サンフレッチェ‐ひろしま【サンフレッチェ広島】
サンフレッチェ広島
法人名 | 株式会社 サンフレッチェ広島 代表取締役社長 本谷 祐一 |
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Jリーグ加盟年 | 1991年 |
呼称 | サンフレッチェ広島 |
クラブ所在地 | 〒733-0036 広島県広島市西区観音新町4-10-2 広島西飛行場ターミナルビル1F |
ホームタウン | 広島県広島市 |
ホームスタジアム | 広島ビッグアーチ(収容人数:50,000人) |
チーム名の由来 | SANFRECCEは日本語の「三」とイタリア語の「フレッチェ=矢」を合わせたもので、広島に縁の深い戦国武将、毛利元就の故事に由来し、「三本の矢」を意味。 |
クラブカラー | 紫 |
ファンクラブ | Tel.082-297-5353 サンフレッチェクラブ事務局 |
ホームページ | http://www.sanfrecce.co.jp/ |
サンフレッチェ広島F.C
(サンフレッチェ 広島 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/04 09:42 UTC 版)
サンフレッチェ広島F.C(サンフレッチェひろしまエフシー、英: Sanfrecce Hiroshima F.C)は、日本の広島県広島市をホームタウンとする[2]、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。Jリーグ創設当初からのチーム、オリジナル10の1つ。呼称はサンフレッチェ広島(サンフレッチェひろしま)。
- 1 サンフレッチェ広島F.Cとは
- 2 サンフレッチェ広島F.Cの概要
サンフレッチェ広島(2次)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 05:30 UTC 版)
「林卓人」の記事における「サンフレッチェ広島(2次)」の解説
2014年、西川周作の浦和レッドダイヤモンズ移籍に伴い正GKを探していたサンフレッチェ広島に完全移籍。10年ぶりの古巣復帰となった。同年開幕節の対セレッソ大阪戦(長居)で219試合連続出場を達成し、これまで服部公太が持っていたリーグ戦連続出場記録を更新した。なお、林は同年第18節の対鹿島アントラーズ戦(カシマ)を欠場したため、この記録は235試合で止まっている。また、この記録は同年に鹿島の曽ヶ端準によって破られている。 2015年、J1リーグ優勝に守護神として貢献。平均失点0.88、被シュート成功率6.5パーセントは、ともにリーグナンバー1。シーズン終盤には3本連続PKストップを見せた。 2018年、2・3月月間MVPに選出。この間の5試合での失点はわずかに1点のみだった。同年は2年振りにリーグ戦全試合出場を果たした。 2019年は開幕前に負傷離脱すると、その代役に抜擢された加入2年目の大迫敬介がレギュラーに定着。第1期広島時代を除くと自己最低のリーグ戦4試合の出場にとどまった。 2020年も序盤こそは大迫にポジションを譲るもシーズン途中でポジションを奪取し、守護神に返り咲き、結局このシーズンは大迫を上回る19試合に出場した。 2021年の開幕戦は再び大迫に先発を奪われ、控えからのスタートとなったが、夏場以降は大迫の不調もあってシーズン終了までレギュラーとして出場し、11試合に出場した。
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「サンフレッチェ広島」の例文・使い方・用例・文例
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