爆笑オンエアバトル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/02 14:13 UTC 版)
爆笑オンエアバトル | |
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ジャンル | バラエティ番組 |
出演者 |
司会者 お笑い芸人10組 - 15組 |
製作 | |
制作 | NHK・NHKエンタープライズ(後期) |
放送 | |
音声形式 | ステレオ放送 |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1999年3月27日 - 2010年3月26日 |
放送時間 | 放送日時を参照 |
公式サイト | |
特記事項: 放送時間・司会・テーマ曲の変遷については放送日時・歴代司会者・番組テーマ曲の項を参照 |
観覧審査員の投票でオンエアが決まる、番組独自の審査方法が特徴。キャッチコピーは「史上最もシビアなお笑い番組」[1]。
後期はNHKエンタープライズ製作で放送された。
番組概要
若手芸人たちが漫才やコント、漫談などを観客の前で披露し、面白いと評価されたネタだけが選ばれオンエア(放送)される。ゴルフボールを用いて行われる番組独自の審査方法(詳細は審査方法を参照)は、2002年と2003年の『NHK紅白歌合戦』でも採用された。番組マスコットキャラクターは「タマちゃん」というゴルフボールを模したキャラクターで、オープニングやネタ放送中の画面内にCGアニメとして出てくるほか後期にはセット内のオブジェにも用いられた。
2004年4月から「オンエアバトル爆笑編」として隔週の放送となり、インディーズやストリートミュージシャンとして活動する歌手を対象にした「オンエアバトル熱唱編」と交互に放送されていた。2005年4月からは両番組とも独立し、それぞれ「爆笑オンエアバトル」、「熱唱オンエアバトル」とタイトルを変更した上で毎週の放送となる(その後「熱唱オンエアバトル」は2006年3月に終了した。その他詳細は熱唱オンエアバトルの記事を参照)。
2009年4月からは月に1回、金曜日 24:10 - 25:10の1時間放送となり、15組中8組がオンエアされるシステムとなり、視聴者投票も開始された(後述)。また、未出場及びオンエア経験のないお笑い芸人10組が出場する月1回放送の姉妹番組「爆笑トライアウト」が開始された。
2010年4月からは、「オンバト+」としてリニューアルし、「爆笑オンエアバトル」は2010年3月で終了。386回の放送で674組の芸人が出場し、344組の芸人がオンエアを果たした。
ネタ見せ番組の先駆け
1999年の番組放送開始の頃は、全国ネットで毎週放送される若手芸人によるネタ見せ番組はこの「爆笑オンエアバトル」のみであった。その後2003年までに番組の常連だったダンディ坂野・テツandトモ・長井秀和を始め、いわゆる「お笑い第五世代」と呼ばれる世代を中心に、お笑い第四世代を含む多数の芸人をブレイクさせた。その後に民放でも若手芸人によるネタ見せ番組が多く放送されるきっかけとなり、2000年代のお笑いブームを牽引した[2][3]。鈴木克道チーフプロデューサーは番組が始まって7年目でのインタビューにおいて、「常に新しい笑いにこだわってきた。審査のショーアップ化の話もあったが、番組への信頼を失いたくないのでベースは変えず、シンプルなままにしてきた」と語っている[2]。なお2003年度を以て初期の常連(博多華丸・大吉、アンジャッシュ、ビッキーズ、ルート33、おぎやはぎ、ハリガネロック、バカリズム、ペナルティ、ドランクドラゴン、ダンディ坂野、フットボールアワー、はなわ、ダイノジ、陣内智則、スピードワゴン、テンダラー、インパルス、テツandトモ、バナナマン、チャイルドマシーンほか)は一斉に卒業となり、事実上の世代交代が図られた。
番組の初代プロデューサーである並木正行によれば、1996年・97年にNHK BS2で放送された特番『センター・マイク笑』が事実上の前身であるという[4]。同番組のリサーチのために都内のお笑い系ライブハウスを回った際、若手の漫才師に同年代の若い固定ファンがついているのを見て若手芸人を集めた番組に手応えを感じたものの、出演者の選考としてオーディションを開ける時間的・制作費的余裕がなかったため「素人が評価するオーディションをそのまま番組にしてしまおう」と思い立ったことが本番組の発端となっている[4]。番組開始に先立ち主要なお笑い系の芸能プロダクションに連絡を取り番組への参加を打診したところ、制作側の予想に反しプロダクション側が好意的な反応を示したため実際に制作へ踏み切った[4]。
収録
番組初期は、NHK放送センター内の101スタジオ、または102スタジオで収録されていた。その後2000年 - 2003年は、通常回は「テント○○ みんなの広場」(○○には年が入る)、スペシャル・追加収録・年度の切り替わり時期などは最初期と同じ101・102スタジオで収録されていた。2004年3月 - 2009年2月までは隔週土曜日に2本撮りで、同年4月以降は土曜日に月1回みんなの広場ふれあいホールにて撮影が行われる。2010年4月以降の「オンバト+」でもふれあいホールの収録は原則月1回の収録(放送2週分を収録)となり、地方収録の回数が増やされている[注 1]。収録に参加する芸人に対して、他の参加者が誰かは当日まで伏せられていた[4]。
2004年 - 2006年の「熱唱オンエアバトル」放送時は昼に「熱唱オンエアバトル」、夜に「爆笑オンエアバトル」の収録が行われていた。また、「爆笑オンエアバトル」は年に数回地方で収録を実施するため、「熱唱-」のみの収録になることもあった。また編成上の都合などにより、ふれあいホールでの収録でも「爆笑オンエアバトル」のみの収録の場合もあった。
オープニングではネタ披露前の光景と共に「今回の挑戦者」として出演する芸人10組が映される(6組オンエアの場合はカット)。光景の大まかな流れは次の通り。大体一流れで2組ほど映される。
- 会場入り
- 抽選でのネタ披露順番決め
- ネタ合わせ
- 舞台袖
- ネタ披露直前orネタ披露直後
計量・審査発表に続いてオンエア獲得芸人のネタが放送された後、エンディングでは以下の内容が放送されている。
- 締めの挨拶
- 共通
- スタッフロールに乗せて、司会のアナウンサーがオンエア芸人への祝福及びオフエア芸人への励ましの言葉をかける。
- その後に司会のアナウンサーとオンエアとなった5(6)組の芸人(2001年度以前は司会のアナウンサーが単独で行っていた)が締めの挨拶を行う。
- その内容は基本的に「新しい笑いを作るのは、挑戦者の皆さんと客席の皆さん、そしてテレビの前の…あなたたちです![注 2]」であり、内容や全体の構成・順序は年度によって微妙に異なる。
- 2003年9月以前 - 「残念ながらオンエアに至らなかった皆さん」の前に放送された。
- 2003年10月以降 - 「見事オンエアを勝ちとった皆さん」の代わりに番組の最後に放送された。
- 残念ながらオンエアに至らなかった皆さん(2009年度以降では『今回のオフエア…』)
- 共通
- オフエア芸人による敗者コメント(一部の回<主に2003年度後半>ではネタの一部が無音で放送)及びジャッジペーパーの内容のテロップ(後述)が流される。
- 2003年9月以前
- 締めの挨拶の後にエンディングBGMが流れるが、締めの挨拶の途中から流れる場合がある。
- 敗者コメントのVTRの上部に「残念ながらオンエアに至らなかった皆さん」のテロップが追加される。
- 2003年10月以降
- オンエア獲得芸人のネタ放送後にエンディングBGMが流れる。
- その後にオフエアとなった5(4)組が会場から捌けていくシーンから始まる。
- この時に「残念ながらオンエアに至らなかった皆さん(2009年度以降では『今回のオフエア…』)」のテロップと共に、オフエア芸人の名前がスタッフロールのように流れていた。
- 2019年復活特番
- 基本は2003年9月以前とほぼ同じだが、ジャッジペーパーの内容のテロップの替わりに審査員の感想VTRが無音ネタの一部と共に流された。
- 見事オンエアを勝ちとった皆さん(2003年9月以前・2019年復活特番)
- オフエア芸人退場後のスタジオ(2001年度以前ではたまに計量前の光景)を映した後に、上記のテロップと共にオンエア獲得芸人が勝利の喜びを1組につき約数秒程度で表現する。
- その後、スタジオの映像に戻した後に番組が終了する。
- 終了後
- 次回予告 - 基本司会のアナウンサーによる約15秒で10組の紹介が行われていて、10組紹介後に観客席orスタジオを映して終了する。
- スローガン(2004年4月 - 2006年3月) - 終了後、白背景に黒文字で『夢に向かうのはあなた そのステージはNHK』と表示された(これは「熱唱オンエアバトル」と共通であった)。
- 番外コーナー(2007年4月以降) - 後述
地方収録の収録地
所在地順。チャンピオン大会も含む。
- 北海道・札幌市(NHK札幌放送局)
- 北海道・北見市
- 北海道・小樽市
- 宮城県・仙台市(NHK仙台放送局)
- 宮城県・多賀城市
- 福島県・本宮町
- 群馬県・高崎市
- 埼玉県・戸田市
- 千葉県・千葉市
- 神奈川県・横浜市
- 神奈川県・伊勢原市
- 富山県・富山市
- 石川県・津幡町
- 福井県・春江町
- 長野県・東御市
- 静岡県・富士市
- 愛知県・名古屋市(NHK名古屋放送局)
- 愛知県・瀬戸市
- 愛知県・尾張旭市
- 愛知県・稲沢市
- 愛・地球博会場
- 三重県・桑名市
- 大阪府・大阪市(NHK大阪放送局)
- 大阪府・八尾市
- 兵庫県・明石市
- 島根県・出雲市
- 岡山県・総社市
- 広島県・広島市(NHK広島放送局)
- 広島県・東広島市
- 広島県・廿日市市
- 山口県・山口市
- 愛媛県・松山市
- 香川県・さぬき市
- 福岡県・福岡市(NHK福岡放送局)
- 福岡県・北九州市
- 福岡県・大野城市
- 佐賀県・佐賀市
- 長崎県・長崎市
- 宮崎県・都城市
ルール・審査方法
毎回芸人がネタ(5分以内)を披露する。そして会場の100人の審査員によって投票が行われ、その総数を「キロバトル(KB)」という番組独自の単位で表された計測方式で得点とし、高得点を得た上位の芸人のネタがオンエアとなる。また、出場回数に対するオンエアされた回数の割合を通算オンエア率(OA率)と呼ぶ。
オンエア回数が多い芸人には年度末に行われる「チャンピオン大会」への出場権が与えられる。資格が与えられる基準は回により異なる(基本的に年間内のオンエア数と獲得KB数が基準)。
2009年度は放送回数が月1回に減ったため、各回の会場審査1位となった芸人と「視聴者投票1位バトル」優勝者のみにチャンピオン大会への出場権利が与えられた。1位が2組以上出た場合は、両方ともチャンピオン大会出場権利を得る。
審査方法
審査員の審査基準は「(今見たネタを)全国に届けたいか否か」。
一般審査員100人は最初、それぞれ違う色に着色された10個のゴルフボールを持っている。ボールの色はネタを披露する順番(これは事前に抽選で決められる)を示しており、色とネタ披露順の関係は年度によって違いがある(一例として、2004年度以降は赤、白、黄、茶、緑、紫、オレンジ、ピンク、黒、青の順番[注 3])。2009年度はこれに11 - 15番目としてグレー、クリーム、黄緑、水色、金色が加えられた。
ネタが1組ずつ終了するたびに場内の照明が落とされて投票タイムとなり、「(今見たネタは)オンエアOK」と思ったら、その芸人(のネタ披露順)に対応した色のゴルフボールを席の目の前にあるレールに投入する。そのレールの出口にはネタ披露順に対応した色の帯のペイント<2001年度以降>と出場者の名前<2000年度以前は長方形、2001年度以降は楕円形>が書かれた1つのバケツ(金属製で小型のゴミバケツのような形状をしている)が置かれており、レールを通ったゴルフボールはそのバケツに入っていく。投票後のバケツは挑戦者自身によってスタッフに手渡され、中身の確認(他の色のゴルフボールが入っていた場合は取り除かれる[4])のあと、不正防止のため蓋をしてシールで封じた状態で観客の目の届く場所に置かれる。
この投票を全組それぞれで行い、全組のネタ終了後、バケツの重さをデジタル表示の秤で計測し、順位を決する。そして司会者が、オンエアされる上位5から6組の芸人を発表する。
グループの場合、バケツを持つ者はたいてい固定されており、ステージ上で並んだ際にメンバーの姿が全員見えるように背の低いメンバーがバケツを持つことが多い。
ピタゴラスイッチでこの計測の仕方が紹介されたことがある。
キロバトル(KB)
「キロバトル(KB)」とは番組独自の重さの単位。バケツのみの重さは85KB(93→89→85KBと変遷)で、ボール1個の重さは約4.6KBである。秤は4単位刻みの表示(85、89、93 … 537、541、545)となっている。ちなみに、番組最初期(1 - 2年目)は秤の刻みが4単位刻みではなかったため誤差(ボール個数は同じだが、1KBの差が現れる)もあったが、3年目以降は現在の形式の秤に改正されたため、誤差が出ることはなくなった。
満点、つまり審査員100人全員がボールを投入した場合のバケツの重さは545KB(バケツのみの重さ85KB+ボール100個分の重さ460KB)。545KBはますだおかだ・タイムマシーン3号・上々軍団の3組が記録している。500KB超えは「オーバー500」と称され、番組内での高評価の代名詞となっている。KB数と投票人数の関係は公表されていないため詳細は不明だが、100人中91人以上が投票すると500KB以上を記録するとされている。
オンエア条件
投票結果の上位のネタのみがオンエアされる。挑戦組数とオンエア組数は以下の通りである。
- オンエア最下位(6位→5位)が2組以上あればそれらは全てオンエアとなるルールで、+1組(7組→6組)オンエアは通算で23回記録されている。
- 1999年3月27日 - 1999年4月3日(第1・2回放送分)、12組中7組オンエア
- 1999年4月10日 - 1999年8月28日(第3 - 18回放送分)、11組中6組オンエア
- 1999年9月4日 - 2009年2月26日(第19 - 377回放送分)、10組中5組オンエア
- 2009年4月24日 - 2010年1月22日(第378 - 386回放送分)、15組中8組オンエア
- オンエアされた8組は視聴者投票の対象となる。詳細は視聴者投票を参照。
ちなみに上位へ入れずオンエアされなかったことを「オフエア」と呼ぶが、これは2000年12月9日放送回で田上よしえがネタの中で「オフエア」という言葉を初めて用いてから一般へ普及し、番組公式の用語としても使用されるようになった。当然ながら番組内で披露されたネタは全て収録しているため、オフエアとなったネタも映像としては残されているが[注 4]、基本的にお蔵入りとなる。過去には「爆笑オンエアバトル パーフェクトライブ」(BShi、2000年12月 - 2002年3月の日曜深夜)[注 5]や、「新・真夜中の王国」(NHK-BS2)のコーナーの1つである「爆笑?オフエアバトル」[注 6]でオフエアとなったネタが放送されていた。また、エレキコミックやアンジャッシュなどのオフエアになったネタの一部をDVDに収録している。後番組の「オンバト+」では2010年度のみオフエアとなったネタが視聴者投票の対象にされ、最多得票だったネタは次回放送の「+1」コーナーで放送された。
審査員
審査員は一般公募による登録制となっている。登録者に送付される書類に記載されている数種の収録予定日時の中から、登録者の希望する日時を選んで申請するとその中から年齢、性別、過去の審査員経験で選考された上で抽選で選ばれる。また収録会場には審査員の他に一般客も存在し、一般客も審査員と同様の方法で申請した者の中から抽選で選ばれている。審査員募集時の質問項目に「好きな芸人」を書く欄を設け、参加者にその芸人が含まれる場合は審査員から外すといった、公平性への配慮も行われていた[4]。
地方収録での審査員・観覧者はその都度、別途に募集する(東京収録での登録審査員との関係はない)。
なお収録前には、参加する芸人に対し当日の審査員の年齢・性別の構成(「10代は男性○人、女性○人。20代は…」といった形)が伝えられていた。芸人によってはこの情報を元に、客層を考慮して舞台にかけるネタを急遽変更する場合もあったという[4]。
ジャッジペーパー
審査員はジャッジペーパーと呼ばれる紙に、1組ごとに感想を書き入れる(余談だが司会者に対する感想を書く欄もある)。オンエアされなかった芸人は、放送の最後で「敗者コメント」と称される本人のコメントと併せて画面下にテロップで感想の一部が紹介されるが、2000年頃までは「審査員の生の声」と題した審査員のコメントも放送されていた。放送ではできるだけ優しい意見が選ばれているものの、中には手厳しい・理不尽な意見もいくつかある(アンジャッシュが番外編等でオフエア時のジャッジペーパーの中から半ば理不尽とも言える意見を取り上げたことがある)。2行で表され、そのうち1行は面白かったことなどやよかった所、もう1行は直した方が良いことなど悪かった所を流すことが多く、2000年頃までは箇条書きになっていて、1999年度一部の回にはジャッジペーパーよりが表記されていなかった。収録後には出場した芸人全組に審査員100人分のジャッジペーパーが審査員事務局から送付され、これにより出場芸人は審査員の反応を確認することができる。第10回までにはジャッジペーパーの替わりにスタッフロールが流れており、2000年中盤にはオンエアされた芸人のジャッジペーパーが紹介されていた(この場合は各芸人のネタの放送前に書いた人の名前も一緒に流れる)ことがあるなど勝者・敗者のジャッジペーパー内容の表示の有無は年度によって細かい違いがある。
時間制限
2004年度(2005年3月)までは、ネタ時間が6分を過ぎると強制的に暗転されるが失格にはならないというルールで、ファンキーモンキークリニックが経験。2005年度(2005年4月)より5分を過ぎると、強制暗転・即失格となり計量にも参加できない。どーよとなすなかにしは失格を経験している。
注釈
- ^ 審査員登録者に送られた2010年3月から9月の収録予定による。
- ^ 2000年ごろまでは「21世紀、笑いの創造者はあなたたちです!」であった。
- ^ この順番は後番組の「オンバト+」にも引き継がれている。
- ^ NHK「トップランナー」2009年4月17日放送回(ゲスト・チュートリアル)において、チュートリアルが「爆笑オンエアバトル」2004年5月1日放送回で披露し、結果オフエアとなったネタ「バーベキュー」の一部を放送したことがある。同様に『スタジオパークからこんにちは』2011年10月24日放送回(ゲスト・オードリー)が旧コンビ名「ナイスミドル」として2002年3月2日放送回に初挑戦した際のオフエアネタの一部や、同年12月10日放送回(ゲスト・ケンドーコバヤシ)が当時結成していたモストデンジャラスコンビのオフエアネタの一部を放送したこともある。そのため、不定期ながらもNHK系列の他番組でオフエアネタを見られる場合がある。
- ^ 出場する10組のネタを全て放送していた。また毎週1組の芸人(出場した10組とは別)がナビゲーター役を務めた。
- ^ 2002年4月 - 2004年3月の毎月第3月曜日のコーナー。「オンバト」本編でオフエアとなった芸人のネタをダイジェストで放送するというコーナーで、進行役は前年度のチャンピオンが務めた。またこのうち2003年9月15日放送回では、「オンバト」本編2003年6月13日放送分の、461KBで史上最高得点のオフエアとなったスピードワゴンのネタがノーカットで流されていた。
- ^ 「爆笑オンエアバトル」では2006年12月1日から2008年6月5日まで5連敗、「オンバト+」では2010年5月14日から2012年8月25日まで5連敗を記録しており、これらの記録を合わせると合計10連敗となる。
- ^ 計量当時は「ハミングステッチ」名義。
- ^ サラリーマンNEOの「企業戦士社内スタントマン」で使用されるものと同じである。
- ^ ただし、著作権の都合など諸事情により収録されていないネタも少なからず存在する。
- ^ このため、2009年以降に発売されたDVDにおいてはチャプタータイトルもそのネタのオンエア日となっている。
- ^ 2020年現在吉本所属で発売されている芸人はタカアンドトシ、NON STYLE、トータルテンボス、パンクブーブーの4組。
- ^ ただし、オンエア獲得後に解散もしくは活動休止をしている芸人は収録されていない。
- ^ 歴代挑戦者の1組であり、当番組の7・8代目チャンピオン。18戦全勝など、様々な番組記録も残している。
- ^ 歴代挑戦者の1組であり、番組初のパーフェクト(545KB)達成・17戦全勝など、様々な番組記録も残している。
- ^ a b 歴代挑戦者の1組。
- ^ 当番組と同じ審査員が観客の賞レース。
- ^ なお、チュートリアルはオンバトで通算11勝4敗と一定の成績はおさめていたが、番組の高得点の代名詞であるオーバー500は一度も達成できなかった(最高は489KB)。
- ^ ちなみに、米粒写経はオンエアバトルに一度だけ出場したことがある(2005年7月23日放送回)が、僅か117KBしか獲得できず10位(最下位)オフエアとなっている。
- ^ 歴代挑戦者の1組であり、当番組の9代目チャンピオン。2008年にはM-1グランプリでも優勝を果たしている。
- ^ パーフェクト(545KB)達成コンビであり、後継番組の「オンバト+」では2代目チャンピオンに輝いている。
- ^ なお、これらの行為について、2人は「一般客の審査員はみんな遊びに来ているから基本ボールを入れたくてしょうがない。だから嫌なことをやらなければボールを入れてくれるだろう」という思いから実行していたことを明かしている。
- ^ 出演経験があるのは五明楼玉の輔、春風亭栄助、林家彦いち、立川談生、三遊亭新潟、柳家喬太郎、立川笑志の7人。このうち林家彦いちだけがオンエアを果たしている。余談だが、それらと同時期に講談師として唯一神田北陽が出場したが、結果は8位敗退だった。
- ^ 収録初回から出場し、チャンピオンやゴールドバトラーなど様々な記録を残しているアンジャッシュやアンタッチャブルも「キャブラー」にあてはまる。他に出演経験がある主なキャブラーはサービスパンダ、坂道コロンブス、G★MENS、ストロング・マイマイズ、底ぬけAIR-LINE、ダーンス4、チュチュチュファミリー、ノンキーズ、X-GUN、ピーピングトム、フォークダンスDE成子坂、ブラックパイナーSOS、MANZAI-C、野性爆弾、U-turnなど。この中でオンバトでも常連として活躍したのはサービスパンダ、坂道コロンブス、ストロング・マイマイズ、底ぬけAIR-LINE、ノンキーズのみ。また、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)も出場を予定していたがスケジュールの都合でキャンセルしたため不出場となっている。
- ^ デビュー後すぐにブレイクを果たしたため、出場する機会がなかったと言える。
- ^ 「オンバト」放送時期がほぼ重なっていた2001年から2010年までの歴代M-1グランプリ王者の中では唯一出場経験がなかった。
- ^ ただし、南海キャンディーズ結成以前に2人が組んでいたコンビ(山里は「足軽エンペラー」、山崎は「西中サーキット」)でそれぞれ一度のみ出場経験がある(結果は足軽エンペラーが273KBで8位オフエア、西中サーキットが153KBで10位オフエアだった)。
- ^ ただし、番組での前説経験はある。
- ^ 「JUMP-2000」時代も出場経験がなかった。
- ^ 「WAGE」時代も出場経験がなかったが、ピン芸人となってから一度だけ番組の前説経験はある。
- ^ 「Mint姉弟」時代も出場経験がなかった。
- ^ 「アイスクリーム(旧コンビ名・勝山梶)」時代も出場経験がなかった。
- ^ この5組の中でコロコロチキチキペッパーズのみ本家に出場経験がない。また、かまいたちは爆笑オンエアバトルとオンバト+の両方に出場経験がある。
- ^ 同じくネタを書いていないおたけは『ゴッドタン』にてネタ作成の経験がある。
- ^ 実際にタイムマシーン3号はパーフェクトを達成した(満点の545KBを獲得した)ことがある3組のうちの1組。
出典
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- ^ フジテレビュー より https://www.fujitv-view.jp/article/post-830827/
- ^ “チュートリアル、オンバト「審査員」への不満語る”. ライブドアニュース. (2014年2月18日) 2020年11月27日閲覧。
- ^ @39tatsuo (2014年3月23日). "『オンエアバトル』、最後まで人選の基準がよくわからない番組だった。だいたいほかのコンテストでよく見る面々が出ていて、最後の10年くらいは新たな笑いを生んだのかもよくわからなかった。この番組に何度も出ても売れず、民放コンテスト一発で人生を変えた人もいた。モヤモヤばかりだった。". X(旧Twitter)より2020年11月27日閲覧。
- ^ @39tatsuo (2014年3月23日). "オーディションがあると聞いたこともないし、ライブに足を運んで若手を発掘するような作業をしていると聞いたこともなかった。キャリア10年以下しか出れないと言われた人もいたし、でと10年以上の人も出ていた。出る側としたらハイリスクローリターン、でも出るしかない番組だったという。". X(旧Twitter)より2020年11月27日閲覧。
- ^ @39tatsuo (2014年3月23日). "00年代にお笑いに変革をもたらした、完成度ではなく新しさで勝負した芸人たちはみなこの番組でオフエアだった。ラーメンズとおぎやはぎ以外でこの番組発はあっただろうか。最大多数を満足させる笑いが、新しさと相性が悪く、先細りしかないことを証明した、そこに価値のある番組だった。". X(旧Twitter)より2020年11月27日閲覧。
- ^ @39tatsuo (2014年3月23日). "時代に左右されず淡々とネタだけを公平に審査しているストイックな番組のようにも見えるが、オンバトもまた、癖ありまくりのネタ番組のひとつであった。見た目の向き不向きもあったし、攻略法的なものも存在した。やっかいなのは、オフエアされるとつまらない人だと思われてしまうということ。". X(旧Twitter)より2020年11月27日閲覧。
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