石油タンカー 石油タンカーの概要

石油タンカー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/04 06:37 UTC 版)

石油タンカー「アブ・カイク」Ab Qaiq
石油タンカーの側面図

概要

石油タンカーには2つの基本的な分類があり、原油タンカーとプロダクトタンカーに分けられる[1]。原油タンカーは大量の原油を油田から製油所まで輸送する[1]。プロダクトタンカーは一般的にかなり小さく、石油化学製品を製油所から消費市場の近くまで輸送するために設計されている。

石油タンカーは、その使用目的だけではなく大きさによっても分類されている。載貨重量トン数にして数千トン程度の内水面・沿岸用タンカーから、55万トンに達するマンモススーパータンカーまである。2006年6月時点で、1万載貨重量トンを超える石油タンカーは4,024隻ある[2]タンカーは年間およそ20億トンの石油を輸送している[3][4]。効率の点ではパイプラインに次ぎ[4]、タンカーによる石油輸送の平均費用は1 ガロン(3.79 リットル)あたり2 - 3 セント程度である[4]

特殊化した石油タンカーが発展していった。こうした中の1つとして、動いている船に燃料を補給することのできる補給艦がある。標準の石油タンカーの設計の派生形としては他に、鉱石・石油兼用船や、半永久的に繋留されて用いられる浮体式生産貯蔵積出設備などがある。石油タンカーはこれまでに、多くの被害をもたらし世間の耳目を集めた石油流出事故に関わってきた。その結果として石油タンカーの設計と運航には厳しい規制が課されている。

歴史

フォールズ・オブ・クライド英語版」は、アメリカで現存している最も古いタンカーで、世界で唯一の現存する帆走タンカーである[5]

石油輸送の技術は石油産業と共に発展した。人類による石油の利用は先史時代にまで遡るが、最初の近代的・商業的な利用は1850年ジェームズ・ヤング英語版によるパラフィンの生産からとなる[6]。こうした初期には、ミャンマー北部からの石油は陶器の容器に入れて川岸まで輸送され、そこで船倉に入れられていた[7]

1850年代には、ペンシルベニア州タイタスビル英語版近郊でエドウィン・ドレーク英語版が石油を掘り当てて以来、ペンシルベニア州の油田が主な石油の供給源となり、また革新の中心となった[7]アメリカ合衆国で最初の油田はこの地に1859年に掘られ、当初は1日10 バレルほどの産出であった[8]。2年以内にタイタスビルの油田は1日3,000 バレルの石油を供給するようになった[8]。この頃には既に石油は、屋内・屋外での照明といった用途に用いられる油として、クジラ野菜から採れる油を置き換えるようになりつつあり、また大西洋を横断した輸出も開始された[8]

ペンシルベニア産の石油は当初、40 米ガロン(150 リットル)の木製のに入れられて、混載のボートやが輸送に用いられた[7]。しかし樽による輸送にはいくつかの問題があった。最初の問題は重量で、標準的な空の樽は64 ポンド(約29 kg)ほどで、これは中を満たした樽の全重量の20 パーセントほどに相当する[9]。また、樽は中身が漏れやすく、一方向への輸送にしか用いることができない[9]。そして最後に、樽はそれ自体が値の張るものである。例えば、ロシアの石油産業発展の初期には、樽の値段は石油生産価格の半分を占めていた[9]

ばら積みでの石油の輸送が多くの地域で多くの手段で試みられた。石油のパイプラインは1860年から存在している[7]。1863年、2隻の帆走タンカーがイングランドタイン川で建造された[10]。これに続いて、1873年に最初の蒸気推進タンカーであるVaderlandベルギーの所有者向けにパーマーズ・シップビルディング・アンド・アイアン・カンパニー英語版によって建造された[10][8]。こうした船の使用は、安全上の問題を懸念したアメリカとベルギーの当局によって抑えられた[11]。1871年時点で、ペンシルベニア油田では石油輸送艀と、今日用いられているものに似た鉄道のタンク車を限定的に用いていた[7]

ノーベル兄弟

1876年に、アルフレッド・ノーベルの兄弟であるルートヴィヒ・ノーベル英語版ロベルト・ノーベル英語版アゼルバイジャンバクーで、ノーベル兄弟石油会社 (ブラノーベル英語版) を設立した。19世紀末期、この会社は世界最大級の石油会社であった。

ルードヴィヒは、初期のタンカー開発のパイオニアである。彼はまず、一重船殻の艀で石油をばら積みして運ぶことを試みた[9]。彼が自航式のタンカーへ関心を移すと、多くの問題点にぶつかった。最初の問題点は、火災を避けるために積み荷とそこから出るガスを機関室から隔離することであった[12]。他の問題点としては、温度変化に応じて積み荷が膨張・収縮できるようにしたり、タンクに換気の方法を備えたりといったことがあった[12]

世界で最初の成功した石油タンカーは、ノーベルの「ゾロアスター」(Zoroaster) であった。彼はSven Almqvistと共にスウェーデンヨーテボリでこの船を設計した[12]。建造契約は1878年1月に結ばれ、その年のうちにバクーからアストラハンまで最初の航海を行った[12]。ノーベルは、タンカーの設計のどの部分も特許を取得しなかったので、ゾロアスターの設計は広く研究されコピーされた[12]。1878年10月、彼は同じ設計の2隻のタンカー、「ブッダ」(Buddha)、「ノルデンフェールド」(Nordenskjöld) をさらに発注した[12]

ゾロアスターは、242 ロングトンの灯油を、パイプで連結された2つの鉄製タンクに入れて輸送した[12]。船の中央に機関室が置かれ、1つのタンクがその前方に、もう1つが後方に置かれた[12]。この船は、予備浮力のために21の垂直防水区画を備えていたことがもう1つの特徴であった[12]。船の全長は184 フィート(56 m)、全幅は27 フィート(8.2 m)、喫水は9 フィート(2.7 m)であった[12]。ノーベルの以降のタンカーとは異なり、ゾロアスターの設計はスウェーデンからカスピ海まで、バルト海ラドガ湖オネガ湖ルイビンスクヴォルガ・バルト水路ヴォルガ川を経由して航海できるようになっていた[12]

ノーベルはそれから、単一船殻設計を採用し始めた。これは船体がタンクの構造の一部をなすものである[12]。1880年11月、彼は最初の単一船殻タンカーである「モーゼ」(Moses) を発注した[12]。1年以内に彼はさらに「モハメド」(Mohammed)、「タターリン」(Tatarin)、「ブラマ」(Bramah)、「スピノザ」(Spinoza)、「ソクラテス」(Socrates)、「ダーウィン」(Darwin)、「コーラン」(Koran)、「タルムード」(Talmud)、「カルマック」(Calmuck)と7隻の単一船殻タンカーを発注した[12]

ブラノーベルは、初期の石油タンカーの事故も経験している。1881年にゾロアスターの姉妹船、ノルデンフェールドはバクーで灯油を搭載している最中に爆発した[12]。船が突風に煽られて、灯油を流し込んでいたパイプが船倉から引き離されてしまった[12]。そして灯油は甲板に漏れ出し、機械工が灯油ランプの明かりで作業をしていた機関室に流れ込んだ[12]。これにより船は爆発し、乗員の半数が死亡した[12]。ノーベルはこの事故に対して、漏れがより起こりにくい柔軟な積み込みパイプを作ることで対策した[13]

1883年に石油タンカーの設計は大きく進歩した。ノーベルの会社で働いていたヘンリー・F・スワン (Henry F. Swan) が、ノーベルの3隻のタンカーを設計した[14]。1つか2つの大きな船倉を備える代わりに、スワンの設計では船を横方向の間仕切りでいくつかに分割した船倉を用いていた[14]。これらの船倉はさらに縦方向の間仕切りで右舷側と左舷側に分割されていた[14]。初期の設計では、石油がタンク内で跳ね回って船を転覆させてしまう自由表面効果英語版による安定性問題を抱えていた[15]。しかし船の貯蔵スペースを小さなタンクに分割してしまうという方法では、自由表面効果をほとんどなくすことができた[15]。この現代ではほとんど一般的となった方法は、最初にスワンによってノーベルのタンカー、「ブレスク」(Blesk)、「ルーメン」(Lumen)、「ルックス」(Lux)に用いられた[14][16]

1903年、ノーベル兄弟は、それまでの蒸気機関とは対照的に、内燃機関で航行する2隻の石油タンカーを建造した[10]。「ヴァンダル」(Vandal)、「サラマート」(Sarmat) は、最初のディーゼル・エレクトリック船でもあり、750 ロングトンの精製された石油を輸送でき、360 馬力(270 kW)のディーゼルエンジンで駆動されていた[17]。この同じ会社は、すぐにより大きな「エマニュエル・ノーベル」(Emanuel Nobel) や「カール・ハゲリン」(Karl Hagelin) などの4,600 トンで1,200馬力のエンジンを備えた灯油用タンカーの建造へ向かった[18]

濃霧のためにファイア島英語版のブルー・ポイント・ビーチ (Blue Point Beach) に座礁した「グリュックアウフ」

「グリュックアウフ」(Glückauf) により、タンカーの設計がさらに大きな前進をした[19]。これもまたスワンの設計によるもので、この船は「以降の全てのタンカーの真の先駆者」と呼ばれている[19]。特徴としては、甲板から操作可能なバルブ、石油の主配管、蒸気管、安全を向上するための防油区画、積み荷を載せていない時に海水をバラスト水として搭載する能力などがあった[19]スタンダード・オイルの代理人であったヴィルヘルム・アントン・リーデマン (Wilhelm Anton Riedemann) によりグリュックアウフとその姉妹船が数隻購入された[19]。1893年にグリュックアウフが失われると、スタンダード・オイルは姉妹船を購入した[19]

スタンダード・オイルの独占を打破する

1880年代にはまた、アジアとの石油貿易が開始された[20]。ロシアの石油を極東スエズ運河経由で輸送することになる発案は、貿易業者のマーカス・サミュエルと船のオーナーでブローカーのフレッド・レーン (Fred Lane) によるものであった[20]。それ以前にスエズ運河を通して石油を輸送しようとする試みは、あまりにリスクが大きいとしてスエズ運河会社により拒否されていた[20]。この問題に対してサミュエルは異なる方法を採った。スエズ運河会社に対して、運河の通航を許可できるタンカーの仕様を問い合わせたのである[20]

運河会社指定の仕様に従って、サミュエルは北イングランドのウィリアム・グレイ (William Gray) に3隻のタンカーを発注した[20]。3隻は「ミュレックス」(Murex)、「コンチ」(Conch)、「クラム」(Clam)と名づけられ、それぞれ載貨重量トンにして5,010 ロングトンの輸送能力があった[20]。これらの3隻は、今日のシェルの前身であるタンク・シンジケート (Tank Syndicate) の最初のタンカーであった[20]

ジャカルタシンガポールバンコクサイゴン香港上海神戸に準備された設備により、まだ発足したばかりの若い会社であったシェルは、アジア市場においてスタンダード・オイルの独占に対する最初の挑戦者となる用意ができた[20]。1892年8月24日、ミュレックスはスエズ運河を通過した最初のタンカーとなった[20]。シェルがロイヤル・ダッチ石油と合併した1907年の時点で、スタンダード・オイルが4隻の蒸気推進タンカーと16隻の帆走タンカーを所有していたのに対して、シェルは34隻の蒸気推進タンカーを所有していた[20]

第一次世界大戦

1915年4月17日に進水したアメリカ海軍の給油艦「モーミー英語版」が、洋上補給の技術の創始となった[21]。その当時としては大型の、載貨重量トンにして14,500 ロングトンの能力で、モーミーは第一次世界大戦の初期、イギリスへ向かう途中の駆逐艦への補給を行った[21]。この技術により、友好国の港の補給能力に依存せずにはるか遠距離で、より長い期間艦隊が海上に留まって活動することが可能となった[21]チェスター・ニミッツ元帥は、この頃モーミーの副長を務めて、洋上補給の技術を開発するための中心的な役割を果たし、後に第二次世界大戦においてこの港から独立して行動する能力が勝利にとって極めて重要であることを指揮下の艦隊を通じて証明した[21]

洋上補給はすぐに他の海軍にも取り入れられた。一例として、オーストラリアの給油艦「クルンバ英語版」は、イギリス海軍において1917年から1919年まで洋上補給活動に加わった[22]

第一次世界大戦中、無制限潜水艦作戦によりタンカーが不足した。当時の駐英アメリカ大使であるウォルター・ハインズ・ページ英語版は、「潜水艦部隊は、世界中で貨物船が建造されるペースよりも速く沈めつつある。このように、ドイツ人たちは成功しつつある。この状況が充分長く続けば、連合国はもう終わりだ。例えば、彼らは最近数多くのタンカーを撃沈したため、これによりこの国は、たとえグランドフリート(本国艦隊)に充分な燃料を供給しなかったとしても、すぐにも危険な状況になってしまうかもしれない。」と書いている[23]ジョルジュ・クレマンソーアメリカ合衆国ウッドロウ・ウィルソン大統領に対して、「ガソリンは来るべき戦いにおいて、血液と同じくらい重要です。ガソリンの供給不足は、たちまち我々の軍隊を麻痺させてしまうでしょう」と書いている[24]。ウィルソンはこれに強く反応した[25]アメリカ合衆国船舶委員会英語版は、アメリカの全ての船を徴発し、また全ての造船所を監督下に置いた[25]。前例の無い13億ドルの予算がこの目的に投じられた[25]ホグ島英語版に世界最大の造船所が建設され、そこで建造された船はホグ・アイランダー英語版として知られる。

第一次世界大戦前の全世界のタンカーは200万トンを少し超える程度であったのに対して、1916年から1921年までの間に316隻320万トンのタンカーが建造された[25]。1923年の時点で80万ロングトン分の船が休航状態になり、ダニエル・ケイト・ルードヴィヒ英語版のような投機家に大きなチャンスをもたらした[25]。1925年に彼は貨物船「フェニックス」(Phoenix) を買い、船倉にタンクをしつらえた[25]。こうしたリベット接合されたタンクは内容物が漏れ、可燃性の混合物ができてしまった[25]。結果として発生した爆発により船員2人が死亡し、ルードヴィヒも酷く負傷した。この後、彼は溶接技術の強い信奉者となった[25]

第二次世界大戦

第二次世界大戦では、連合国のタンカーがしばしばUボートに攻撃された

石油タンカー、特にT2 タンカーは、第二次世界大戦において重要な役割を果たした。載貨重量トン 16,613 トンの容積を持つT2-SE-A1型は、大戦中に500隻近く建造された中で最も一般的な派生型であった[26]。大戦後、こうしたタンカーは数十年にわたり商業目的で使用され、多くは国際市場で売却された[26]

1956年まで、タンカーはスエズ運河を通航できるように設計されていた[26]。1956年の第二次中東戦争(スエズ動乱)の最中に運河が閉鎖されると、この大きさ制限はあまり重要ではなくなった[26]喜望峰周りで石油を輸送しなければならなくなり、船の所有者たちはより大きなタンカーが効率的な輸送の鍵となることに気付いた。

スーパータンカーの時代

第二次世界大戦以降、タンカーは大きさの点で大きく成長した[27]。第二次世界大戦期の典型的なT2型タンカーは全長532 フィート(162 m)で載貨重量トン16,500 トンの容量であった[28]。現代の超大型原油タンカー (ULCC: Ultra Large Crude Carrier) は、全長1,300 フィート(400 m)、載貨重量トン500,000 トンにもおよぶ[28]。いくつかの要素がこの成長をもたらした。中東における戦闘がスエズ運河の通航を中断させたことも要素であるし、また中東の製油所が国有化されたことも要素である[27]。船主間の猛烈な競争もまた原因となった[27]。しかしこうした要素が無かったとしても、単純な経済的原則で、石油タンカーが大きいほどより安く原油を輸送でき、伸び続ける石油需要に応えられるということがあった[27]

1958年にアメリカの船舶関係の有力者であるダニエル・K・ルードヴィヒが満載排水量10万トンの壁を破った[29]。彼の「ユニバース・アポロ」(Universe Apollo) は、同じルードヴィヒの所有船でそれ以前の記録を保持していた「ユニバース・リーダー」(Universe Leader) から23 パーセント大型化して104,500 トンとなった[29][30]

ノック・ネヴィス」は世界最大級のビルの大きさに匹敵する

これまで建造された世界最大のスーパータンカーは、1979年に住友重機械工業追浜造船所で建造され、1980年に日本鋼管津製作所で船体延長された「シーワイズ・ジャイアント」(Seawise Giant) である。この船は載貨重量トン564,763 トンの容量があり、全長は458.45 m、喫水は24.611 mある[31]。46のタンクを備え、31,541 平方メートルの甲板があり、大きすぎてイギリス海峡を通航できない[32]

シーワイズ・ジャイアントは1989年に「ハッピー・ジャイアント」(Happy Giant)へ、1991年に「ヤーレ・バイキング」(Jahre Viking) へ改称された[31]。1979年から2004年まではロキ・ストリーム (Loki Stream) が所有しており、その後ファースト・オルセン・タンカーズ英語版に買収されてノック・ネヴィスへと改称し、永久繋留されて石油貯蔵用のタンカーとなった[31][32]

2008年現在、世界最大の稼動中のスーパータンカーはTIクラススーパータンカー英語版で、「TIアジア」(TI Asia)、「TIヨーロッパ」(TI Europe)、「TIオセアニア」(TI Oceania)、「TIアフリカ」(TI Africa)の4隻がある[33][34]。これらの4隻は、2002年から2003年にかけてギリシャのヘレスポント汽船会社 (Hellespont Steamship Corporation) 向けに「ヘレスポント・アルハンブラ」(Hellespont Alhambra)、「ヘレスポント・メトロポリス」(Hellespont Metropolis)、「ヘレスポント・タラ」(Hellespont Tara)、「フェアファックス」(Fairfax) として、韓国の造船会社大宇造船海洋により建造された[35]。ヘレスポントはこれらの船を2004年にオーバーシーズ・シップホールディング・グループ英語版およびユーロナブ英語版へ売却した[36]

これら4隻の姉妹船はそれぞれ載貨重量トンにして441,500 トン以上の容量を持ち、全長は380.0 m、積み荷の搭載能力は3,166,353 バレル(503,409,900 リットル)に達する[37]。ここ25年ほどで初めて建造されたULCCであり、また二重船殻で建造された最初のULCCでもある[35]。より小さなULCCと区別するために、これらの船はしばしばV-Plusクラスとして識別されている[38][37]。2008年2月、所有者はTIアフリカとTIアジアをカタール近郊のアル・シャヒーン油田英語版に設置する固定式の浮体貯蔵積出設備に2009年末に改造する計画を発表した[33]。 パイプラインを除けば、こんにちタンカーはもっとも安く石油を輸送する手段である[39]。世界中で、タンカーは年間約20億バレル(3.2×1011 リットル)を輸送し、タンカーによる輸送費用は1 ガロンあたりわずか2 セントほどである[39]

大きさの分類

石油タンカーの大きさの分類
AFRAスケール[40] 市場基準のスケール[40]
分類 載貨重量トン 分類 載貨重量トン 新造価格[41] 中古価格[42]
一般目的タンカー(GP: General Purpose) 10,000 - 24,999 プロダクトタンカー 10,000 - 60,000 4300万ドル 4250万ドル
中規模タンカー(MR: Medium Range) 25,000 - 44,999 パナマックス 60,000 - 80,000
大規模1 (LR1: Large Range 1) 45,000 - 79,999 アフラマックス 80,000 - 120,000 5800万ドル 6070万ドル
大規模2 (LR2: Large Range 2) 80,000 - 159,999 スエズマックス 120,000 - 200,000
VLCC (Very Large Crude Carrier) 160,000 - 319,999 VLCC 200,000 - 320,000 1億2000万ドル 1億1600万ドル
ULCC (Ultra Large Crude Carrier) 320,000 - 549,999 ULCC 320,000 - 550,000
ヘレスポント・アルハンブラ」(後の「TIアジア」)、TIクラススーパータンカーの1隻で、現在海で用いられている船で最大のもの

1954年、シェル石油はaverage freight rate assessment (AFRA) というタンカーの大きさを分類する仕組みを開発した。これを独立した基準にするため、シェルはロンドン・タンカー・ブローカーズ・パネル (LTBP: London Tanker Brokers' Panel) の意見を求めた。当初、彼らはタンカーを載貨重量トン25,000 トン以下の一般目的 (GP: General Purpose)、25,000 トンから45,000 トンの中規模(MR: Medium Range)、45,000 トンより大きなその当時としては巨大な船を大規模(LR: Large Range) に分類していた。1970年代を通じて船は大きくなり、これにより再分類が行われた[40]

税務当局が、内部の徴税資料が正しいことを示す証拠を必要としていたため、この仕組みは税務目的で開発された。ニューヨーク・マーカンタイル取引所が1983年に原油の先物取引を開始する前は、契約ごとに異なりうる石油の正確な価格を確定することは難しかった。この仕組みを最初に使用した、シェルとブリティッシュ・ペトロリアムは1983年にAFRAシステムを廃止し、後に他のアメリカの石油会社も続いた。しかしながら、このシステムはこんにちでもまだ使われている。これ以外に柔軟な市場基準のスケールがあり、これは典型的な輸送経路と50万バレル単位のロットを用いている[43]

商用の石油タンカーは、原油から精製された石油製品まで、幅広い液体炭化水素を輸送している[1]。これらの大きさは載貨重量トン (deadweight metric tons) の単位で測定される[注釈 1][44]。なかでも原油タンカーは大きく、パナマックスサイズの55,000 トンほどの船から44万トンを超えるULCCまである[45]

「スーパータンカー」という言葉は、最大規模のタンカーを示すために用いられる非公式な用語である。こんにち、この言葉は25万トンを超えるVLCC、ULCCに対して用いられる。これらの船は200万バレルの石油を輸送できる[45]。比較として、2005年のスペインとイギリスの合計石油消費量は1日およぼ340万バレル(54万立方メートル)であった[46]

その巨大さのため、スーパータンカーは満載状態では入港できないことがしばしばある[27]。こうした船は積み荷を沖合いプラットフォームなどで積み込める[27]。一方航海を終えると、こうした船はしばしば積み荷を沖合いの指定された積み替えポイントでより小さなタンカーへ移し替える[27]。スーパータンカーの航海は一般的に長く、長い期間、最大で1回に70日ほど海に留まる必要がある[27]

1万トン以下から8万トンのパナマックス船までの、より小さなタンカーは一般的に精製された石油製品を輸送し、プロダクトタンカーとして知られている[45]。1万トン以下のもっとも小型のクラスのタンカーは、通常沿岸部や内陸の水路で用いられている[45]。かつてはアフラマックススエズマックスなどの小型の船もスーパータンカーと呼ばれていたが、今ではもうスーパータンカーとはみなされていない[注釈 2]


注釈

  1. ^ 貨物船としての石油タンカーの大きさは「トン」で表されるが、その貨物である原油は世界的には「バレル」で計られることが一般的であり、日本ではバレルと共にキロリットルで表示されることが多い。
  2. ^ 例えば、排水量104,500 ロングトンの「ユニバース・アポロ」(Universe Apollo) は、1958年の文書ではスーパータンカーとして触れられている[47]
  3. ^ 委員会では、海運業界でしばしば表明されている、船級協会の業務が求められている基準に達していないという懸念を共有する[77]しかしながら、船級協会に影響している商業的な圧力と、この分野で増加しつつある充分な技能と職業意識に欠けた組織のために、船舶業界からのこれらの組織に対する信頼が近年低下している[78]

出典

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