2011年以後
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「カロライナ・パンサーズ」の記事における「2011年以後」の解説
2011年、チームはロン・リベラをヘッドコーチとし、この年から加入したニュートンは、開幕から先発QBに指名された。チームはこの年6勝10敗の成績だったが、ニュートンはパスで4,000ヤード超え、ランで14TDを記録。プロボウル、最優秀攻撃新人選手に選ばれた。シーズン終了後の1月29日、チームロゴの変更を発表した。 2012年は優勝候補ともいわれたが、開幕1勝6敗と躓き、ニュートンのリーダーとしての資質を疑う声も出た。終盤は4連勝を記録したが、最終成績は7勝9敗だった。この年、LBルーク・キークリーが最優秀守備新人選手に選出。2年連続で新人賞受賞者を輩出した。 2013年は序盤こそ1勝3敗だったが、その時点から球団記録となる8連勝を記録し、第16節で地区ライバルであるニューオーリンズ・セインツを撃破してプレーオフ出場を決め、最終戦でアトランタ・ファルコンズを下し、12勝4敗で5年ぶりの地区優勝を果たした。プレーオフは初戦でサンフランシスコ・フォーティーナイナーズに敗退。 2014年はシーズン終盤まで3勝8敗1引分けと大きく負け越していたが、その後4連勝し、7勝8敗1引分けという負け越しの成績ながら、NFC南地区2連覇を果たした。ワイルドカードプレーオフではアリゾナ・カージナルスを27–16で破ったが、ディビジョナルプレーオフでシアトル・シーホークスに17–31で敗れた。 2015年は開幕から14連勝するなど、15勝1敗の好成績を残し、3年連続でNFC南地区を制するとともに、NFC第1シードを獲得した。そして、ディビジョナルプレーオフでシアトル・シーホークスを31-24で破ると、続くNFCチャンピオンシップゲームでもアリゾナ・カージナルスに49–15と圧勝し、2003年シーズン以来12年ぶりのスーパーボウル進出を果たした。第50回スーパーボウルでは、リーバイス・スタジアムにてデンバー・ブロンコスと対戦したが、シーズン中に見せた攻撃力をこの試合では発揮することができず10-24で敗れ、初のスーパーボウル制覇は成らなかった。 2016年は開幕戦でスーパーボウルの再戦となるデンバー・ブロンコスと対戦したが20-21で敗れると、前年とは一転して不調に陥り、ニュートンやキークリーら主力の故障も相次ぎ、6勝10敗の地区最下位に終わった。GMは解雇され、マーティ・ハーニーが暫定GMとなった。 2017年は地区2位で南地区からプレーオフに進出した3チームの一つとなったが、プレーオフでは初戦でニューオーリンズ・セインツに敗れた。 2018年1月、リチャードソンのセクハラ疑惑に伴い、チームの売却が正式に発表された。同年2月、マーティ・ハーニーが正式なGMとなった。同年5月、ヘッジファンドマネージャーのデビッド・テッパーへのチーム売却がオーナー会議で承認された。同年のシーズンは前半を6勝2敗で折り返したものの、そこから7連敗を喫し、結局プレーオフ進出を逃した。 2019年はニュートンが足の故障によりシーズン序盤に戦線離脱。5勝7敗となった12月3日にヘッドコーチのリベラは解任され、セカンダリーコーチのペリー・フューウェルが暫定ヘッドコーチに任じられた。その後も連敗が続き、地区最下位に終わった。シーズン後、ベイラー大学HCのマット・ルールをHCに起用し、エースQBのニュートンをニューイングランド・ペイトリオッツへ放出。代わりの先発QBとして、セインツに所属していたテディ・ブリッジウォーターを獲得した。 2020年シーズンもプレーオフ進出は逃し、GMのハーニーは解任された。2021年1月14日、シアトル・シーホークスの副社長スコット・フィッタラーがGMとなった。同年4月、ニューヨーク・ジェッツからQBサム・ダーノルドを獲得し、ブリッジウォーターはデンバー・ブロンコスに移籍した。 2021年11月11日、キャム・ニュートンがパンサーズに復帰した。地区最下位となり、4年連続してプレーオフを逃した。
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