高麗川駅 - 倉賀野駅間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 03:30 UTC 版)
高麗川から川越線が当線から右手に分かれてゆくが、川越線との間に約45度の角度で分かれる線路がかつてあった。それは太平洋セメント埼玉工場への専用線で、2009年7月当時は踏切部分で分断され、車止めが立っていたり、レールが残されていたりしていた。地元、日高市に跡地が買収されてポッポ道と呼ばれる遊歩道として完成し、一部にレール・警報機・遮断機が残されている。その廃線跡を眺めながら、八高線はそのまま北上する。高麗川を渡り、しばらくすると左手に埼玉医科大学と同病院の白い大きな建物が見えると、毛呂駅である。毛呂山町の市街地を抜け、間もなく右から東武越生線が並行してきて複線のようになり、越生駅に着く。越生からログハウス風の駅舎を持つ明覚駅を過ぎ、八高線で駅間距離が8キロと最長の山間区間に入り、市街地に出たところで東武東上線を跨いで左にカーブし、小川町駅に着く。小川町駅は折り返し列車もある拠点駅である。 東武東上線を左に並走させながら再び2キロほどを複線のように走り、東上線が左に分かれて当線の上を跨ぐと、間もなく竹沢駅である。この辺りからは山村の風景が広がり、半径250メートルの曲線と20パーミルの勾配で標高150.6mの峠を越えて単式ホームの無人駅である折原駅を過ぎる。左カーブで鉢形城跡を右手に見たところから視界が開け、右カーブして荒川に架かる荒川橋梁を渡る。列車は再び半径300メートルの曲線で右にカーブすると、秩父鉄道の下をくぐって寄居駅に到着する。寄居駅は本路線と、東武東上線、秩父鉄道の乗換駅だが、竹沢駅手前で分かれた東上線は、当線とは反対方向の東側から駅に入り、当駅を起終点とする。当線と東上線ホームの間には秩父鉄道のホームがあり、寄居駅を出てしばらく右に秩父鉄道を並走させ、三たび複線のようにして走る。関東平野西端部を走ってきた本路線だが、寄居駅から終着駅の高崎までは西端部を離れ、完全に平野の中を走る。 用土駅・松久駅と、交換駅が単式ホーム化された無人駅を過ぎ、高崎駅からの折り返し列車もある児玉駅に到着する。次の丹荘駅はホーム左手に空き地が広がっているが、これは当駅を起点とし1986年に廃止された上武鉄道の線路跡である。丹荘駅を出て神流川を渡って群馬県に入る。次の群馬藤岡駅は人口7万人の藤岡市の中心駅である。上越新幹線と上信越自動車道の下を潜ると信号場から駅になった無人駅、単式ホームの北藤岡駅に到着する。当駅は実質的な高崎線との分岐点であり、当駅を出てすぐに複線の高崎線に乗り入れる。上り列車の場合は、当駅の600メートルほど手前で中線に入り、150メートルほど手前で高崎線下り線を横断する。烏川を上下別線で渡り、日本貨物鉄道(JR貨物)の基地などが近い2面4線の倉賀野駅に到着する。線路名称上は当駅が当線の起終点だが、全ての列車が次の高崎まで走り、切欠きホームの3番線に到着する。 なお高崎線は電化路線であるため架線が張られているが、当区間を走る八高線の列車は気動車のため、当然ながら架線は使用しない。高崎駅では八高線の列車のみが入線する3番線も電化されている。また前述のように電化に際して旧横田トンネルの天井が取り払われた結果、当線には全線を通してトンネルが一か所も存在しない。
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