エンキとイナンナ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 05:01 UTC 版)
エンキは、女神イナンナに対しては、非家父長制的な側面を見せている。 ウルクのエアンナ寺院の若い女神イナンナにまつわる神話「エンキとイナンナ」によれば、あるとき、年老いたエリドゥの神エンキが訪れ、饗宴のもてなしを受けた。その宴においてエンキは、イナンナにビールをすすめて誘惑しようとしたが、彼女は純潔を守った。反対に、エンキは酔っ払ってしまった。そして彼は彼女に気前よく、文明生活の恵み「メー」をすべて与えてしまった。次の朝、二日酔い気分で、彼は召使のイシムード(英語版)にメーのありかをたずねたが、そのとき初めて彼はメーを失ったことを知った。彼は取り乱し、メーを取り戻すためにガラの悪魔を差し向けたが、イナンナはその追跡から逃がれ、ウルクの川岸に無事たどりついた。エンキはだまされたことを悟り、最終的に、ウルクとの永遠の講和を受け入れた。この神話は、太初において、政治的権威がエンキの都市エリドゥからイナンナの都市ウルクに移行するという事件を示唆していると考えられる。 「イナンナの冥界下り」という神話においては、次のような物語がある。あるとき、イナンナは、姉妹である女神エレシュキガルのもとを訪れた。エレシュキガルは、夫グガランナ(Gugalana:Guは「雄牛」、Galは「偉大な」、Anaは「天」の意)を、人間の英雄ギルガメシュとエンキドゥに殺されて喪に服しており、イナンナは彼女を慰問したのであった。金星を司る女神イナンナは出発に際し、宵の明星として彼女の代役をつとめることもある、しもべのニンシュブール(Ninshubur:Ninは「女性」、Shuburは「夕べ」の意)に対し、もし自分が3日のうちに帰還しなければ、イナンナの父神アン、神々の王エンリル、ないしはエンキに助けを求めるよう命じておいた。果たしてイナンナは3日のうちに戻らなかったので、ニンシュブールは、まずアンに助けを求めたが、彼はイナンナは力の強い女神であるから大丈夫であると言うのみであった。次にニンシュブールはエンリルに助けを求めたが、彼は宇宙を運営するので手一杯であるとして取りあわなかった。最後にニンシュブールは、エンキに助けを求めた。エンキはイナンナを心配し、配下のガラの悪魔、すなわち、神の指の爪の下の汚物から作られた性別のない存在であるガラトゥッラ(Galaturra)とクルガッラ(Kurgarra)を放ち、女神イナンナを取り戻した。 この話に現れるガラの悪魔は、ギリシャ・ローマにおいては、女神キュベレーの信奉者である去勢された男性を指す「ガリ」(Galli)の語源となっていると考えられる。彼らは、宗教儀礼において重要な役割を果たしていた。また、アメリカインディアンの部族の中にも、一人の人格の中に男性と女性の両方が出現するバーダッシェ(berdache)と呼ばれる人々がいるが、同様に宗教・生活において重要な役割を果たしていた。 また、「イナンナとシュカレトゥーダ(Shukaletuda)」という物語では、次のような話がある。庭師のシュカレトゥーダはあるとき、エンキの命令でナツメヤシの木の手入れをしていたところ、木の下でイナンナが眠っているところに出くわし、そのままイナンナを犯してしまった。イナンナは、目が覚めて自分が犯されたことがわかると、犯人を探して処罰しようとした。シュカレトゥーダは、エンキに庇護を求めた(ちなみに、フランスのジャン・ボッテロ(Jean Bottero)は、エンキがシュカレトゥーダの父親であると考えている)。エンキはシュカレトゥーダに、古典的なやり方ではあるが、イナンナに見つからないためには、町の中に隠れるのがよいと助言した。エンキとしては、助けを求める者には誰にでも神として庇護を与えるべき体面と、イナンナについてはメーの力を与えるまでの深い関係にあることとの間で、微妙な立場に置かれてしまった。エンキは、偉大なる審判者としての立場からであるとして、イナンナに対して、衝動的な怒りはおさえるようにと働きかけた。ところが、ようやくイナンナの怒りがしずまったところで、今度は彼女もまたエンキに対し、アヌンナキおよびイギギの神々の集会において、今回の件での代弁者となってほしいと、助けを求めてきた。イナンナが今回の件についてわけを話すと、彼は正義が行われる必要があると言って援助を約束し、とうとう彼女にシュカレトゥーダの居場所を教えてしまった。
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