ジム・ソープ その後の人生

ジム・ソープ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/09 08:05 UTC 版)

その後の人生

スポーツ選手を引退した後、ソープは家族を養うために苦闘した。スポーツとは関係ない仕事をいくつもしたがどれも長続きしなかった。 大恐慌の時期には映画のエキストラとして西部劇のインディアン酋長役を何度か演じた。その他、建設作業員、警備員[38]、用心棒、1945年にはアメリカ合衆国商船(United States Merchant Marine)に加わった。 人生の後半生は慢性のアルコール中毒にかかっていた[39]

1950年代には生活は困窮し、1950年に口唇癌のため入院した際にはチャリティーケースとして認められた[40]

記者会見で妻のパトリシアは涙ながらに語った。「私たちは一文無しです。ジムには過去の栄光と名声しかありません。彼はお金を家族のために使い、与えました。しばしば搾取もされました」[40]

1953年の初頭、ソープはカリフォルニア州ロミータの自宅で妻パトリシアと食事中、心臓発作を起こした。人工呼吸により一命を取り留めたが、その後意識不明の重体に陥り、3月28日に死去した[4]

人種差別問題

ソープは先述のようにアメリカインディアンとヨーロッパ系移民双方の血を引いている。彼の業績はアメリカで人種差別が激しい時期に成し遂げられた。しばしばメダルの剥奪が人種に由来するものと示唆された[41]。これを立証するのは難しいが、当時世論はこの視点を主に反映していた[42]。ソープが金メダルを獲得した時代はすべてのインディアンが合衆国市民とみなされているわけではなかった[注 4]。1924年に初めて、すべてのアメリカインディアンに合衆国市民権が与えられた[43]

ソープがカーライルの学校に通っている時、学生の民族性はマーケティング目的に使用された[44]。更に学校やジャーナリストたちはしばしばスポーツを白人とインディアンの抗争になぞらえた。 「インディアンが27対6で陸軍士官学校の頭皮を剥ぐ」とか「ジム・ソープ大暴れ」といった新聞の見出しはカーライルのフットボールチームに属するインディアンのプレーを陳腐にした[44]

ニューヨーク・タイムズでソープが初めて紹介された時の見出しは「オリンピック選手のインディアン、ソープ;カーライルから来た赤い肌の男はアメリカ代表となるため努力するだろう」というものだった[45]。彼の成功については新聞やスポーツジャーナリストによって生涯人種と絡めて語られた。 [46]

遺産

オリンピックメダルの回復

長年にわたり、ソープの支持者たちは彼のオリンピックでのタイトルを回復させようとしてきた。 アメリカオリンピック委員会(USOC)委員、1952年から1972年まで国際オリンピック委員会(IOC)会長でかつてソープのチームメートであったアベリー・ブランデージはこれらの運動をはねつけ、一言「無知は言い訳にならない」と語った[47]。 もっとも固執したのは作家のロバート・ホイーラーとその妻フローレンス・リドロンであった。彼らは1913年のAAUと米国オリンピック委員会(USOC)の決定を覆してソープのアマチュア資格を回復させるのに成功した。 1982年に、ホイーラーとリドロンはジムソープ財団を設立し、アメリカ合衆国議会から支持を獲得した。 彼らは当時ソープの資格剥奪がオリンピック規則で許容された、閉会式から30日間の期間の後に行われたことを立証し、1982年10月にIOC理事会はソープの権利回復を承認した[20]。 ただし、当時繰り上げで金メダルを獲得した五種競技のフェルディナンド・ビー、十種競技のフーゴ・ウィースランダーともに繰り下げずにそのままとし、ソープも金メダルを獲得したものとした。

1983年1月18日、IOCはソープの二人の子供に記念メダルを贈った[20]。ソープが1912年に受け取ったオリジナルのメダルは博物館に保管されていたが、盗難にあって後行方不明のままである[48]

栄誉

彼の名前が付けられたペンシルベニア州の町ジム・ソープには五種競技の表彰式にてスウェーデン国王グスタフ5世から掛けられた「あなたは世界一偉大な運動選手です」という言葉を引用した記念碑が残されている。 ここにあるソープの墓は故郷オクラホマの土と、1912年に金メダルを獲得したストックホルムの競技場の土で築かれている[49]

ソープの業績はその生涯、死後に渡りスポーツジャーナリストから称賛された。 1950年、AP通信がスポーツ記者を対象にして行った「20世紀前半の最も偉大なアメリカンフットボール選手」投票でトップに選ばれた[6]。また「20世紀前半の最も偉大な運動選手」投票においてソープは252票を獲得、2位のベーブ・ルースの86票に大差をつけての1位であった[6]。AP通信は1999年に「20世紀の最も偉大な運動選手」でベーブ・ルースマイケル・ジョーダンに次いで第3位にソープを選出した[50]。 また、ESPNは「20世紀の北米スポーツ選手ランキング」第7位に選出した[51]。 1963年、オハイオ州カントンに新設されたプロフットボール殿堂に、最初に入堂した17人のうちの1人となった[52]。殿堂内の円形ホールにはソープの銅像が飾られている。 更にソープはカレッジフットボール殿堂[53]、アメリカオリンピック殿堂、アメリカ陸上競技殿堂入りも果たした。

リチャード・ニクソン大統領アメリカ合衆国上院合同決議第73号を受けて1973年4月16日を「ジム・ソープ記念日」とする宣言を行った[54]

1986年にはカレッジフットボールの年間最優秀ディフェンシブバックに与えられるジム・ソープ賞(Jim Thorpe Award)とこれを授与するジム・ソープ協会(Jim Thorpe Association)が設立された。1993年からは彼を記念し、その名を冠したソープカップ陸上競技会(Thorpe Cup)が開催されている[55]

ペンシルベニア州の町「ジム・ソープ」

ソープの妻パトリシアは、ソープの死後オクラホマ州政府が彼を記念する施設を建設しないことに立腹していた[56]。 パトリシアはペンシルベニア州の小さな町Mauch ChunkとEast Mauch Chunkが産業を誘致しようとしているのを聞きつけ取引を持ちかけた。 両町はジム・ソープの記念碑と墓地を建設、また合併して彼の名を戴くこととした。なお、ソープ本人がこの地を訪れたことは無い。

2010年6月、ソープの息子ジャックが、ソープの遺骨を故郷オクラホマに戻し他の親族と一緒に再埋葬するよう先住民墓地保護・送還法(Native American Graves Protection and Repatriation Act)を引用し、自治体を相手取って訴訟を起こした。




注釈

  1. ^ 当時のフィールドにはエンドゾーンが存在しなかった。
  2. ^ ソープがその4カ月前にオリンピック大会出場権を得た場所。
  3. ^ NFL公式のオールプロチームは1931年からで、それまでのグリーンベイ・プレス=ガゼット社選定によるオールプロは後にNFL公式に認定された。
  4. ^ 合衆国政府はヨーロッパ系アメリカ人がすべてのアメリカインディアンを市民とみなすよう譲歩することを望んでいた。

出典

  1. ^ a b World-Class Athlete Jim Thorpe Was Born May 28, 1888”. America's Library. 2011年5月8日閲覧。
    1887年5月28日生まれとする資料も多数存在する
  2. ^ a b c BIOGRAPHY”. www.cmgww.com. 2011年5月8日閲覧。
  3. ^ a b 1. O'Hanlon-Lincoln. P.129
  4. ^ a b c d e f g Jim Thorpe Is Dead On West Coast at 64, The New York Times, March 29, 1953, accessed April 23, 2007
  5. ^ a b c d im Thorpe – Olympic Hero and Native American”. olympics30.com. 2011年5月8日閲覧。
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    * Jim Thorpe Hall of Fame Member :Jim Thorpe”. PRO FOOTBALL HALL OF FAME. 2011年5月8日閲覧。
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  16. ^ "Indian Thorpe is Best Athlete — Olympic Champion Wins All-Around Championship and Breaks Record."The New York Times, Sept. 3, 1912.
  17. ^ 3. Wheeler, 118.
  18. ^ '"Jim" Thorpe Admits He Is Professional, and Retires from Athletics', The Washington Post, January 28, 1913, p. 8. "Charges that Thorpe had played professional baseball in Winston Salem, N.C. were first published in a Worcester (Mass.) newspaper last week."
  19. ^ マイナーリーグ成績 by Minors @ Baseball-Reference.com:Jim Thorpe
  20. ^ a b c JJim Thorpe's Family Feud,”. Dave Anderson The New York Times, 1983年2月7日. 2011年5月8日閲覧。
  21. ^ 4. Schaffer and Smith. p. 50.
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  23. ^ 5. Rogge, Johnson, and Rendell. pg. 60
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  50. ^ Top 100 athletes of the 20th century
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  56. ^ Hagerty, James R. (2010年7月21日). “Is There Life After Jim Thorpe For Jim Thorpe, Pa.?”. ウォールストリート・ジャーナル: p. A14 
  57. ^ 1. O'Hanlon-Lincoln. page145
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  59. ^ "Native American Son, The Life and Sporting Legend of Jim Thorpe" by Kate Buford, Alfred A. Knopf (New York, 2010), ISBN 978-0-3754-1324-7, page356


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