2004年プロ野球再編問題
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「大阪近鉄バファローズ」の記事における「2004年プロ野球再編問題」の解説
詳細は「プロ野球再編問題 (2004年)」を参照 2004年 この年が近鉄球団としての最後の年となった。 1月31日、ネーミングライツ問題が発覚するが巨人などの反対もあり、失敗に終わる。6月13日、オリックス・ブルーウェーブと球団合併する方向で準備を進めていることを発表する。6月30日にライブドアが球団を買収する動きを見せたものの、近鉄は買収には応じず(ライブドアの動きについてはこちらも参照)、8月10日に合併に関する基本合意書への調印が行われ、9月8日のオーナー会議でこの合併が正式に認められた。9月18日と19日には、この問題に反発するプロ野球選手会による日本プロ野球初となるストライキが行われ、12球団すべての試合が中止となった。 オープン戦で吉岡雄二がアキレス腱断裂で離脱。ローズに代わる主砲と期待されたラリー・バーンズが開幕3戦目で離脱、同じくストッパーとして期待されたヘクター・カラスコも、4月に4連敗で防御率20.00となり登録抹消。4月7日に4位となって以降このシーズンはAクラスになることはなく、4月は最下位で終える。岩隈久志が開幕から球団記録となる12連勝もあり、一時は4位となるが、6月13日の球団合併発表の翌試合から4連敗するなど5位となり、7月は4位で終わるものの、アテネオリンピックで岩隈、中村が抜けた8月7日から7連敗で、以降は5位となる。梨田は合併発表時の時点では「借金4で手ごたえはあった」としているが、7月7日のオーナー会議の時点では選手は放心し、最後は立ち上がれなかったとも述べている。9月24日、大阪ドームでの最終戦となる対西武戦が行われ、この年ここまで出場のなかった吉岡が代打で出場、この試合が引退登板となった赤堀元之や加藤伸一などが登板した。試合は延長11回裏、1死二塁で星野おさむの右翼線へのサヨナラ安打で3対2で勝利、これが球団公式戦最後の勝利となった。9月27日のYahoo! BBスタジアムの対オリックス戦が共に合併する球団同士の公式戦最終戦となったが、2対7で敗れた。チームは61勝70敗で4年ぶりのBクラスの5位で終え、消滅後の2007年から始まったクライマックスシリーズを含む13球団で唯一同年以降の現行のプレーオフシーズンに参戦せずに消滅した。岩隈は15勝を挙げ最多勝を獲得するなど計算できた投手陣に比べ、打撃陣はローズが抜けたことや吉岡などの故障もあり、前年より本塁打、得点が激減した。二軍は前期優勝で、9月30日、藤井寺球場で最後の二軍公式戦、ウエスタンリーグ優勝決定戦が行われたが、後期優勝の中日に敗れている。 11月8日、オリックスと新規球団の東北楽天ゴールデンイーグルスの間で選手分配ドラフトが行われ、近鉄の選手はオリックスと楽天に振り分けられることになった。大村直之が福岡ソフトバンクホークスにFA移籍。中村紀洋がポスティングシステムでロサンゼルス・ドジャースに移籍。 以上の合併への動きは選手会との労使交渉や球界再編問題にまで発展し、球団合併反対運動では選手も署名活動に参加するなど、ファンを含む球界内外からの強い反発が起こるなど大きな波紋を呼んだ。そして、11月30日をもってプロ野球チームとしての大阪近鉄バファローズは55年の歴史に幕を降ろした。
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