アイヌの人の名前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 01:25 UTC 版)
「アイヌ名」、「アイヌの歴史」、「アイヌ文化」、および「アイヌ語」も参照 北海道、樺太、北方領土、千島列島の先住民族であるアイヌは、今でこそ彼らが居住する地域の大勢を占める日本式の姓名を名乗っている。しかし、幕末までは民族の伝統に即した命名のもとに人生を送っていた。また、チュプカ諸島(新知郡・占守郡)の千島アイヌも伝統を保っていたが、18世紀にロシアに征服され支配下に置かれた後はロシア式の姓名を名乗っていた。生まれて間もない赤子には正式の名前を付けず、泣き声から「アイアイ」、あるいは「テイネㇷ゚」(濡れたもの)、「ポイソン」(小さな古糞)、「ションタㇰ」(糞の固まり)など、わざと汚らしい名前で呼ぶ。死亡率が高い幼児を病魔から守るための配慮で、きれいなものを好み、汚いものを嫌がる病魔から嫌われるようにとの考えである。あるいは「レサク」(名無し)など、はじめから存在しないことにして病魔を欺く。 ある程度成長して、それぞれの個性が現れ始めると「本式」の名前がつけられる。「ハクマックㇽ」(あわて者)、「クーカㇽクㇽ」(弓を作る者)、「クーチンコㇿ」(弓と毛皮干しの枠を持つ者)、「ムイサシマッ」(掃く女)、「キナラブック」(蒲の節をいじる者)、「タネランケマッ」(種まき女)、「イウタニマッ」(杵の女)、「カクラ」(ナマコのように寝転ぶ)、「カムイマ」(熊の肉を焼く)など。 また、病弱な子供や並外れて容貌に優れた子供は、綺麗なものを好むという病魔から嫌われるよう、神に見込まれて天界に連れて行かれる=死ぬことのないよう、幼児と同じように汚らしい名前をつける。「トゥルシノ」(垢まみれ)、「エカシオトンプイ」(爺さんの肛門)などの例がある。このような例は、諸民族においても珍しい事例ではなく、例えば日本では牛若丸など武士の子の幼名に頻繁に使われた「丸」という字は、古来、糞を意味していた。また、中国でも前漢の武帝は、魔除けのために「彘(てい:ブタの意)」という幼名を付けられた。 妻は夫の名前を呼ぶことが許されず、すでに死んだ人間の名を命名することは不吉とされ、他人と似た名はその人に行くはずの不幸を呼び込むものとされていたので、とにかく人と違う、独創的な名前を命名するよう心がけていた。また、大きな災難に遭遇したり、似た名前の者が死んだりした場合は「名前が災難に好かれた」との考えから、すぐに改名した。そのためアイヌ民族には「太郎と花子」「ジョンとエリザベス」のような、「平凡な名前」「民族を代表する名前」が存在しない。 日本においては明治初期になると戸籍法や平民苗字必称義務令の浸透から、アイヌもそれまでの名前を意訳、あるいは漢字で音訳した「日本式の姓」を名乗るようになったが、「名前」は明治中期までは、それまでのアイヌ語式がかなりの例で受け継がれていた。戸籍に名を記入する際は、アイヌ語の名前を見ただけでは男女の区別がつきかねる和人のために、男性はカタカナで、女性はひらがなで記入されていた。
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