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ピリカ遺跡

名称: ピリカ遺跡
ふりがな ぴりかいせき
種別 史跡
種別2:
都道府県 北海道
市区町村 瀬棚郡今金町
管理団体
指定年月日 1994.04.26(平成6.04.26)
指定基準 史1
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: ピリカ遺跡は、北海道南部渡島半島北部位置する半島分水嶺にある美利河峠に近い日本海寄り山間部後志利別川の上流域にある。そこにピリカダムが建設されることとなり、ダム築堤用の粘土を得るために予定周辺土質調査実施して発見された。遺跡は、後志利別川とピリカベツ川が合流する地点に近い眺望のよい標高150メートルほどの丘陵北から西斜面にある。昭和58年には、ダム建設用の粘土採掘先立って北海道教育委員会確認調査5859年には、財団法人北海道埋蔵文化財センターが約1,600平方メートル発掘調査した。その結果遺跡重要性明らかになり、現状保存されることとなった。ついで昭和6263年には、今金町教育委員会遺跡範囲確認する調査実施した
 この遺跡では、狭い谷を挟んで西に細長く並行して伸びる二筋丘陵上の平坦地から、より高い背後斜面にかけて、東西1,000メートル南北200メートル範囲石器分布する。特にそれぞれの丘陵先端部には、石器折り重なって濃密存在している。石器は、表土下に堆積している厚さメートルほどの粘土層の中から三層わたって発見され最下層峠下型の細石刃荒屋彫刻刀石器特徴とし、中層からは湧別技法類似する細石刃蘭越細石刃特徴とする2つ石器群、上層からは有舌尖頭器大型両面加工尖頭器局部磨製や打製石斧などからなる石器群と、有舌尖頭器いわゆる多面体彫器などからなる石器群が発見された。いずれも発達した石刃技法持ち細石刃特色とする石器群から有舌尖頭器大型両面加工尖頭器などの各種尖頭器への変遷層位的に検証することができた。
 石器合計16か所から総計11万点数え膨大な量が出土した石器総数85パーセントほどは頁岩、ついでメノウ10パーセント弱を占める。いずれも遺跡から5キロメートルほど離れた内浦湾側へ東流するトワルベツ川ほかの上流域から得られたものと考えられる頁岩ふんだんに使用されたため、石器大型作られ多数接合資料発見されている。また遺跡外に搬出し、石核各種尖頭器などの製作に用いるために調整した考えられる大型両面加工石器発見されているなど、典型的な原石産地遺跡様相をもつ。多数接合資料は、石器製作の工程をも良好かつ具体的に示す。
 一方で中層蘭越細石刃特徴とする石器群に伴って、この時期ではきわめて希な装身具である径4~9ミリメートル小玉が、2か所にまとまって計7個発見された。いずれもカンラン岩一種ダナイト製作されているが、ここで使用されているダナイト本邦では産しないため東北アジアからもたらされ可能性指摘されている。また前述のような各種石器の他に、台石石皿敲石磨石なども出土している。遺構としてはエゾマツ・グイマツ・ハイマツなどの針葉樹焼いた炭粒のまとまりを7か所、焼けた土のまとまりを7か所発見したいずれも大きさ10センチメートルから5メートル弱の不整形呈し焚火の跡と考えられる装身具一般的な生活用具焚火跡発見は、生活の根拠地であったことも示している。
 このように遺跡は、大規模な旧石器時代の遺跡であり、層位的な発掘例の少な北海道において石器群の遍歴明瞭にたどれる代表的な遺跡である。また、生活痕跡不明瞭な旧石器時代において焚火跡あるいは典型的な石器製作跡を良好に残している。さらに、東北アジアからもたされたと推定される日本最古小玉注目される。これらの点で、本遺跡日本の旧石器時代から縄文時代初頭にかけての歴史正しく理解するために欠くことができない重要な遺跡である。よって史跡指定し、その保存図ろうとするものである



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