女人禁制 概要

女人禁制

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 03:03 UTC 版)

概要

女性であることを理由に、特定の場所への女性の立ち入りを禁止するもので、特に、聖域社寺霊場、祭場など)への女性の立ち入りを禁止する風習がみられる[3][4][9]。この意味で隔絶された区域結界[* 1])を女人結界(にょにんけっかい)といい[10][11]、「女人禁制」と同義で用いられる[5][10]

宗教以外での、女性の立ち入りや参加、参入などを禁ずる社会慣習も指し、漁業や狩猟など伝統的に男性が担ってきた仕事や、女性が関わると女神が嫉妬して良くない結果となるとされるトンネル工事などでも女人禁制が布かれてきた[8]。神事に関連する相撲や、歌舞伎などの芸能にも見られる。

月経中の女性を不浄とみなし寺社などに一時的に立ち入りを禁じる風習は、キリスト教イスラム教ヒンドゥー教などにも見られるが、常に女性の立ち入りを禁止するものではない[12]日本仏教の女性差別・女性排除はインド仏教から引き継いでいるとはいえ、女性そのものを穢れとして聖地や寺社から恒常的に排除する女人禁制は日本仏教独自で、日本で作られた独特のものである[13][14]

由来

神道の血穢による理由

日本で女人禁制が発生した背景として第一に、仏教伝来以前の日本にあった、女性の月経や出産に対する「血の穢れ(血穢)」の観念がある[8]。日本仏教の女性の不浄観は、この血の穢れの観念、神道の穢れ観の影響を受けたと考えられる[13][15]。しかし、元々神道での扱いは、月経中、出産期間の女性や、こうした「穢れ」に触れた人は一時的に神社参拝や神事に関われないというもので、恒常的なものではなく、日本仏教のような女性性・女性の身体の全面否定ではなかった[16]

血の穢れは律令の補助法令である『弘仁式』(9世紀前半)で出産に関わる血穢が明文化され、『貞観式』(9世紀後半)で月経に関わる血穢が明文化されており、律令の手本となった古代中国の触穢観等が影響したと考えられている[9]

仏教の戒律に由来する理由

インドで生まれた仏教には元来、ある場所を結界して、女性の立ち入りを禁止する戒律は存在しない。和僧道元の『正法眼蔵』にも、日本仏教の女人結界を「日本国にひとつのわらひごとあり」と批判している箇所があり、法然親鸞なども女人結界には批判的であった。

しかし仏教は、世俗を離れ欲望を断つ出家を説き、男性修行者にとって女性(への肉欲)がいかに修行の障りとなるかが強調されており、女性の出家も認められていたが、男性中心性・女性抑圧性があった[17]出家者の戒律には、性行為の禁止(不淫戒)、自慰行為の禁止(故出精戒)、異性と接触することの禁止(男性の侶にとっては触女人戒)、猥褻な言葉を使うことの禁止(麁語戒)、供養として性交を迫ることの禁止(嘆身索供養戒)、異性と二人きりになることを禁止(屏所不定戒)、異性と二人でいる時に関係を疑われる行動することを禁止(露処不定戒)など、性欲を刺激する可能性のある行為に関しては厳しい戒律がある。アジア伝統社会では、女性は「未婚のときは父に従い、結婚した後は夫に従い、夫が死ねば子に従う」という「三従」という3種の忍従が宿命的なものとされ、この社会習慣によって女性は親族男性の保護下・支配下に置かれており、尼僧は親族男性の保護者がいないため、潜在的に「誘惑者」と見られていた[18][19]

修験道の修験者は、半僧半俗の修行者であるが、その場合でも、修行中は少なくとも不淫戒を守る必要がある(八斎戒の一つ)。そのため修験道では、男性の修行場から女性を排除したと考えられる。

女人禁制につながる要因として、女性は修行しても仏に成れないため女性は男身を得てから成仏するという女人五障説変成男子説や、女身は穢れが多くて仏の器ではないという「女身垢穢」「非是法器」(女身非法器説)などの仏教の女性差別的な教えの広まりがある[9][17][* 2]

道教や密教などの神通力信仰

一説には古代日本においては、主に道教や密教の影響で、僧侶に対し加持祈祷による法力、神通力が期待されていたためとする説もある。僧侶が祈祷に必要な法力を維持するためには、持戒の徹底が必要であると考られていた。

性欲を起こすと仙人が神通力を失う話としては、『今昔物語』にある久米仙人の話が有名である。

中世における神仏習合

上記の仏教と神道、道教などの異なるタブー観が、中世に習合し、山岳の寺院、修験道などを中心として、鎌倉時代頃に今の女人禁制、女人結界のベースとなる観念が成立したものと考えられている。

また、唯識論で説かれた「女人地獄使。能断仏種子。外面似菩薩。内心如夜叉」(『華厳経』を出典とする俗説あり)[要出典]や『法華経』の「又女人身猶有五障[21]を、その本来の意味や文脈から離れ、「女性は穢れているので成仏できない、救われない」という意味に曲げて解釈し、引用する仏教文献も鎌倉時代頃から増えてくる。(原典にそういう意味はない)

これらをもって、女人禁制は鎌倉仏教の女性観に基づくと説明されることがある。ただし、上記のように法然、道元、日蓮といった鎌倉時代の宗祖達は概ね女人禁制に批判的だった。

その他に、女人禁制の由来と思われる理由

また修験道の修行地が、険しい山岳地帯であったためとの見方がある。

古代においては山は魑魅魍魎が住む危険な場所と考えられていた。そのため子供を産む女性は安全のため近づかない、近づいてはならない場所であったとする。そのような場所だからこそ、修験者は異性に煩わされない厳しい修行の場として、山岳を選んだのだといわれている。文明が進んで、山道などが整備されると、信心深い女性が逆に修験者を頼って登山してくるようになり、困った修験者たちが結界石を置いてタブーの範囲を決め、その外側に女人堂を置いて祈祷や説法を行なった。

民俗学者の柳田國男姥捨山とされた岩木山青森県)の登山口にも姥石という結界石があることに着目。結界を越えた女性が石に化したという伝説を『妹の力』『比丘尼石』のなかで紹介している。結界石や境界石の向こうは他界(他界#山上他界)であり、宗教者は俗世から離れた一種の他界で修行を積むことによって、この世ならぬ力を獲得すると考えられた。

また、石長比売女神であったことに代表されるように、古来より日本各地において山そのものが女神であり、嫉妬深いと考えられた地域も多い。女人の入山が禁制されたのは女神の嫉妬を避ける為であるとされる。たとえば『遠野物語』に登場する遠野三山伝説では、早池峰山と六角牛山はそれぞれ3人の女神が住んだ山とされ、長らく女人禁制であった。また熊野三山周辺でも、山は女神で嫉妬深いと考えられているほか、上り子といわれる男たちは松明を掲げて山へ上るが、女たちは闇の中で祈りを捧げて男たちが持ち帰った神火を迎える役割があり、そこには祭事における男女の役割分担の違いがあるとされる。

また別の説では巫女イタコにみられるように「女性には霊がつきやすい」ため、荒修行が女性には困難であるという説明づけもされることがある。

女人禁制の理由については、上記のような様々な由来や学説が唱えられている。各々の場所には各々の由来が伝えられている。またそれらが歴史的な過程で絡み合い変容していく場合もあり、どれか一つをもって一般論を導き出すことは困難と言える。

祭祀における女人禁制

なお、祭りに女人禁制が取り入れられたのは、男尊女卑が広く浸透したとされる江戸時代ないし明治時代以降のことと考えられ、『古事記』には祭りに女性が参加していた記述が見られる。また古代の日本では、女性は神聖な者で神霊が女性に憑依すると広く信じられており、卑弥呼に代表されるように神を祭る資格の多くは、女性にあると考えられていた。

一例として、日本神道の祖形を留る琉球神道の範疇に属する信仰では、沖縄の女性は「神人(かみんちゅ)」、男性は「海人(うみんちゅ)」とされ、おなり神の関係にあるとされる。現代でも女性が祭祀を取り仕切る観念は都市部以外では特に根強く、墓の手当てや風葬のあった時代には洗骨までもが一家の女性の役割であった。

ノロなどの神職が祭祀を行う御嶽(うたき)では、女人禁制とは逆の男子禁制が敷かれており、現在でも御嶽や拝所(うがんじょ)に祈りを捧げたり祭祀を行うのは厳格に男子禁制である。(ただし、単に拝んだり立ち入りまで禁止されている訳ではない)。


注釈

  1. ^ 元々「結界」は仏教用語であるが、神道などでも用いられるので、「女人結界」も仏教に限った用語ではない。
  2. ^ 「女身垢穢」「非是法器」といった女性差別的な言葉はサンスクリット語法華経にはなく、漢訳で挿入された[20]
  3. ^ 女性が参詣できた同じ真言宗の室生寺等が「女人高野」と呼ばれた。

出典

  1. ^ a b 石田瑞麿『例文仏教語大辞典』小学館、1997年2月、848頁。ISBN 978-4095081113 
  2. ^ 『日本国語大辞典』 14巻、小学館、2003年1月10日、6頁。ISBN 978-4095219011 
  3. ^ a b c ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『女人禁制』 - コトバンク
  4. ^ a b 世界大百科事典 第2版『女人禁制』 - コトバンク
  5. ^ a b 日本大百科全書(ニッポニカ)『女人禁制』 - コトバンク
  6. ^ 『歴史民俗用語よみかた辞典』日外アソシエーツ、1998年8月。ISBN 978-4816915185 
  7. ^ 大辞典. 第二十卷”. 平凡社. pp. 96,97. 2017年5月7日閲覧。
  8. ^ a b c 小林 2024, pp. 552–553.
  9. ^ a b c d e 小林 2024, p. 553.
  10. ^ a b 『大辞泉』
  11. ^ 『大辞林』第3版
  12. ^ ウベロイ, バハドゥー 1999, pp. 317–318.
  13. ^ a b 源 1989, pp. 326–327.
  14. ^ 荒井 2022, p. 97.
  15. ^ 鈴木 2022, pp. 326–327.
  16. ^ 源 1989, p. 147.
  17. ^ a b 源 1989, pp. 323–325.
  18. ^ 川並 2024, p. 555.
  19. ^ 精選版 日本国語大辞典『五障三従』 - コトバンク
  20. ^ 金子 2015.
  21. ^ 大正蔵9巻35頁下”. 2018年4月7日閲覧。
  22. ^ a b c 明治五年-法令全書-内閣官報局 コマ番号007/768 および コマ番号097/768 国立国会図書館デジタルコレクション (2018年04月28日(土)閲覧)
  23. ^ a b c DeWitt, Lindsey (2015). A mountain set apart : female exclusion, Buddhism, and tradition at modern Ōminesan, Japan. https://hdl.handle.net/1854/LU-8636501. 
  24. ^ 「勧進大相撲」の誕生 東京都立図書館 "ただし、女性の見物は出来ず、許されるようになったのは明治時代に入ってからのことでした。"(2018年04月28日(土)閲覧)
  25. ^ 女性に「土俵降りろ」の放送、八角理事長「不適切な対応」 春巡業、救命処置の女性に感謝 2018年04月05日(木)08時28分『産経新聞』(2018年04月28日(土)閲覧)
  26. ^ a b 女性相撲ファンからも「差別的」 巡業先の宝塚市女性市長は「平等」求める 2018年04月05日(木)22時03分『産経新聞』(2018年04月28日(土)閲覧)
  27. ^ ちびっこ相撲で女子排除 静岡巡業、相撲協会が「遠慮して」要請 例年は参加 2018年04月12日(木)10時59分『産経新聞』(2018年04月28日(土)閲覧)
  28. ^ DeWitt, Lindsey E. (2021-09). “Japan’s Sacred Sumo and the Exclusion of Women: The Olympic Male Sumo Wrestler (Part 1)” (英語). Religions 12 (9): 749. doi:10.3390/rel12090749. https://www.mdpi.com/2077-1444/12/9/749. 
  29. ^ (社説)大相撲の伝統 「女人禁制」を解くとき:朝日新聞デジタル”. archive.is (2018年4月28日). 2021年5月12日閲覧。
  30. ^ 論点:大相撲の「女人禁制」”. 毎日新聞(2018年4月27日). 2021年5月12日閲覧。
  31. ^ 明治五年-法令全書-内閣官報局 コマ番号011/768 および コマ番号154/768 国立国会図書館デジタルコレクション (2018年04月28日(土)閲覧)
  32. ^ 「女人禁制」撤廃への対応が、土俵と酒蔵で分かれる理由”. ダイヤモンド・オンライン (2021年6月3日). 2022年9月8日閲覧。
  33. ^ 活動報告|宮城泰年さん(本山修験宗管長・聖護院門主)との話し合い”. www.on-kaiho.com. 「大峰山女人禁制」の開放を求める会 (2012年8月1日). 2022年9月8日閲覧。
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  35. ^ 『佐久口碑伝説集北佐久編限定復刻版』発行者:長野県佐久市教育委員会、全434頁中83頁、昭和53年11月15日発行
  36. ^ (英語) World Cultural Heritage and women’s exclusion from sacred sites in Japan. Routledge. (2020-04-02). doi:10.4324/9780429265976-4. ISBN 978-0-429-26597-6. https://www.taylorfrancis.com/chapters/edit/10.4324/9780429265976-4/world-cultural-heritage-women-exclusion-sacred-sites-japan-lindsey-dewitt 
  37. ^ (英語) Island of Many Names, Island of No Name : Taboo and the Mysteries of Okinoshima. Bloomsbury Academic. doi:10.5040/9781350062887.ch-004. https://doi.org/10.5040/9781350062887.ch-004 
  38. ^ 【そこが聞きたい】世界遺産がブームですが?/島本来の姿守りたい 鹿児島県屋久島町長・荒木耕治氏毎日新聞』朝刊2018年1月15日
  39. ^ 女人禁制よ さらば 山古志・牛の角突き 17年ぶり女性入場新潟日報』モア(2018年5月5日)
  40. ^ 新潟・長岡の闘牛場、女性の立ち入りOKに 会員増加で:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル(2018年5月4日). 2020年2月19日閲覧。
  41. ^ 改正労働基準法(妊産婦等の坑内労働の就業制限関係)の施行について”. 厚生労働省 (2006年10月11日). 2014年6月24日閲覧。
  42. ^ 【ぷらすアルファ】「女人禁制」伝統に変化/増える女性杜氏 近代化・若返り進み『毎日新聞』朝刊2018年4月14日(くらしナビ面)






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