1992年度 - 1993年度(露木・安藤時代)
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「FNNスーパータイム」の記事における「1992年度 - 1993年度(露木・安藤時代)」の解説
『FNN World Uplink』の司会を務めた露木茂と大林典子、『FNNスピーク』の金曜日キャスターを務めた山中秀樹両アナウンサーがそれぞれ月-金曜版アンカーマンと土日版アンカーマンと土日版アシスタントして登板。 1992年4月1日 - 平日版リニューアル。露木がアンカーマンとして登板。番組冒頭、露木は「今日から私、『スーパータイム』を担当することになりました。どうぞよろしくお願いします。エイプリルフールではありません」と登板の挨拶をした。 1992年4月4日 - 土日版リニューアル。4年半ぶりに山中秀樹が再登板。スポーツコーナーは大坪千夏アナウンサーが登板。 1992年7月18日・19日 - 『FNSスーパースペシャル1億2000万人の平成教育テレビ』が放送され、本番組も『FNNスーパータイムスペシャル』として放送。司会は初代アンカーマンで『平成教育委員会』のアシスタントであった逸見政孝と同じく『平成教育委員会』の解答者であった岡本夏生が担当。スポーツ・天気コーナーは『モーニングLIVE』および『FNN World Uplink』の木幡美子が担当。 1992年7月26日 - 第16回参議院議員通常選挙が開票され『スーパータイム選挙スペシャル』が放送。司会は露木茂と安藤優子。コーナー司会に『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』の上岡龍太郎が担当。コメンテーターは早坂茂三と野坂昭如。 1993年4月1日 - FCIワールドコーナーが設けられ、ニューヨーク支社特派員として城ヶ崎祐子アナウンサーが5年半ぶりに再登板。同時にオープニング演出及びCMに突入時のアタック音楽も変更となる。 1993年7月18日 - 第40回衆議院議員総選挙が開票され『スーパータイム選挙スペシャル』が放送。司会は露木茂と安藤優子、フィールドキャスターは前アンカーマンで『報道2001』司会の黒岩祐治が担当。 1993年7月24日・25日 - 『FNS大サービスバラエティー1億2450万人の平成教育テレビ』が放送され、本番組も『FNNスーパータイムスペシャル』として放送。月-金曜版アシスタントの安藤優子と『平成教育委員会』解答者の辰巳琢郎、奥山佳恵が担当。 1993年9月26日 - 大林典子・大坪千夏が降板。大林は半年の休養の後、『おはよう!ナイスデイ』のアシスタントに再就任。大坪は『タイムアングル』のアシスタントとなる。 1993年9月27日 - 月-金曜版のお天気コーナーに気象予報士の岩谷忠幸が登板。 1993年10月1日 - 10年目に突入。同時に『スーパータイム関東』が放送開始。また進行胃癌(スキルス胃癌)で入院中の逸見政孝からメッセージが届く。 1993年10月2日 - 土日版のアシスタントに『FNN おはよう!サンライズ』から近藤サト、スポーツコーナーに佐藤里佳両アナウンサーが登板。 1993年12月25日 - 平日版初代アンカーマンの逸見政孝が末期のスキルス胃癌・再発転移による癌性悪液質の為死去(享年48)。この日の当番組でも逸見の死をトップニュースで伝え、逸見が入院していた東京都内の病院前からの中継を担当した吉沢孝明アナウンサーはリポートの締めくくりにフジテレビアナウンサー時代の逸見との思い出を語ったほか、平日版キャスターの露木のお悔やみのコメントも放送された。そして、土日版のキャスターだった山中はニュースの最後に「今日はスタジオにいる私にとっても、中継に出ているアナウンサーにとっても辛い1日となりました。(逸見さんは)プロのアナウンサーでした。ご冥福をお祈り致します」とコメントした。また、この日は逸見の死去を受け、本番組の後続の時間帯(18:30 - 19:54)に『追悼・衝撃のガン告白から110日…逸見政孝さんついに逝く』を急遽放送した(テレビ大分・鹿児島テレビでは土曜日の19時台が日本テレビ系同時ネット枠となっている関係〈鹿児島テレビは当時〉上非ネット)。 1993年12月27日 - 逸見政孝の葬儀・告別式をトップで伝え、露木が葬儀の様子を、安藤がフジテレビ前で逸見の棺を乗せた霊柩車が通過した様子をそれぞれリポートした。その後在りし日の逸見の映像を流し、安藤が号泣する場面があった。 1994年3月25日 - 『スーパータイム関東』が放送終了。 1994年3月30日 - 長田渚左が降板。ノンフィクション作家に専念。 1994年3月31日 - 安藤優子・森末慎二が降板。安藤は同年4月1日開始の『ニュースJAPAN』のメインキャスターへ異動。以降、2000年4月に『スーパーニュース』のメインキャスターに就任するまで夕方の時間帯から離れる事となる。
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