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言語学 におけるグロス (日: (行間)注解,英 : (interlinear) gloss )とは、例文とその意訳の行間に形態素 ごとに付される逐次訳のこと。
歴史・背景
注解それ自体の概念は中世 頃には既に登場していたが,その研究は20世紀に入ってから始まった。
欧米における辞書 作りは,8世紀初頭のイギリス で,ラテン語 に対する注解を集めて排列した註解語彙集 (英 : glossary )から始まった。
主な取り決め
マックス・プランク進化人類学研究所 とライプツィヒ大学 の言語学部門によって次の10の取り決めが提案されている。
例文と注解は語ごとに左揃えにする。
例文と注解で、形態素の境界を連字符 で示す。例文と注解で、接語 の境界は等号 で示す。
形態的には自立していないが音韻的には独自の語であるような要素は、半角空白と連字符で示してもよい。
注解で、文法的形態素は略号で表す。略号は大文字(特に小楷 )で記す。訳に用いる言語に対応する要素がある場合、それを用いて訳してもよい。
例文の一つの要素が、注解で複数の要素に対応する場合、注解の逐次訳を終止符 で区切る。
例文の一つの形態素が訳の言語で複数の要素にしか対応しない場合、逐次訳を下線符号 で区切ってもよい。
例文の一つの形態素が明らかに区別できる複数の意味機能を持っている場合、その逐次訳をセミコロン で区切ってもよい。
例文の複数の形態素を区切らずに例示したい場合、注解ではその逐次訳をコロン で区切ってもよい。
例文の一つの形態素が、他の形態素の連結によらない交替 によって意味機能を表している場合、その逐次訳を逆斜線 で区切ってもよい。
動作主的項と被動者的項の人称などを同時に表す屈折接辞がある場合、その逐次訳に大なり不等号 を用いてもよい。大なり不等号の前が動作主的項を、後ろが被動者的項を表す。
人称と数を表す形態素がこの順で現れる場合、終止符で区切らない。
ゼロ 要素に対応する逐次訳は角括弧 で囲む。あるいは、例文にゼロ記号で表示する。
内在的な文法範疇(性など)を逐次訳する場合、丸括弧 で囲む。
二つの部分からなる要素(両面接辞 など)は、同じ注解を繰り返す。あるいは、片方に特別な標示を付ける。
接中辞 は「< >」で囲む。
重複 は波線符号 で区切る。
具体例については、#例 を参照されたい。
略号
以下では、注解に用いられる略号の一部を挙げる。
Leipzig Glossing Rules
Oxford Handbooks Online
英語
意味[注釈 1]
1
first person
一人称
2
second person
二人称
3
third person
三人称
a
agent-like argument of canonical transitive verb
標準的な他動詞 の動作主のような項
abs
absolutive
絶対格
acc
accusative
対格
actfoc
-
Actor focus
行為者焦点
ad
-
adessive (en )
所格 ; 接格
all
allative
向格
art
article
冠詞
ben
benefactive
受益者格(英語版 ) 、受益…
caus
causative
使役 形; 使役動詞; 原因格[注釈 2]
circ
-
circumfix
両面接辞
clf
classifier
分類辞
com
comitative
共格
cond
conditional
条件…[注釈 3]
-
conj
conjunctive
接続法 ; 接続語
-
conn
connective
連結詞
cop
copula
繋辞 [注釈 4]
cvb
converb (en )
副動詞
dat
dative
与格
dem
demonstrative
指示詞
det
determiner
限定詞
du
dual
双数 [注釈 5]
erg
ergative
能格
excl
exclusive
除外 [注釈 6]
f
feminine
女性 [注釈 7]
foc
focus
焦点
gen
genitive
属格
imp
imperative
命令 [注釈 8]
incl
inclusive
包含 [注釈 9]
ind
indicative
直説法
inf
infinitive
不定詞
ins
instrumental
具格
-
inter
interrogative
疑問詞、疑問…
ipfv
imperfective
未完結相
irr
irrealis
不確定法(英語版 ) 、非現実相
loc
locative
場所格; 所格
neg
negative
否定 辞
nmlz
nominalizer/nominalization
名詞化[注釈 10]
nom
nominative
主格
m
masculine
男性
obj
object
目的語
obl
oblique
斜格
p
patient-like argument of canonical transitive verb
標準的な他動詞の被動者のような項
pass
passive
受け身; 受動形; 受動態 [注釈 11]
pfv
perfective
完結相
pl
plural
複数
poss
possessive
所有 (格)
pred
predicative (en )
述詞; 叙述語
pret
-
preterite
過去 [注釈 12]
prf
perfect
完了相
prog
progressive
進行形; 進行相
proh
prohibitive
禁止(法)
prs
present
現在
pst
past
過去
ptcp
participle
分詞
-
ptl
particle
不変化詞
purp
purposive
-
red
reduplication
重複
rel
relative
関係詞
-
rem
remote
-
rls
realis (en )
現実相
s
single argument of canonical intransitive verb
標準的な自動詞 の単一の項
sbj
subject
主語
sbjv
subjunctive
仮定法
sg
singular
単数
top
topic
話題(標識)
tr
transitive
他動詞
-
vlz
verbalizer
動詞化辞
voc
vocative
呼格
例
例文はいずれも Leipzig Glossing Rules によるもので、番号は#主な取り決め の各条項に対応している。先頭に * が付されているものは、望ましくない書式であることを表す。
(1)
インドネシア語
Mereka
di
Jakarta
sekarang
彼ら
に
ジャカルタ
今
彼らは今ジャカルタにいる
(2)
レズギ語
Gila
abur-u-n
ferma
hamišaluǧ
güǧüna
amuq’-da-č
今
彼ら-obl-gen
畑
永遠に
後に
残る-fut-neg
今や彼らの畑は永遠には後に残らない
(2)'
グリーンランド語
palasi=lu
niuirtur=lu
司祭=と
商店主=と
司祭も商店主も
(2-1)
Hakha Lai (en )
a-nii -láay
3sg-笑う-fut
彼/彼女は笑う
(3)
ロシア語
Мы
с
Марко
поеха-л-и
автобус-ом
в
Переделкино
1pl
com
マルコ
行く-pst-pl
バス-ins
all
ペレジェルキノ
私たち
と
マルコ
行く-pst-pl
バス-で
へ
ペレジェルキノ
マルコと共に私はバスでペレジェルキノ(英語版 ) へ行った。
(4-1)
トルコ語
çık-mak
come.out-inf
come_out-inf
to come out
(4-2)
ラテン語
insul-arum
島-gen.pl
島-gen;pl
島々の
(4-3)
ヒッタイト語
n=an
apedani
mehuni
essandu
conn =him
that.dat.sg
time.dat.sg
eat.they.shall
conn =him
that:dat;sg
time:dat;sg
eat:they:shall
they shall celebrate him on that date.
(4-4)
アイルランド語
bhris-is
pst.壊す-2sg
pst\壊す-2sg
お前が壊した
(4-5)
ジャミンジュング語(英語版 )
nanggayan
guny-bi-yarluga?
誰
2du.a.3sg.p-fut -つつく
誰
2du>3sg-fut -つつく
お前たち2人は誰を槍で突きたいのか
(5)
イタリア語
and-iamo
行く-prs.1pl
*行く-prs.1. pl
我々は行く
(6)
ラテン語
puer
あるいは
puer-∅
少年[nom.sg ]
少年-nom.sg
少年
(7)
フンザフ語(英語版 )
oz#-di-g
xõxe
m-uq'e-r
boy-obl-ad
tree(g4)
g4 -bend-pret
少年のために木は曲がった。
(8)
ドイツ語
ge-seh-en
ptcp-見る-ptcp
ptcp-見る-circ
見られる
(9)
タガログ語
b<um>ili
<actfoc >買う
買う
(10)
タガログ語
bi~bili
ipfv ~買う
買うところである
脚注
注釈
^ cop, purp, vlz 以外は原則として『学術用語集 言語学編』(以下、『学術用語集』)に拠る。
^ 『学術用語集』にはさらに「使役文」という訳語も見られるが、注解が文、さらには語をも細かく形態素に分解して表示を行う性質を持つ以上、ここでは当てはまらないと判断される。
^ 『学術用語集』には「条件文」という訳語が見えるが、注解が文、さらには語をも細かく形態素ごとに分解して表示するという性質を持つ以上、ここでは当てはまらないと判断される。前掲書にはほかに conditioal clause にあたる「条件節」、conditional mood にあたる「条件法」が見える。
^ 『学術用語集』では connective と同じ「連結詞」とされている。
^ 『学術用語集』の dual number より。
^ 『学術用語集』の exclusive we より。
^ 『学術用語集』では femine とあるが、少なくとも英語にそのような単語は存在しない。前掲書には「女性形」に対応する feminine gender の項目は存在する。
^ 『学術用語集』で imperative と引くと imperative sentence への誘導が記されているが、グロスは文、さらには語すら細かい形態素に分解して表示を行う性質を持つものであり、ここでは当てはまらないと判断されるため、sentence の箇所は無視した。
^ 『学術用語集』の inclusive we より。
^ 『学術用語集』中の nominalization の訳語。nominalizer は掲載なし。
^ 『学術用語集』にはさらに「受動文」という訳語も見えるが、注解が文、さらには語をも細かく形態素ごとに分解して表示するという性質を持つ以上、ここでは当てはまらないと判断される。
^ 『学術用語集』の preterit〔e〕 tense より。
出典
参考文献