ヘイズ・コード成立の経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/17 19:28 UTC 版)
「ヘイズ・コード」の記事における「ヘイズ・コード成立の経緯」の解説
1929年、大手業界紙 en:Motion Picture Heraldの編集者でカトリックの信徒であるマーティン・クィッグリーと、イエズス会士であるダニエル・A・ロード神父は、映画向けの倫理規定を作成し 、映画スタジオに送った。子どもは特に誘惑に弱いことから、ロードは映画が子供に与える影響について人一倍懸念していた 。1930年2月、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーのアーヴィン・タルバーグら映画スタジオの代表者数名が、ロードとクィッグリーに会った。いくつかの修正を経て、彼らは規定の条項を作ることに同意した。彼らが規定を受け入れた大きな理由の一つに、政府による介入を避けるためであるということが挙げられる。 もし映画のシーンを変更したり、カットする必要があった場合、元米国赤十字代表のジェイソン・S・ジョイ大佐が代表を務めるStudio Relations Committeeが制作現場を監視したり、スタジオに勧告することになった 。同年3月31日MPPDAは、その規定を遵守することに同意した。 その規定は2つの章に分かれている。前半は道徳に重きを置いた大原則集で、後半は"とくに遵守すべき項目集"であり、後者には映画内では用いることができない要素が列挙されている。 同性愛の表現や特定の卑語の使用を禁じるなどといった一部の規制については、暗黙の了解とみなされていたため明文化されなかった。 異人種間の混交も禁じられた。また、"成人向け映画"の概念は、既定の志向が難しく、"成人向け"というカテゴライズの効能が弱まるとして、うやむやになった。ただし、「年少者にとっては明らかに有害である一方、分別のあるものはその有害性を理解できるため受容しても害のない」要素は、映画に使うことが認められた 。もし保護者の監督のもとで子どもが映画を見る際、本編中にそのような要素を暗にほのめかす描写があった場合、保護者は子供が映画の影響を受けて犯罪に走ることを考慮してよいと定められた 。 この規定は、映画の内容に関する者だけでなく、伝統的な価値観を推進するものも含まれていた。たとえば、夫婦関係から外れた性的な関係は魅力的もしくは美的なものとして描くことはできず、したがってその関係を情熱を呼び起こすようなものもしくは許されるものとして話を進めることは許されないと定められている。また、全ての犯罪行為は罰せられるべきものであるとされ、犯罪者及びその罪状に対して観客の共感を引き出すような描写は許されず、観客が"補正された道徳的価値観"と照らし合わせて「そのような行為は悪である」と判断できるような描写にしなくてはならないと定められた。権威あるものは敬意をもって描写せねばならず、聖職者を悪党もしくは道化役として描くことは許されなかった。ただし、例外として、ある状況のもとで政治家・警察官・判事を悪党として描くことは許された 。 カトリックの文体で書かれたこの規定は、「映画は道徳に悪影響を与える一方で、道徳において大きな意味を持つ存在であるから、慎重に扱うようにすべき」としている。当初はこの規定の機密においてカトリックの影響力を保つことになっていた。そのため、「映画を通じて悪行は悪いもので、善行は正しいことであると観客が確信する」という主題がこの規定の中で頻出した 。なお、この規定には、広告のキャッチコピーや画像を対象としたアドヴァタイジング・コードという付録も存在した。
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