PRIDE.9
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/19 23:15 UTC 版)
PRIDE.9 | ||
---|---|---|
イベント詳細 | ||
シリーズ | PRIDE(ナンバーシリーズ) | |
主催 | DSE | |
開催年月日 | 2000年6月4日 | |
開催地 | ![]() 愛知県名古屋市 | |
会場 | 名古屋レインボーホール | |
試合数 | 全9試合(1試合中止) | |
放送局 | スカイパーフェクTV! | |
入場者数 | 9,156人 | |
イベント時系列 | ||
PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦 | PRIDE.9 | PRIDE.10 |
PRIDE.9(プライド・ナイン)は、日本の総合格闘技イベント「PRIDE」の大会の一つ。2000年6月4日、愛知県名古屋市の名古屋レインボーホールで開催された。海外PPVでの大会名は、「PRIDE 9: New Blood」。
大会概要
ヒース・ヒーリングがPRIDE初参戦を果たした。また、同年4月20日にリングス無差別級王者になったばかりのギルバート・アイブルがPRIDEに初参戦、メインイベントでビクトー・ベウフォートと対戦し、ビクトーが勝利した。
第1試合で行われるはずだったマット・セラ vs. ジョイユ・デ・オリベイラが、演出担当の人為的ミスにより、入場中のオリベイラが炎を直に浴びて大火傷を負うアクシデントが発生し、中止となった。
カーロス・ニュートンと対戦予定であった豊永稔は試合前のMRIスキャンで脳のクモ膜血腫が見つかりドクターストップによる欠場となり、佐野なおきが代役出場しニュートンと対戦した[1]。
試合結果
- 第1試合 PRIDEルール 10分2R
- -
マット・セラ vs.
ジョイユ・デ・オリベイラ -
- オリベイラの事故により中止
- 第2試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
ヒース・ヒーリング vs.
ウィリー・ピータース ×
- 1R 0:48 スリーパーホールド
- 第3試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
カーロス・バヘット vs.
トレイ・テリグマン ×
- 2R終了 判定
- 第4試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
アラン・ゴエス vs.
バーノン・"タイガー"・ホワイト ×
- 2R終了 判定3-0
- 第5試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
カーロス・ニュートン vs.
佐野なおき ×
- 1R 0:40 腕ひしぎ十字固め
- 第6試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
小路晃 vs.
ジョン・"ザ・セイント"・レンケン ×
- 1R 6:44 腕ひしぎ十字固め
- 第7試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
リコ・ロドリゲス vs.
ゲーリー・グッドリッジ ×
- 2R終了 判定3-0
- 第8試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
イゴール・ボブチャンチン vs.
松井大二郎 ×
- 1R 5:03 TKO(ドクターストップ:右眉カット)
- 第9試合 PRIDEルール 10分2R
- ○
ビクトー・ベウフォート vs.
ギルバート・アイブル ×
- 2R終了 判定6-0
脚注
- ^ PRIDE.9 第5試合 BoutReview
関連項目
外部リンク
- PRIDE公式サイトによる試合結果 - Internet Archive
- バウトレビューによる試合結果
- SHERDOGによる試合結果
「Pride 9」の例文・使い方・用例・文例
- “Pride goes before a fall”はどういう意味か
- 9歳から13歳の少年
- 彼らは今からずっと昔の1960年に結婚した
- 午前9時30分に
- 996
- さかのぼって1960年代には若者は長い髪をしていた
- 1960年代を振り返る
- 「生年月日はいつですか」「1970年2月20日です」
- 「誕生日はいつですか」「9月9日です」
- 我々は高速道路を時速90マイルで飛ばした
- そのホテルは2001年の9月は予約がいっぱいでした
- 私は1979年10月22日に東京で生まれました
- 9時までには食べ終えます
- アメリカのすべての都市では緊急時には911に電話する
- その会社は欠陥を検査するために1997年製の車をすべて回収した
- 彼女は第49回アカデミー主演女優賞を勝ち取った
- 会社員は9時から5時まで机に向かいきりだ
- 1999年の同期生
- 来訪者たちは午後9時に到着の予定です
- そのお笑い番組は午後9時に始まる
- PRIDE.9のページへのリンク