PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND
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PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND | ||
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イベント詳細 | ||
シリーズ | PRIDE(PRIDE GRANDPRIX) | |
主催 | DSE | |
開催年月日 | 2005年(平成17年)6月26日 | |
開催地 | ![]() 埼玉県さいたま市 | |
会場 | さいたまスーパーアリーナ | |
開始時刻 | 午後4時 | |
試合数 | 全8試合 | |
放送局 | フジテレビ(地上波) スカイパーフェクTV!(PPV) | |
入場者数 | 45,102人 | |
イベント時系列 | ||
PRIDE 武士道 -其の七- | PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND | PRIDE 武士道 -其の八- |
PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND(プライドグランプリにせんご セカンドラウンド)は、日本の総合格闘技イベント「PRIDE」の大会の一つ。2005年(平成17年)6月26日、埼玉県さいたま市のさいたまスーパーアリーナで開催された。海外PPVでの大会名は、「PRIDE Critical Countdown 2005」。
大会概要
桜庭和志はヒカルド・アローナにTKO負けを喫し、中村和裕もヴァンダレイ・シウバにTKO負け。勢いに乗るマウリシオ・ショーグンがアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラに判定勝ち、アリスター・オーフレイムがイゴール・ボブチャンチンにフロントチョークで一本勝ちし準決勝進出を決めた。
総合格闘技デビュー戦となったアトランタオリンピック柔道金メダリストのパウエル・ナツラは、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラにTKO負け。
試合結果
- 第1試合 ヘビー級ワンマッチ 1R10分、2・3R5分
- ○
セルゲイ・ハリトーノフ vs.
ペドロ・ヒーゾ ×
- 1R 2:02 TKO(レフェリーストップ:パウンド)
- 第2試合 PRIDE GRANDPRIX 2005 2回戦 1R10分、2・3R5分
- ○
マウリシオ・ショーグン vs.
アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ ×
- 3R終了 判定3-0
- ※ショーグンが準決勝進出
- 第3試合 PRIDE GRANDPRIX 2005 2回戦 1R10分、2・3R5分
- ○
アリスター・オーフレイム vs.
イゴール・ボブチャンチン ×
- 1R 1:20 フロントチョーク
- ※オーフレイムが準決勝進出
- 第4試合 ヘビー級ワンマッチ 1R10分、2・3R5分
- ○
ミルコ・クロコップ vs.
イブラヒム・マゴメドフ ×
- 1R 3:53 TKO(レフェリーストップ:左ミドルキック)
- 第5試合 ミドル級ワンマッチ 1R10分、2・3R5分
- ○
田村潔司 vs.
瀧本誠 ×
- 3R終了 判定3-0
- 第6試合 ヘビー級ワンマッチ 1R10分、2・3R5分
- ○
アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ vs.
パウエル・ナツラ ×
- 1R 8:38 TKO(レフェリーストップ:マウントパンチ)
- 第7試合 PRIDE GRANDPRIX 2005 2回戦 1R10分、2・3R5分
- ○
ヒカルド・アローナ vs.
桜庭和志 ×
- 2R終了時 TKO(タオル投入)
- ※アローナが準決勝進出
- 第8試合 PRIDE GRANDPRIX 2005 2回戦 1R10分、2・3R5分
- ○
ヴァンダレイ・シウバ vs.
中村和裕 ×
- 1R 5:24 TKO(レフェリーストップ:マウントパンチ)
- ※シウバが準決勝進出
関連項目
外部リンク
- PRIDE公式サイトによる試合結果 - Internet Archive
- スポーツナビによる試合結果
- バウトレビューによる試合結果
- SHERDOGによる試合結果
「PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND」の例文・使い方・用例・文例
- ヒット曲「PRIDE」を歌う予定だ。
- ソニーは2005年にカンパニー制組織から事業部制に移行した。
- 筆界特定制度は2005年の不動産登記法の改正により導入された。
- 2005年度版のカタログ
- 私の前任者の山田氏は2005年に退職しました。
- ジョンは2005年に日本に来ました。
- この製品は2005年に作られました。
- 本公債の償還期限は 2005 年である.
- これらの債券は2005年に満期を迎える
- 景気動向指数は2005年を基準年と比較して計算される
- ジュマー・イスラミアから分裂した強硬派により2005年に形成された過激派のイスラム民兵
- 2005年のマレーシアの最も大きい都市および以前の首都
- 米国の作家(カナダ生まれ)で、小説が第二次世界大戦後のアメリカ文学に影響を及ぼした(1915年−2005年)
- 米国の物理学者(ドイツ生まれ)で、天体物理学と核物理学の研究で知られる(1906年−2005年)
- 米国の心理学者(パナマ生まれ)で、その研究で人種別学校は差別だったと最高裁判所を説き伏せた(1914年−2005年)
- 1982年から2005年までのサウジアラビアの王(1923年−2005年)
- 米国の外交官で、ソビエトの攻撃性に対処する際に封じ込め政策を推薦した(1904年−2005年)
- 米国の劇作家(1915年−2005年)
- 「次の航海は2005年を考えている。」と堀江さんは言った。
- 愛知県で開かれる2005年日本国際博覧会(愛知万博)まで1000日を切った。
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