リヴィジョニズムと間テクスト性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:39 UTC 版)
「アラン・ムーア」の記事における「リヴィジョニズムと間テクスト性」の解説
常套的な表現やジャンルの慣習を覆す作品が多く、「リヴィジョニズム」の作風だとされる。フィクションにおけるリヴィジョニズムとは、既存の作品やジャンルに大きな改作を行い、原典の持つ意味や隠れたイデオロギーを批評的に描いて新しい読み方を提示することをいう。ムーアのスーパーヒーロー作品の多くはジャンルの基盤となるイデオロギーを問い直すものである。 マスクをつけて犯罪者を叩きのめすためにあちこちを訪ね回る。そうした人物は、実のところ自警団の顔をした精神異常者だ。満々とした復讐心に突き動かされるバットマン型の自警団的人物が実在するのなら、果たしてそれはなんだろう? 手短に答えれば、こうなる⸺狂人だ。 —アラン・ムーア ムーアは80年代に『ウォッチメン』などのシニカルなストーリーによって「ヒーロー=敬意の対象」という前提を過去のものにした。それはヒーローの意味についての内向きの省察であると同時に、ジャンルを再編成してより広いテーマを取り込んでいく運動でもあった。その結果、インモラルでニヒルなアンチヒーローや過激な暴力を特徴とする「グリム・アンド・グリッティ」がメインストリーム界に流行することになったが、暗いトーンはムーアのリヴィジョニズムの本質ではない。90年代以降のムーアはそのようなヒーロー像へのさらなるリヴィジョニズムとしてコミックの原点に立ち返ったキッチュとイノセンスを打ち出している。 スーパーヒーロー・ジャンルを離れても、古典文学からキャラクターを借用した「リーグ」や Lost Girls のように間テクスト性の強い作品が多い。アンナリーザ・ディ・リッドはムーアの作品に引用句、引喩、パロディ、… 良く知られた作品やパターンの再検討という形で常に間テクスト性が見られると述べている。さらに、ジェラール・ジュネットの分類でいう「パラテクスト性」「メタテクスト性」など、異なった形式の間テクスト性が同時に用いられる点が特徴的だとした。ダグラス・ウォーク(英語版)はムーアの作品のほとんどが既存のポップカルチャーを掘り下げる形で書かれていると論じ、著作リストのうち完全にオリジナルなのは片手で数えられるくらいと言っている。エアーズはムーアを既存のテクストを取り上げて作り変え、新鮮で力強く、なおかつ原典と豊かに響き合う何かを生み出す才能を持つ熟練の翻案家と呼び、カーペンターは本質は辛辣な風刺作家としている。 ランス・パーキンはムーアの間テクスト性の源流をコミック原体験に求め、スーパーヒーロー・コミックが過去の物語の絶えざる語り直しであり、それ自体の歴史や神話を題材とする自己完結的なメディアだと指摘した。ジェフ・クロックも述べているように、スーパーヒーロー・ジャンルで独自の作家性を発揮するには、既存のモチーフの再解釈という手段が取られるのが一般的である。パーキンによるとムーアはその手法を押し進め、コミックにとどまらず小説やジャーナリズムのようなあらゆるナラティヴを包含していったのだという。英文学者の福原俊平は、その間テクスト的な運動が物語が持つ可能性に対するムーアの信念の反映であり、コミックの形式を変革するため、また作品に時代と地域を超えた普遍性を与えるために活用されていると論じた。
※この「リヴィジョニズムと間テクスト性」の解説は、「アラン・ムーア」の解説の一部です。
「リヴィジョニズムと間テクスト性」を含む「アラン・ムーア」の記事については、「アラン・ムーア」の概要を参照ください。
- リヴィジョニズムと間テクスト性のページへのリンク