として連続ドラマ化された。翌1973年には『鬼平犯科帳』を「オール讀物」1月号 - 12月号に、『剣客商売』を「小説新潮」1月号 - 12月号に、『仕掛人』を『小説現代』2、7、9、10月号に同時並行で連載した。その一方で『雲霧仁左衛門』(「週刊新潮」72年8月26日号 - 74年4月4日号)、『剣の天地』(「東京タイムズ」ほか73年5月15日 - 74年3月30日)といった小説作品や、随筆『食事の情景』(「週刊朝日」72年1月7日号 - 73年7月27日号)なども執筆された。また、73年には「池波正太郎自選傑作集」全五巻を立風書房から刊行。仕掛人ものの『春雪仕掛針』がふたたび小説現代読者賞を受賞し、四月から『剣客商売』がテレビドラマ化。 1974年(昭和49年)、「週刊朝日」誌上の『真田太平記』(1月4日号 - 80年12月15日号)が加わり、同年にはこのほか『男振』(「太陽」7月号 - 77年9月号)の執筆もはじまり、2月には『必殺仕掛人』が映画化、11月には『秋風三国峠』が新国劇で上演された。1975年(昭和50年)、小説の発表は「鬼平」「剣客」「梅安」「真田」の四種のみとなったが、『梅安最合傘』で三たび小説現代読者賞受賞。劇作においても、新国劇のほかに、歌舞伎にも脚本を提供するようになり、原作・脚本両方を含め、『出刃打お玉』(2月歌舞伎座)、『剣客商売』(6月帝国劇場)、『必殺仕掛人』(9月明治座)『手越の平八』(11月明治座)の五つの舞台に係わり、翌1976年にはさらに『黒雲峠』(4月)、『江戸女草紙・出刃打お玉』(5月)、『侠客幡随院長兵衛』(10月)を上演。このうち『黒雲峠』と『江戸女草紙』では演出も担当した。
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