ブランド消滅と復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/24 17:24 UTC 版)
高度経済成長以降農村部での離農が進み、農耕の機械化によって牛の飼育頭数は減少した。共進会で優秀な成績を収めていた広島県産の和牛は他県の家畜改良事業団に売られていたほどであったものの、広島県でも同様の傾向にあった。更に日米貿易摩擦によって牛肉の輸入自由化が迫っていた。また当時比婆牛の生産者はその誇りから、優秀な他県産や同県の神石産であってもその血を導入することを嫌がったため、専門家によって比婆牛の近交係数上昇が問題視されていた。 そうした中で1972年(昭和47年)農林省(現農林水産省)肉用牛育種集団事業の開始を受けて広島県では比婆牛と神石牛の系統間クロス交配による新たな和牛造成が始まった。そこから比婆牛は第4回・第5回全国和牛能力共進会で内閣総理大臣賞、1988年(昭和63年)農林水産祭で畜産部門最高賞である天皇杯を受賞し、全国でその名を高めた。 のちに広島県では他産地との差別化戦略として県統一ブランド「広島牛」構築が始まり、同時に広島県で流通する和牛を広島牛で統一することになり1986年(昭和61年)市場に公表した。ここで比婆牛ブランドの牛肉は国内流通市場から消滅した。 GATTウルグアイ・ラウンド以降の1995年(平成7年)から牛肉輸入枠が撤廃されるものの和牛が高付加価値商品として生き残れると認識され、2001年(平成13年)からのBSE問題、2003年(平成15年)からの平成の市町村大合併、などから日本各地で差別化として和牛地域ブランドは増加した。ただ広島牛は、生産者の高齢化などによって飼育頭数は減少したことに加え、他県産ブランドの台頭に対して後手を踏んでいた。また日豪EPAやTPPなどの交渉が進む中で今後更に牛肉市場で厳しい状況になることが予想された。 そうした中で広島県でブランドの再構築が行われた。これは血統に着目したもので、2013年(平成25年)新たな県域ブランド「広島血統和牛元就」を立ち上げ、これに続いて比婆牛・神石牛が地域ブランドとして復活することになった。 これにあわせて庄原市関係機関における比婆牛ブランドの再構築が行われた。2014年(平成26年)生産者・庄原市・JA庄原など関係機関7団体で「あづま蔓振興会」を設立、比婆牛ブランドの新たな認証制度を構築し広報および販売に取り組んでいる。
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ブランド消滅と復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 09:00 UTC 版)
高度経済成長以降農村部での離農が進み、農耕の機械化によって牛の飼育頭数は減少した。共進会で優秀な成績を収めていた広島県産の和牛は他県の家畜改良事業団に売られていたほどであったものの、広島県でも同様の傾向にあった。更に日米貿易摩擦によって牛肉の輸入自由化が迫っていた。また当時神石牛の生産者はその誇りから、優秀な他県産や同県の比婆産であってもその血を導入することを嫌がったため、専門家によって神石牛の近交係数上昇が問題視されていた。 そうした中で1972年(昭和47年)農林省(現農林水産省)肉用牛育種集団事業の開始を受けて広島県では神石牛と比婆牛の系統間クロス交配による新たな和牛造成が始まった。そこから「第3神竜の4」号が1980年神石郡神石町で生まれ、1982年第4回全国和牛能力共進会(全共)において若雄3区で優等賞首席を受賞した。この第3神竜の4号の産子も1992年第6回全共において肉牛の部金賞主席を受賞している。 のちに広島県では他産地との差別化戦略として県統一ブランド「広島牛」構築が始まり、同時に広島県で流通する和牛を広島牛で統一することになり1986年(昭和61年)市場に公表した。ここで神石牛ブランドの牛肉は国内流通市場から消滅した。 GATTウルグアイ・ラウンド以降の1995年(平成7年)から牛肉輸入枠が撤廃されるものの和牛が高付加価値商品として生き残れると認識され、2001年(平成13年)からのBSE問題、2003年(平成15年)からの平成の市町村大合併、などから日本各地で差別化として和牛地域ブランドは増加した。ただ広島牛は、生産者の高齢化などによって飼育頭数は減少したことに加え、他県産ブランドの台頭に対して後手を踏んでいた。 そうした中で広島県でブランドの再構築が行われた。これは血統に着目したもので、2013年(平成25年)新たな県域ブランド「広島血統和牛元就」を立ち上げ、これに続いて神石牛・比婆牛が地域ブランドとして復活することになった。 これにあわせて神石牛ブランドの再構築が行われた。2014年11月神石高原町・和牛改良組合・商工会・JA福山市など関係8団体で神石牛進行協議会を結成、2015年3月振興協議会による神石牛ブランドの新たな認証制度を構築し広報および販売に取り組んでいる。
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