リンクに関する主張
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/05 14:51 UTC 版)
ネチケットの観点から、自分のウェブサイトへのリンクが作られることに対するウェブサイトオーナーの希望を尊重するよう財団法人インターネット協会は2001年に呼びかけた。 2003年前後に、無断リンクを控えるべきだという無断リンク否定派の立場と、そのような主張は無効であるという無断リンク許容派の立場がブログなどを舞台として論争を巻き起こした。否定派はインターネット上での儀礼的無関心の一環として無断でリンクをはられることを拒んでいるならそっとしておくべきだと主張し、肯定派はそもそもインターネットの設計思想からしてリンクするにも許可を要するのはナンセンスであると主張した(特に技術的な設計思想を過剰に強調する立場は俗にモヒカン族などといわれる)。 騒動の発端となったのは、松谷創一郎が「人目につくことを好まないAさんがひっそりとネット上で執筆している日記に、アクセス数の多いBさんの日記から無断でリンクが設置され、その影響でAさんの日記のアクセス数が激増し嫌気がさしたAさんは日記を削除し執筆をやめてしまった」という状況を想定し、通常は物理的な公共空間で要求される儀礼的無関心がインターネット上でも求められてもいいのではないかという問題提起を行ったことによる。 セキュリティ研究者の高木浩光によれば、無断リンク肯定派が挙げる根拠は以下のようなものである。 公表された著作物の適法な引用・参照は自由であり、リンクを設置する行為は単なる参照の一種に過ぎないので問題は無い 「著作権の関係から無断リンクは適切ではない」とする誤った解釈によるリンクポリシーの説明がしばしば見られ、それが不適切であるということを示す必要がある インターネットが公共のものであるという意識を共有するためには無断リンク禁止の環境は不適当である 影響力の大きい公的機関などのwebサイトでは無断リンクを禁止すべきではない 高木浩光は、無断リンクの是非の議論ではこれらの根拠が混同してしまっており、個人のサイト(私的領域)で無断リンクを拒む場合とマスコミや官庁など(公的領域)で無断リンクを拒む場合について論点を分けて議論すべきであると述べている。上で挙げた以外の肯定派の意見としては、「そもそもリンクの許可をいちいちとることのほうが迷惑である」というものもある。 社会学者の北田暁大によると、例えばアカデミズムにおいて他の研究者の論文を引用する際に出典を明示するといった制度では「固有名・公開性・公共性」の理想的な関係性が共有されているが、ネット文化ではそれら三者の関係が共有されていないことが問題を発生させているのだという。そして、ネット上での儀礼的無関心の問題はいくら技術的進歩やメディアリテラシー教育が盛んになってもついて廻る問題になるだろうと述べている。 批評家・社会学者の濱野智史は、一連の議論により儀礼的無関心とは「他人の日記をこっそり盗み見たい」という欲望に支えられたものであることが提示され、本来の論点ではなくこのような欲望を肯定できるかどうかというところに議論が収束してしまったと指摘している。また、無断リンクを忌避する儀礼的無関心に近い事例として、電子掲示板2ちゃんねる上における「(hを抜いて)ttp://…から始まるURLを書いて直接リンクを避ける」という暗黙の風習(h抜き)や「URLをクリックするといったん広告バナーを含むページが中間に挟まれる」というシステムを挙げている。
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