「偽り」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 00:21 UTC 版)
本篇では、「偽り(の人)」について、高名なソフィストであるヒッピアスを相手に、ソクラテスによる執拗な追求・問答が繰り広げられる。 「偽りの人」とは、 人を欺くことにかけての「能力」「知恵」を持ち、それを「故意」に駆使できる者である という定義から議論は始まる。 ソクラテスは「故意」の部分に着目し、(「偶然」「無自覚」ではなく)「故意」に人を欺くためには、それぞれの分野・技術についての「能力」「知恵」に優れている必要であり、それぞれの分野・技術において「最も真実を語れる(成せる)人」が、「最も(故意に)偽りを語れる(成せる)人」であると指摘、したがって、(「真実の人」と「偽りの人」は別ものであり、前者の方が優れているというヒッピアスの当初の主張とは異なり) 「真実の人」と「偽りの人」は同一である という命題を提示する。 その後ソクラテスは、様々な技術・知恵について、「故意」に過ちを犯す者の方が、「無自覚」に過ちを犯す者よりも、能力・知恵が高く、優れていること検証していき、「故意の偽り」と「能力・知恵の高さ」の不可分性を確定していく。 そして最終的に、「正義・徳・善」といったものも、それが「能力」「知恵」である以上、それを持ち合わせた者こそが、故意にその反対を成すことができると述べる。 この「故意の偽り」の問題は、プラトンにおいては専ら「ソフィスト」や、彼らが扱う「弁論術(レートリケー)」「論争術(エリスティケー)」と関係してくる問題であり、本篇の後には、『エウテュデモス』『ゴルギアス』『パイドロス』『ソピステス』といった初期・中期・後期対話篇において、繰り返し重要な話題として言及される。 (※なお、「ソフィスト」に加えて、『ソクラテスの弁明』『イオン』『ゴルギアス』『メノン』『国家』等でも言及されているように、「政治家」や「詩人」も、こうした「偽りの人」の中に加えることができるが、「政治家」や「詩人」の「偽り」については、比較的「無知/習性 (ゆえの偽り)」が強調されがちで、(一部の拝金的な詩人を除けば) ソフィスト程には「(偽りの) 故意性」は強調されない。) そして、本篇でも言及されているように、この「故意の偽り」の問題には、主として、 「偽る能力」と「真実を知る(述べる)能力」の一致性・同等性 「故意に偽れる能力」を実際に使用するのかどうか、その「正・不正」や「動機付け」 という2つの論点が関わっており、プラトンはこれらに関して、 両者は一致しているが、「弁証術(ディアレクティケー)」によって、「対象の真実」を正確に把握している哲学者(愛知者)の方が、「対象の真実」を知らないまま「弁論術(レートリケー)」や「論争術(エリスティケー)」を操っているだけのソフィスト・弁論家よりも、その能力は高い。 哲学者(愛知者)は、(上記の通り)「偽る能力」も高いけれども、その動機・目的が「真・善・美の追求・探求」「神々に対して正しくあること」なので、故意に偽るようなことは無いが、ソフィストは「金儲け・私利私欲」がその動機・目的なので、故意に偽る。 といった、「哲学者(愛知者)」と「ソフィスト」に関する対比的な説明を行なっている。 (※ただし、プラトンは他方で、『国家』の第2巻 (382D) や第3巻 (389B, 414B)、あるいは『法律』の第2巻 (663D-E) などにおいて、「若者・国民を善導するための「有益な偽り (作り話)」なら許される」という趣旨の主張を、繰り返し述べている点にも、留意が必要である。(更には、『国家』の第5巻 (459D-460A) や、その内容を反復した『ティマイオス』の冒頭 (18D-E) などでは、「優秀な男女」と「劣った男女」をそれぞれ結び付けて、「優秀な血統」のみを残すために、(「婚姻決定のくじ引き」に細工するといった)「偽り/欺き」を用いることすらも、肯定している。) プラトンが様々な対話篇の中で述べている、冥府や宇宙その他の神話や、魂の不死に関しても、「そう考えた方が、勇気づけられ、努力・精進の糧となる」といった趣旨の実践後押しの意図や、実践的な勧奨・命令などの付言と共に述べられることが多いため、こうした意図の下で述べられていると考えられる。) また、この「故意の偽り」に関しては、『エウテュデモス』や『ソピステス』にて言及されている、「有名な詭弁」と「パルメニデスの主張」の、たまたま一致・重複する部分としての、 「虚偽不可能説」(虚偽を行うことは(原理的に)不可能) といったものがあり、『ソピステス』では、プラトンは長い記述を割いて、その反証を行なっている。
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